幸せの価値は人それぞれ。シアセの幸せ。月の民と名乗る男の正体。
今から始まる話です。
また、寒い夜がやってきた。娼婦の様に肩や背中を出した格好で湖からくる風に身をよじる。歩けない様に穿かされたヒールと固定された足首。見張りはおらず、ただただ、湖近くの小屋に閉じ込められていた。もう1時間はたったであろうか。足音が聞こえた。見張りだろうか。そして、その足音の正体は見たこともない男だった。
「あんたぁ、ここは、どこだい」
不恰好に伸ばした髪。タレ目に、タレ眉。ほっそりとした骨格。甘い顔に、甘い声。いまいち整っていない身なりだが、いい男だ。
「その前に、あんた、誰よ?」
ここがどこか知らないし、答えてやる義理もない。
「う〜む。月の民だ。と、だけ言っとこうかな。」
月の民。はるか400年前に人類が到達し、移住している民が少し。そしてその言葉は、”身寄りなし”の隠語である。
月の民……ねぇ。
「私は、シアセ。ここがどこか知らないし。私はここから動けない。」
足首を見せて、動けないことをアピールする。
「ふ〜む。動けないことは可哀想だ。」
そう言って無理やり足首を固定してある金具を力技で離す。
「これでいいだろう。」
自慢げの顔でこちらを見ている。
「いいえ、このヒールを脱げない限り自由に歩けない。」
しかめっ面になる男。さすがにヒールを脱がそうとはしない。がっちり固定されているからだ。
……というか、見張りはなぜこないのだろうか?……
「じゃあ、その靴が脱げるまで面倒を見てやる。」
む。む。
「それは、どうもありがとう。」
一体、月の民がどうしてくれるのだろうか。
身寄りなしのくせに。
身体が持ち上げられ、抱きかかえられる。
顔が近づく。キリンの様なまつ毛にグレーの瞳。息がかかる。羞恥心で顔が真っ赤になった。
「なっ!なっ!」
動揺していると、風が一気に吹き込んだ。
扉を開けて、出ると、そこには、倒れこんだ人。人。人。
「これは……」
男を見上げる。きっと自分は間抜けな顔をしているだろう。
「人の敷地で、勝手なことをしていたからだ。」
真顔でそんなことを言う。ほんとに、こいつは、どういうことだろうか。あぁ、わからない。
まだまだです。