第10話 やはり世界は平等だ
──忘れていたわけじゃない。見ていなかっただけだ。
見たくなかった、現実とは夢を見せてはくれるが実現させはしない。
クロードはハクだった頃にそれを知った。夢という物の愚かさを、それがどれだけ脆く儚いものかを、知っているはずだった。
だが彼の中に一時の幸せが芽生えてしまった。
張り詰めていた糸がほつれてしまった。貴族として、クロードとして過ごしている内、戦いの緊張感と全てが灰塵と化した日の誓いが薄れてしまった。
あの時は胸にしていた思いはもう、風化してしまった。
それは人として無理もない事だが、その薄れてしまった行動原理は彼の精神を揺らいだ。
6年も戦いから離れ、守るべき物を目にしていない。ただの思い出を紡ぎ合わせて今を動いているだけだった。
そんな物は偽物だ。ハクとして意思がそこにあったとしても『クロード』としてはどうなっている。そうして迷ってしまった。守ると誓ったはずの姿すら見えず、その先にある物が変質してしまったが故に彼は確信できなくなった。
あたり前になりつつある非日常を受け入れて、ハクの意思を持ったままクロードになった。ハクだった頃とは全く違う人生を歩んでいるはずなのに、意識だけは引っ張られている。
本当にティアを助けたかったのか、
シオンに任せていればいいのではないか、
ティアを助けて、元の生活に戻る事こそがハクの目的であり行動理念だった。だがもうそれはどう転んだとしても手に入る物ではない。
クロードは貴族、ティアは国外の人間だ。
二人で過ごす事は絶対にない。
迎えに行ったところで関係は変わらない、そのうえティアに拒絶される可能性だってあるのだ。
兄の記憶を持っていると言う少年を、彼女は受け入れるのだろうか。
気味が悪いとは思わないのか、使徒を狙う奴らの口車だとは思わないのか。
だからクロードがティアに出会い、それから共に過ごすことはできない。
現実とはこんな物だ。
努力の先を知らない、求め続けた先を見れなくなった。
前提条件が崩壊した今の『クロード』にティアを助けることはできない。
■
クロードが目を覚ますと薄暗い部屋の中に倒れていた。
あばら屋のような粗末な床に隙間風がよく吹いていたが。ハクだった頃に慣れていたのでそう苦にはならなかった。
そして薄暗くて奇妙な室内にいる事を疑問視する前に、外に出ようと思い立ち、明かりの方向へ足を向けた。
曲がり角の奥から明かりがこぼれ落ちていたので、彼はそれを頼りに一度身体を起こして立ち上がろうと膝をつき、前に進むために踏み込んだとき、
ジャラリと、奇怪な音がした。
どこかで聞き覚えのある音だったが、とっさの事で考える暇も無く足を引っ張られる感触と共にクロードは転んで地面に背中を打ち付けた。
受け身を取る余裕もなかったので痛む背中ををさすりながら何事かと足へ目をやると、そこには鎖と枷が付いていた。
罪人が手足につける鉄の鎖がクロードの足にも付けられていた。
(何で……僕が何かしたのか)
クロードの思い出せるだけ洗った記憶は昨日の夜の出来事。貴族のパーティーに連れて行かれた後に屋敷に帰って寝た所まで。自身の部屋に入って布団の中で意識を手放した。そね日常の1ページのはずだった。
だから目の前に自身の足につけられた枷が受け入れられなかった。
(何故僕はこんな所で罪人みたいに繋がれている?)
地面に打ち付けられた杭とクロードの足の枷は繋がっており、逃げられないよう細工されていた。動ける範囲は鎖の長さ、それ以上は前に進めない。
それにしても捕まる理由が全く見当たらなかったが、ここにいても分かる時は来ないと鎖の破壊を始める。
錬成は物の形を変える事ができ、それによりハクは剣を作り出していた。
だがそれには物質を変化させる為に魔力を一度通して置かなければならない事、そして材質を理解しておかなければならない事。
何をどのような形にするか、それらを理解して錬成させる必要がある。
(材質は鉄、形は外せれば何でもいい)
純粋な鉄ではないか、鉄の部分だけを外せば他も崩れる。
その思って枷を破壊する算段をつけ、錬成を発動させる。形を変更させて両足分の枷は外した事で遮られることはなくなった。
そうして明かりのある方へと進んでいくと、
日光に良く似た魔石灯、辺りを灯しているだけで外を表しているわけではなかった。
そして魔石灯が掛けられている部分だけ、その材質が何かを見る事ができた。
(……土なのか、ここは室内ではないのか?)
土と岩、そして岩石の壁。
等間隔に掛けられている魔石灯によって全ての壁が自然物であると、ここが洞窟内部だと分かってしまった。
(何で……何で洞窟なんかに)
寝て起きたら洞窟でした、そんな馬鹿な話があるものかと頭を振って足を動かす。どこかに人がいればここが地図のどの辺に位置するのかを聞く事ができる。研修生を目指していた頃に、世界地図には目を通しているので大まかな地名だけで判断することは容易い。
今すぐにでもこの場から離れたい衝動に駆られて、クロードは間違えた。
何故目覚めた時に枷がはめられていたのかを、こんな薄暗い所でで、しかも建物ではなく洞窟を選んだかを、それを細かく吟味していれば答えは出るはずだった。だがそれを放棄して人頼みにしてしまった。
一番の敗因は冷静になっていなかった事だ
「すみません、ここは……」
曲がり角から姿を現した武具を着込んだ男に近寄り、ここは何処だと話しかけようとしたが、
「脱走者だ!檻からでやがった!」
「えっ」
目の前で叫ぶ男の行動が理解できずに立ち尽くしていると、両腕を伸ばして取り押さえにかかる姿に、クロードはようやく危機感を覚えてその場から走り出す。
「取り押さえろ、あの貴族の奴だ」
クロードは伸ばされる腕をギリギリで回避しながら走る。捕まったら終わりだと脱走者という名称が示していた。意味も分からず逃げ続けるが追いつかれてしまい、
「取り押さえたら独房にぶち込め」
叫び声が響き次第、大量の人間たちがクロードを取り押さえにかかる。
一対多数に勝てるわけもなく取り押さえられ、首に新たな枷と両腕両足に枷と鎖を巻かれて意識を飛ばすように頭部を殴られた。
野蛮な男達に担ぎ込まれて闇に包まれた洞窟の下へと連れ去られていった。
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