第13話 鏡写しの善意
男は見回りという仕事のない職種に欠伸を放いていた。
金の実入りが良かっただけに人身売買へ手を出して、あちらこちらから連れ去った子供を売り捌いた。子供というのは大変金になり、貴族や働き手の欲しがる者達に高値で売ることができる。
中には子供を買うことや処分を任せられることもあるが、その辺りはこの男の仕事でない。ただ脱走者が出ないことを確認し、先月に出た子供のように脱走した者を取り押さえる仕事だ。集団で拉致して最初に無駄だと教え込んでおけば脱走することはない。
そう思って暇を謳歌していたが、その時間は今をもって終わりを迎える。
欠伸をし、目を閉じてしまったその瞬間。背後から引っ張られる力を感じて倒れ込む。何事だと目を見開くと脱走者が覗き込んでいた。
マニュアル通りに応援を呼び、そして取り押さえる。
その行動を取ろうと息を目一杯吸った所で口内に剣が突き立てられた。
「お前の蛋白の形を変えられたくなければ答えろ」
背丈は低く、連れ去った子供の中でも低い分類に入るであろう子供が、剣を国の中に入れて声を上げるなと脅しにかかった。
貫かれる前に斬り伏せようと腰に吊るした剣へ手を伸ばすと、そこには鞘しか残っておらず目の前にあるものがその剣だった。
「捕らえたガキはどこにやった」
ガキはお前だろと、内心で思いたかったが。
そいつの目が人殺しも許容する飢えた獣の眼光だったため萎縮し、指で示して情報を吐いた。嘘を言うには恐怖の力が働きすぎて殺されると錯覚した。
「そうか」
これで解放してくれるだろうと、情報を吐いたのだからいいだろう言いたげた男の顔を見て。クロードは剣を突き立てた。
生かしておけば自分達の事がバレる、それにもう人殺しに違いはないのだから躊躇する事はない。
どうせ汚れた両手だ。
■
既に2人の人間を殺したクロードに迷いはなかった。
否、答えがなかったから活かす意味もなかった。
突き動かしているのは使命感、この手でティアに触れられるとは思ってもいない。ティアに会って共に暮らす理想は叶わないと知ってしまった。
だからもう何もいらないと、残りカスになった意思の中身を使い切って人を殺した。
痛む激痛から後悔の記録が流れ込み、ハクの思い出を焼き尽くす。
おかげで守る意味を見失い、人殺しを許容できた。
流れ込む記憶の中には存在しない『家族』という特別に縋って今を戦う。
家族を守らなければならないと誓ったハクと、その思いを十全に受け継いだクロード。薄れて削れて風化した誓いを頼って、燃え尽きる前に成し遂げようと走り抜けた。
顔も思い出せなくなりつつあるティアを守ろうとするかつての意志に従って。
「あった!」
ひどい頭痛に頭を抱えながらクロードは少女と走っていると、横にいる少女が捕まっている子供たちを見つけた。
激痛と視界がブレる目を凝らして見ると、やはり見張り番がいた。
「魔法で一人やってくれて」
2人を同時に相手取れるほどクロードは強くない。
今までは不意打ちと圧倒的に優位な体勢での殺しだったが。今回はそうはいかない。一人を不意打ちで殺したとしても確実にもう一人には見つかる。
「……うん」
一人を魔法で打ち取って欲しいと伝えるが、少女はいい顔をせずに自身の手を見つめて握りしめる。
「怖いか」
「えっ」
図星を突かれて顔を上げるが、既にクロードは剣を抜いて踏み込む姿勢に移行していた。少女の意見を聞く間もなく次を示し始め、
「俺が2人をやる、お前は救出を優先しろ」
「私はまだ魔法を使ってない……力になってない」
一度も人を殺していない少女は代わりに殺した少年の服を引っ張った。
「効率がいいだけだ。お前が手間取ってたら見つかる」
冷たく突き放して斬りかかろうとした時、少女がクロードに向かって小さく呟いた。その言葉を聞き取っていながら知らないフリをして前に飛び出してく。
「だったらもう少し隠してよ……」
クロードの顔は死んでいる。
人を殺す度に悲惨な顔をして、青白い顔色のまま目から血を流して敵を斬る。
傷つくのはいつもクロードの方、彼が何を思っているかは少女には理解できなかったが、意図的に守られており、そのせいで彼が傷ついていくのを見たくない。
そう思っていたはずなのに、自分から殺すと言いだせずにいる。
怒るわけでもなく呆れるわけでもなく、そうすると言わんばかりに飛び出していくその姿が痛ましいと感じていた。
「何が他人よ……」
他人という区切りは誰のために存在しているものか、その恩恵を受けるべき者が、その意味を理解してしまった。
「こっちは終わった、救助を手伝え」
そうしてまた傷ついて戻ってくる、一方的に守ろうとして傷ついて。
それが何を意味しているのか、誰のためにそこまで傷つくのか。
「行くぞ」
剣を引き摺りながら歩いていくその姿を眺めて、口を開こうとして止めた。
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