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第一話 世の中そう上手くいく物ではない


少年からして特に理由はなかった。

家族という物のなんたるかを明確に理解しているわけでは無い。数え年で10を超えた時を境に家族が増えた事だけはおぼろげに覚えていた。

そのシワだらけの猿のような顔を拝んでやるなどと息巻く度胸もなく、産まれて来た年下に何か嫌がらせをしてやろうと思えるほど卑屈でもなかった。

ただ両親が抱き抱えている『これから自身の妹とやらになるであろう少女』を覗き込んで不思議がるだけだった。

別段これと言った感想を持ち合わせる程の感受性など無く、知識もない。

少年は何を思うこともなく母親と父親を見ていたが、母親は少年に微笑みかけてからその腕の中に抱き抱えていた少女を託した。


「ハク……この子をよろしくね」


自身の腕の中にあった妹はとても重く、腕が千切れそうで今にも落っことしてしまいそうだった。

だが母に言われては仕方ない。

そう思い、ティアと名付けられた少女を抱いて返事を返した。


「僕が守ってあげるよ」



なんでこうなったのかと、どうしてこんな事をしなくてはならぬのだと呟きながら足場の悪い森の中をひたすら歩いた。

前方を突き進む6つになった妹は何故ここまで元気なんだと頭を抱えながら息を切らしていた。自身の方が10も歳が上で、背だって高い。

なのにここまでの差はなんだと思いながら前方を進む妹へ制止をかけた。


「ティア待って、疲れたからストップだ」


ちょうど良い木の根に腰掛けて、日陰になっている所に寄り掛かった。

こんな事なら室内で内職なんてせずに畑仕事にでも移しておけばよかった、なんて考えてももう遅い。身体の小さな妹に体力で負けて兄の立つ瀬はない、潔く項垂れることくらいしかできなかった。


「日が暮れたらジェリーアップル取りにいけなくなるじゃん!」


肩まで届く白い髪をなびかせ、歳の割には整っていると思わせる顔を膨らまして兄であるハクに対して怒りを現わにする。


「もうそうなったら街に買いに行く、少しばかり高いが納品時に行商人の爺さんと交渉して乗せてもらう」


「お母さんの誕生日は今日だよ!急いで取って戻らないと」


現実的な案を提案して不合理な現実から逃れようとするハクを幼い妹は逃さなかった。


親愛なる母の誕生日にプレゼントを渡したいと言い出したティアに付き合って来て、山奥まで母の好物である高価なリンゴ、ジェリーアップルを採取しに来た。

街で買えば鉄硬貨5枚は下らない代物をタダで手に入れる事に魅力を感じた訳ではないとハクは自身に言い聞かせなが諦めを要求する。


「そう思うなら籠いっぱいに入った山菜を置いていけ、持ってるの僕だし」


身軽なティアに比べてハクは思いの外に荷物が多い。

目一杯に詰め込まれた山菜の籠と、果実の積もった籠の2つを背負って山を登る。

ティアに持たせられないと言うこともあるがそれにしても多すぎる、どちらか1つは捨てない限りジェリーアップルは持って帰れないだろう。


「お母さんに喜んでもらうため、仕方ないことなの!」


「嘘つけ、自分が食べたいだけだろ」


それにしてはティアの好物が揃っているかのように見たので反論してみるが、バツが悪そうに誤魔化しを始めた。


「私はお姫様よ」


下手な踊りをし始めるティアをハクは見やって、


「どっから出て来たその狂言は、それにもしそうだったら僕は王子で横には許嫁がいるぞ」 


実際にはそんなことある訳ないので、だから夢だと言い聞かせるがティアの聞きは悪かった。

それに兄のハクは彼女は幼い頃からそう言っている事は知っている。その理由も、何故そのようなことを言うのかもよく知っている。

だがそれは夢物語でしかなく、たまたま彼女の容姿が特別だったからそうなっているだけだ。

『おとぎばなし』で『夢物語』のお姫様と容姿が同じだったと言うだけだ。


「早くしないと日が暮れちゃう」


座り込んで歩こうとしないハクをティアが引っ張って立ち上がらせ、無理やり腕を引いて森の奥へと進む。


「分かったから引っ張るな」


これ以上文句垂れても仕方がないと割り切って、ティアの言う通りに森の奥深くまで進む事にする。

重い籠を担いだまま足場の悪い地面を進んで、邪魔な枝木をぐぐり抜けてと前に進むが一向に到着する気配はない。身長が低いがために何の妨害もなく進むティアと、枝木が邪魔して思うように進めないハクはムカつく枝をへし折って進んだ。


けれどいくら進んでも目的地にはたどり着かない、


「なあ、道はあってるのか?」


「あってるはず」


お手製の地図と睨めっこしているティアをハクは後ろから覗き込んで地図を取り上げた。

取り返そうとジャンプするティアを押しとどめて地図を眺めるが、


「場所はあってるのか……でもないよな」


場所だけはあっているが、辺りを見回してもそれらしいリンゴは1つもない。

ハクが聴いた噂では宝石のような輝きを持ったリンゴと言われていたが、彼自体宝石なんぞお目にかかった事はないので分からない。だがリンゴらしい物が無いとだけ理解して地図をポケットに押し込む。


「無いようだから街に買いに行くぞ」


ここで無かったとして諦めても良かったのだが、ハクに妹の悲しそうな顔は無視できる物では無かった。先程は冗談のつもりで言った買収だがこうなれば背に腹は変えられないので、重みのない財布を捨てるつもりで街に赴く。


「それだと時間が……」


馬車で町に行ったとしても帰ってくるのは夜になる。

今の時刻が昼前だけど夕方までに帰ってくる事はできそうも無い、多少両親に心配をかける事になるだろうが日を跨ぐ事はない。最悪叱られるのは僕一人でいいと思い、ティアを宥める。


「遅くなった分驚かせてやろう」


「うん!」


なんとか説得して、元気よく返事を返してくれたティアの頭を撫でてから街道沿いに走り出す。


「そうと決まれば今から行くぞ、時間はないからな」


歩いて行けばかなりの時間がかかるが、馬車に乗せてもらえれば時間は短縮できる。そのためにもこんな森の中ではなく街道に行けば馬車の1つや2つくらいあるだろうと駆け出した。案の定馬車が通っており、それも知り合いの馬車だったことが幸いした。


街道沿いから声をかけて馬車を止めてもらい、中から顔を出した行商人の爺さんに声をかける。ハクとはそこそこの付き合いでもあるため追い払われる事はなかった。


「街まで行きたいんだけど、乗せてくれないか?」


「ああ、いいぞ」


快く承諾してくれた爺さんに礼を言い、ティアを馬車に乗せてからハクも乗り込んだ。

中に積み込まれている積荷には触らないように心がけて隅の方に腰掛けて座った。


「お前さんは何しに行くんじゃ?」


馬車を操作している爺さんからの声に反応してハクは顔を上げた。


「ティアが母さんにプレゼントをあげたいんだって」


「それはいいが、金は持っとるのか?」


「多少はあるよ、今月分の大半はもう渡したから残ってないけどそれなりにはある」


 ハクは軽い財布を手に持ってジャラジャラと音を出してみせる。買えるのはせいぜい1個か、我慢をすれば2個買えるかと言うレベルだが来月分の納品を増やせばなんとかなると思って汚い手を見た。


「なんなら買取価格を上げてやってもいいが」

「別にいいよ、爺さんだって肥えてないし僕は十分だから」


ハクは自室で綿織物を織っている、生まれつき手先が器用だったのと死んだ祖母がその手を仕事をしていたから教わった。父と母が営む畑仕事よりも織っている方が性に合ったので成人前から商業をしている。

子供が作ったものなんぞ買い取ってくれる商人は限られており、その中で唯一買ってくれているのがベルント爺さんだった。


「爺さんには感謝してるよ、おかげでティアを学校に入れれた」


「お前さんは行かぬのにか」


ベルントの指摘は的を得ていた。

ハクは自分から学業の道を閉ざした。学び舎に行き、卒業できれば街に出ることも、もっと儲かる職種に就くこともできる。

だがハクはしなかった。家に金がなかったから、ティアをより良い学校に行かせるために自ら働いた。そうでなければ賄えるものではなかった。


「学校は義務じゃない、文字の読み書きくらい学校に行かずともできる」


「それでも大人からすれば、もう少し子供らしく遊んでほしいが」


その言葉はハクの心に突き刺さるほどの痛みを与えた。


「ティアには幸せになってほしいから、高い学校に行かせてるだけだ」


吐き捨てるように言って窓の外へと視線を投げ、近づいている都市の景色を眺めながら頬杖をついた。


「面と向かって言うとは珍しい、お前さんは恥ずかしがり屋だと思っておったわ」


ティアが横にいると言うのに言い切ったハクを珍しそうに笑うベルントだったが、ハクはもう寝てるとだけ言って上着をティアに掛けた。

森を駆け回ったせいか疲れたのだろうティアを床に寝かせてからベルンのに釘を刺す。


「ティアには言うなよ、あいつは変な所で頑固だから登校拒否なんてしたら僕が困る」


「言わんよ、少なくともその意思を蔑ろにだけはしないじゃろう」



街に着いたハクだったが、ティアが寝たままだったのでそのままにして一人だけで買いに行く事にした。無理に起こすのが気が引けたと言うわけではなくベルントが寝かしておけと言ったのでそれに甘える事にした。

果実屋に立ち入って案の定な価格のジェリーアップルを1つ購入した。

財布の中身の8割が無くなってしまったが、湧き出てくる後悔はない。


リンゴを片手に持ったまま、レンガとコンクリートで固められた大通りを通っていく。

ハクの住む木造建築とは比べ物にならないほど大きな建物が建ち並んでおり、その大半は石と木やレンガで出来ている。


街行く人の姿は田舎者のハクとは違った。見るからに高そうな服を着ている貴族と呼ばれる者達や、剣や武装を施した野蛮な人の集団とすれ違う。

そんなちぐはぐな光景にティアを連れてこなくてよかったと安堵しながら馬車を置いた場所へと足を向ける。


ベルントの積荷の運び出しが終わったようで馬車の中はティア以外は殆ど空っぽ。

ティア1人寝かせてしまえば身動きが取れなくなるほど狭かった内部が今では随分と空いた物だと思いながら、馬車に乗り込んで座る。


「もう良いのか?」


積荷の運び出しが終わって帰ってきたベルントがハクに声をかけたが、たかだかリンゴを買いに来ただけの為すぐに終わってしまった。街を散策するにも遅くなってはいけないし、金もないのだから素直に戻ってきた。

途中で起きて外に出ようとするティアを外にいる剣や武器を持ったハンター達とは合わせたくなかったので無理やり押さえつけて寝かしつけた。


名目上は時間がないと言ったが、本心はハンターから向けられる視線が嫌だった。


「することもないし、時間もないからな」


それにベルントはうなずいて馬車を走らせる。

夕暮れに差し掛かっている空を見上げて、思った以上に早く帰れそうだと村の方角へと視線を寄せた。森で遮られて見えはしないがずっと家路を眺めていたとき、


「そういやダミアンが帰ってきたらしいが」


「あまり身内とは思えないけど、そうらしい」


ダミアンはハクとティアの伯父、と言う事になっている。

ハクが生まれるよりも前にハンターとして化物退治の仕事で何処かに行った人の事。そのためハクもティアも会ったことも見たことも無い。


「随分と風変わりしておったが帰ってきただけ良いとするか」


「変わっているらしい……、母さんもなんか言ってたし。ダミアンは魔物との戦闘で傷ついたとか言ってた」


ハンターは命を賭ける仕事の為に死傷者が多い。

生きて大成する者などほとんどいない、大半は死ぬで帰らぬ人となってしまう。


「叔父をそんな風に呼ぶな」


「あまり信用ならない、あいつはティアを別の目で見ていたから」


ダミアンは20年ぶりに帰って来たと思えば、ハクの家に居座り始めた。

死んだ祖母の部屋に今もいるのだが、彼のことをハクは気に入らないと思っている。

それは初めて会った人物が叔父だったとしても簡単には打ち解けられない事、ハクがティアとは違って人見知りだった事、そして彼がティアを物のように扱った事。


「もうダミアンは居ないし、気を張る必要はないけど」


「そうか」


いつの間にか居なくなって、もぬけの殻だった室内には何一つダミアンの私物はなかった。

別に居て欲しかった訳でもないし、居なくなったからどうだと言うこともない。


「うむ?」


ベルントが首を傾げ声を上げた事に反応し、ハクは前に乗り出した。

するとベルントの馬車の前に数台違う馬車が停まっており、その中から人が出てきては近づいてくる。

ハクに見覚えは無かったが、ベルントが近寄ってくる事に何も言わない辺り、知り合いなのだろうと結論付けて奥へと戻った。


彼らの会話をあえて聞かぬようにして外の景色を眺めていると、


「すまぬが、ここで降りてもらえるか?」


申し訳なさそうにそう言うベルントに理由を聞く前に退散の準備をする。


「良いけど、何かあったのか?」


「人を運ぶよう仕事を依頼されたが、方角が真逆でな」


「分かった、今までありがとう」


上着を羽織らせたティアを背負って馬車から降りる。

未だに寝ている妹を背に乗せて家の方角へと足を動かし始める。ベルントにせめての礼として籠に入っていた山菜と果物を渡して別れた。

そんな物を背負っていればティアを降す事になるからだが、起きたときに何か言われたら謝っておこうと思いながら揺れないように走った。


手に持ったリンゴを落とさないようにして、森の中は危ないので街道を沿って走っていた。家に帰ったら両親に何を言われるのか怖いが、何とかしなければならないな。なんて思いながら村に帰ると、


──そこには何も無かった。


燃え盛る炎と、燃え移る木造建築物。

木々に燃え移っては火力を上げて何もかもを焼き尽くす。

目の前に広がるのは全てを燃やし尽くす最悪の光景だけだった。


──当たり前も、幸せも、今ここで燃え尽きた

本日4月1日の午後6時、8時、9時、12時数分後に続きを投稿するので、読んでいただけると幸いです。


文章力に関してはこんなものかと妥協していただけると心持ちが楽になります

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