ネタバレは良い文化
「そうだ。服見れば分かるだろ」
確かに各々の服装は変わってなかったからそれで判別できるけどさ。でも普通仮面付けてるような奴を知り合いと思いたくないじゃん?どこの世界に豪華な装飾が施された口出しの仮面付けてる奴いるんだ。あ、目の前にいたわ
フラノは周りに敵がいないことを確認すると、オレの方に歩み寄ってきた。
いやそれにしても、フラノは本当イケメンだとしみじみ思う。言うならあれだ。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花の男バージョンみたいな。なんか歩き方からしてただならぬ雰囲気が漂ってるんだよな…
段々と近付いてくるフラノを眺めているオレは、ふと違和感を感じて目を凝らす。
別に先生みたいに骨な訳じゃないし、アメみたいに猫耳な訳じゃない。なのに何かこう…しっくりこな…
と考えていた最中、ハッとして違和感の正体に納得する。彼は、フラノは、耳だけが異常にとんがっているのだ。それはまるでファンタジーや王道RPGに出てきそうなエルフを連想させる耳だ。
と言うか、弓使ったり耳長かったりで完全にエルフのそれなのだが。
「え…お前はエルフなの?」
「うん?そうだが…『お前は』ってどういうことだ?」
「それは…」
オレが口を開いた刹那、フラノの後方、つまりはオレの前方から何かの物体が勢いよく飛んできた。フラノが射た矢とは違い人型ほどあるそれはフラノの耳をかすめ、オレのすぐ横へ着地《墜落》し、当たった木々を轟音と共に薙ぎ倒してようやく動きを止めた。
「いった~。あれこんな飛ぶんか」
少なくとも今の衝撃は傍から見ても尋常な物ではない。にもかかわらず土煙の中から平然と立ち上がった。「それ」は、チェックのシャツに黒のパンツをはいた男。オブラートに包みまくってふくよかと言える体形。独特な癖のある喋り方。
それらの個性的すぎる特徴は、どうやっても忘れることのできないであろう姿と声だった。
「あれ?ミザンさんこんなところで何しとるんや?」
「それはこっちのセリフだバカ野郎。あんなダイナミック着陸見たことねぇぞ?」
さっきの衝突などまるで無かったかのように振舞う「それ」は、ウチの旅団員である少尉《Show Time》に他ならなかった。
「というかお前大丈夫かよ?えらい勢いでぶっ飛んできたけど」
「あぁ、大丈夫やで。ほら」
そう言って少尉が右腕を見せつけてきた。脂肪でオレの1.5倍くらい太くなった腕には、見るに堪えない傷跡がざっくりと刻み込まれている。皮は剥かれ肉は削ぎ落ち、骨も少しばかり削られているようだった。ほんの数秒前までは。
オレに見せつけてきた腕には、寄生虫とも何とも分からない物がグジュグジュと蠢いており、あるものは骨を、あるものは肉を、あるものは皮を形作り、彼の腕を元通りに復元していった。正直、気持ち悪いといった負の感情以外抱けなかったが。
「再生…してんのかそれ」
「そそ。これが俺の才幹やで。ミザンさんは?」
「オレ?オレは…」
そう言えば少尉やフラノはともかくとして、先生やアメは何で自分の才幹とか分かったんだ?誰かから教えてもらった?でもオレはそれらしい人間とは会ってないし、というかそもそもコイツ等以外会ってない。
あ…でも、そうだとしたらこういう可能性もあり得るのか?
考察の末ある考えに思い立ったオレは、目の前でアホ面かいてる少尉に質問を投げかけた。
「なぁ、質問を質問で返すようで悪いんだが、お前の才幹って、誰かから教えてもらったか?」
「は?何言っとるんや?」
「やっぱり、最初から何となく分かってたのか?自分の才幹が何で、才人は誰なのか、そして、この世界やそれに関する知識も」
「そりゃそうやろ。でなきゃこうやって戦ってなんかおらんで」
お前の場合戦うというよりぶちのめされてたと言った方が良い気が…
そんな事は置いておいて、やはりと言うべきか。平和な日本で暮らしてきた先生たちがああやって戦えるのも、誰からの説明もなしに才幹を使えるのも、全て分かっているように仕組まれたからか。実行者は恐らくあの神とやらか。
疑問が1つ解決したのは良いのだが、解決してしまったがために生まれた新たな疑問が、オレの頭の中で渦を巻いていた。
それは、何故オレがそれを知らないのかという事である。
「単純に神とやらの手違いとかだったらいいなぁ…」
流石にこればっかりは考えても詮無い事だろう。明らかに情報もサンプルも無さすぎる。だったらこれは後回し。そうしなければ堂々巡りだ。
そうして思考の海から浮上すると、辺りは先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っていた。際立って大きな音は無く、けれど小さな音が周囲に響く環境は、戦闘があったことを嘘ではないと示唆しているように感じた。
先生の言っていた通り、ここは文字通りのチュートリアル的なものだったらしい。でなければこんなに早く戦闘が終わることも無いだろう。
一番大きな戦闘があり、また先生とアメがいるはずであろう方向からは、見覚えのある4人の姿が遠目で確認できた。
「あ、終わったっぽいな。梅座衛門もザンマラもこっち向かってくる。けど…あのガイコツとケモミミは何だ?」
「あぁあれ?先生とアメ」
「特徴を強調させ過ぎじゃないか?」
「それスッゲェ分かる。」
「先生何でガイコツなんや…あんな力強いのに肉無いとかどないなってるっちゅうねん」
「イヤそんなこと言ったらお前も何で肉体が再生されるんだよ。軽く人間やめてんじゃねぇか」
「そら俺、ヒト族じゃあらへんし」
「俺もエルフだからヒトではないな」
「オレ以外ヒト族いないの?」
兎にも角にもまずは合流だ。幸い旅団も全員揃っているみたいだし、オレの足りない知識とかその辺は後で詳しく聞くとするか。
オレは少尉とフラノを連れて、4人のところへ歩き出した。
「…第一印象言っていいか?」
「どうぞ」
「ここは人外の展覧会でもやってんのか」
「でも俺は人間っぽいで」
「蓋開けてみればアンデットじゃねぇかバカか」
「私は?」
「体から蔓が伸びてくる人間なんか知らねぇな」
「俺は?」
「普通の人間は耳長くない」
「一応聞くが俺と先生は?」
「片方虫で片方ガイコツじゃねぇか。まずお前等は人の姿保って来い」
あの後互いに合流して少し歩き、香散見の案内で丁度良い広場的な場所に腰を落ち着けた。そこはいい。そこまではいい。だが……
ホントに何なんだこれ。
一人はガイコツ、一人は人間の形をした虫、一人は蔓を伸ばしてる人型、一人は一見人間に見えて実は不死の化け物、一人はケモミミ生えた何か、一人は一番マシだけどそれでも人間とは呼べない奴。それが一堂に集まって和気あいあいと会話している。……いやホントに何なんだこれ。この中で唯一まともな人間なのワタシだけなんだけどマジで言ってんの?バカなの?死ぬの?
「イヤそれにしてもみんな種族バラッバラやな」
少尉がオレ達を一瞥して感心したような声を出す。
確かにこの頭数でこんなにバラバラなのはそうそうある事では無いだろう。お陰で選択肢も広がりそうだが、それはそうともう少し人間に近いものを引けなかったのか。コイツ等のくじ運の悪さに少し絶望している。
「あ!じゃあですね!みんな自己紹介しません?主に各々の才人と才幹の」
「お、いいね。でもそれじゃちょっとおもしろくないからクイズ形式にしない?ヒント出してさ」
「お、いいね。やろうやろう」
「優勝賞品は何でも命令できる権利で」
香散見の言い出した提案に先生が乗り、加えて誰の才幹か当てるクイズ大会を提案する。するとフラノやザンマラが乗っかってきてた。
こうなったら旅団長のワタシでももう止められない。まぁ止める気もさらさらないが。
急遽開催されることになったクイズ大会。だがしかし傍から見れば魑魅魍魎共が真昼間から談笑してるようにしか見えねぇんだよなぁ。百鬼夜行にはまだ早いぜ化け物共。
かくして幕の上がった才人当て。トップバッターは香散見だった。
勿体ぶったようにえへへと含みを持たせて笑う姿は、一見すると年相応の女性だ。上着の間から伸びている蔓に目を瞑りさえできれば。
自信満々にオレらの前に立った香散見には、絶対に当てられないという自信があるようだ。でなけでばこんなどや顔なんてできるわけがない。
そして、香散見が自らの才幹を言い出した。
「え~と、私の才幹はですね。『緑色の絞殺魔』って言うんですけ」
「アルバート・デサルヴォ」
瞬殺、いや秒殺と言った方が正しいか。香散見が説明を始めてほんの数秒、才幹の名前を告げた瞬間に、オレが正解を間髪入れずに叩き込む。あれだけ自信に満ちていた香散見の顔が驚愕で目を見開いていた。正直酷い顔だと思うので是非鏡を持って来て見せてやりたい。
「おい、答えを言ったんだが。当たってんのか?それとも外れてんのか?」
「……当たって…ますよ」
おいおいそれは正解した人間に向ける表情じゃねぇだろ。何だその今すぐ食い殺してやるみたいな顔は。一人で顔芸でもしてんのか。
「ねぇ団長。そのアルバート?って誰ですか?」
アメが頭上に疑問符を立てながら聞いてくる。というよりもオレと香散見以外の全員が同じような問いを持っているようで、オレの方に興味の視線をずっと送っている。
まぁ、この人物は知らない人は知らないから致し方ないか。
オレは記憶の海からアルバート・デサルヴォに関する情報を掬い上げ、それらを言語化していった
「アルバート・デサルヴォ。別名「ボストン・ストラングラー」「グリーンマン」。ボストン絞殺魔事件及び連続強姦事件の犯人」
「ねぇ団長ネタバレって言葉知ってます?」
「ネタバレは良い文化だよなぁ???」
「鬼畜だこの団長」
香散見のじっとりする視線に対して、オレはどこ吹く風と言わんばかりに口笛を吹く。
言うタイミングを逃したが、オレは歴史上の人物に関しては比較的明るい方だ。だからこの勝負が始まった時、オレは心の中でひそかにガッツポーズをしていた。
「オラさっさと行くぜ。次は誰だ?」
最高に悪そうな顔をして、みんなをじろりと見まわした。
「じゃあ僕の当ててみてくださいよ」
斜め前にいるアメが挑戦的な眼差しでこちらを見てくる。香散見と同じく余程自信があるのだろうが、そんな顔されたらボコボコにしたくなるというもの。え?性格悪いだって?ウチの旅団はこれくらいが丁度いいんだよ。
「僕の才幹は血濡れの斧です」
「あ~…もしかしてエイリーク一世?」
「うわこの団長面白くない」
「正答者に対する評価じゃねぇだろそれ」
「それってどんな人だったの?」
「兄弟殺したノルウェーの王様」
「あながち間違ってないから質悪いですね」
エイリーク一世。本名「エイリーク・ハラルドソン」
西暦900年ごろに実在したノルウェー及びノーサンブリア国王。それと同時にヴァイキングでもあった。
在位した時期に起こした殺戮から、付いた別名が血斧王
「というか、猫耳付けてんだからシュレディンガー辺り来るのかと思ったんだがな」
「人は見かけによらないんですよ団長」
「お前が言ったら説得力ないけどな」
「何ですか?吊るされたいんですか?」
アメも香散見も、個人的にはピッタリの才幹だと思う。それは性格だったり日頃の言動や行いだったりと様々だが、少なくともオレは似合ってないと思わない。
それが吉と出るか凶と出るかは、また別の話だろうが。
「じゃあ次オレの番ね~」
カルシウム100%の先生が右手を上げると、全員の視線が一気に注がれた。
背負っていた大剣は後ろに刺され、丁度良い感じの背もたれになっている。…見方によれば墓標とも見えなくはないが。
と言うか今までスルーしていたけど、骨オンリーの身体の何処に発声器官があるんだよ。何か不思議な力が働いて~。か?ここはファンタジーか?ゴブリンとか出てきてる時点でファンタジーか。
「俺の才幹はね。『鎧袖一触の飛将軍』って言うんだ」
先生の発した言葉を自分の脳内で繰り替えし、該当する人物がいないか手当たり次第に探す——はずだったのだが、あるワードが出て来た時点でそれをする意味が無くなった
「あ、秒で分かった。というか、一回聞いてたな先生の才幹」
「うぇぇぇ!?!?ミザンさん無駄な事知りすぎやろ」
「うるせぇよ。3分間待ってやるからさっさと考えろ」
「今のうちに団長の目玉潰しといたほうが良くない?」
「俺は梅に賛成」
「フラノとアメはクタバレ」
才幹当ての第二ラウンドが始まった。