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彼岸花の花言葉

「そういえば、神とやらは自分の体をよく見ろって言ってたが、あれ何のことか分かるか?」


「さぁ~?僕にはさっぱりです」


 アメショが猫耳をピョコピョコさせながら答える。猫耳が付いたおかげかどうかは知らないが、聴覚が普通の人間よりも桁違いに良くなっているらしい。今は慣れるついでに他の奴等を探してもらってる。


「あ~、ちょっと気になるんだよなぁ。それが才人さいじんを見分ける手掛かりにもなるわけだし、意味分かっとかねぇと…あん?先生お前頭に何つけてんだ?」


「へ?何かついてる?」


 先頭を歩いている先生の後頭部に何か変な模様が付いているのが目に留まる。それは黒っぽい赤で何かの絵だという事は分かった。


「ちょっとじっとしてろ」


 先生の歩みを止めさせ、描かれているとも刻まれているとも分からない模様を見てみる。

 そこに赤黒く描かれたものは花のようで、花序かじょが無限の散形になっており、花は外側に向かって開いていた。そこから放射状に6枚 (いや、6本と言った方がしっくりくるか)の花弁が、先端に行くにつれて反り上がっている。今にも折れそうなほど細く頼りない茎には、枝はおろか葉っぱさえも付いていない。

 その特徴を見たオレは、これまでにない程苦笑いを浮かべた。それもそうだ。なんせこの花は、オレ達もよく知っている花なのだから。


「あの神とやら…クソッタレな洒落しゃれをかましてきやがったな」


「ねぇ団長。これって彼岸花?」


 そう。先生の後頭部を覆うように描かれていた模様の正体は、自信満々に咲き誇っている一輪の彼岸花だった。

 彼岸花には「リコリス」「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」「狐花きつねばな」「天蓋花てんがいばな」など様々な別名がある。それは有名な物からマイナーな物、挙句はローカルでも呼び名があるのだから、これほど変化に富んだ花なんてそうそうない。

 そんな多くの異名を冠する彼岸花だが、人々が抱き続けている印象として共通のものがあった。それは「不吉」又は「死」の印象だ。

「彼岸花を摘むと死人が出る」、「彼岸花を摘むと手が腐れる」と、決して良くはない伝承が語り告げれてきているのが彼岸花である。勿論、良い伝承もあることはあるのだが、死人の花に対して必要ないとでもいうのだろうか。そんなもの比べてみればないのと同じである。そこから「死人花しびとばな」や「手腐れ花」という名前も伝えられている。

 そしてオレが感じた下らない洒落は、花の別名によるものだけでは無かった。


「おいアメ。彼岸花の花言葉って知ってるか?」


「え?…分かりません」


「オレが知ってる中で言えば〝情熱〟〝独立〟〝諦め〟〝思うはあなた一人〟。そして…〝転生〟〝また会う日を楽しみに〟」


 つまりオレ達才人(さいじん)は、この世界と向こうの世界のはざまに生きる者であり、この花はそんな死人に対する墓標を表しているのだろう。「また会う日を楽しみに」の花言葉は、自分勝手に巻き込んでおいて、また神とやら(自分)に会えることを願っているとでも言うのか。「転生」の花言葉に至ってはストレートにオレたちのことを指しているだろう。


「僕たちにピッタリの花ですね」


「ピッタリすぎて腹立ってくるがな」


「俺は花とか分からんから関係ないわ~」


 外見とは裏腹に先生は脳筋の気が入ってるからな。通じる人にしか通じない皮肉よりもドンパチの方が性に合ってんだろ。まぁ、それはウチの旅団りょだん全員に言えたことだろうが。

 そんな事は置いておいて、これが神とやらが言っていた才人さいじんを見分ける方法なのだろうか。そうだとすればオレやアメにも同じ彼岸花が付いているはずだが、どうも一向に見当たらない。ひょっとして背中とかに付いてんのか?でも待てよ?そうなると服とかで何とでも隠せるから意味無くないか?


 その時ふと、俗に言う萌え袖をしているアメの袖が目に入る。


「おいアメ。お前の袖そんなデザインだったっけか?」


「え?…何これ。僕こんなの知らないですよ」


 オレに指摘されパーカーの袖を見たアメが、怪訝けげんな表情で顔を曇らせる。

 白兎のような白袖に、大きさは違えど先生と同じ彼岸花が、最初からそこにあったかのように浮かび上がっていた。


「……アメの場合は服に付いてんのか?いやでも着替えたら意味が無くなるだろ。だとするとどういうことだ?」


「あ、分かった」


 ブツブツと呟きながら考察しているオレを他所に、先生は骨だけの手でアメの手を取り、袖を手首辺りまで上げた。現れた小さい手の甲には、先ほどと全く同じ彼岸花が浮かび上がっていた。


「これ多分、服を着ても浮かび上がってくるんじゃないかな?」


「……あ~~~、成る程ね」


 そう仮定すれば才人さいじんを見分ける目印といった事も理解できる。隠せない印が付いているのだから、少し注意していれば見分ける事なんて簡単だろう。それにしても…


「これ、烙印らくいんみてぇだな…」


 誰に聞かせることなく呟いた言葉に、一人で苦笑いをする。立ち位置としてはRPGで言う勇者のはずなのに、扱いは罪人のそれと大差ないように思えた。いや、こうして互いが互いを分かるようにして潰させるのだから、コロッセオの戦士と言った方が良いか。いずれにせよ、あまり気持ちの良いものではないのは確かだ。


「お~い。ミザっちゃん?お~い!」


「んぁ?どうした」


「イヤ、何か怖い顔してたから大丈夫かなと思って」


 しまった。つい顔に出てたか。感情が表情に表れやすい分、常日頃気を付けているのだが完璧に油断していた。


「何ともないぜ。心配し過ぎだ」


 ただ一言、一言だけ言い捨ててオレは先生から目を逸らす。別に後ろめたい気持ちがあるわけじゃないが、純粋な目で見てくる先生はどうも話がしづらい。それはこちらがなまじ嘘をついているからかもしれないが、それ以上に邪気の無い心配を向けられるのも中々出来る体験じゃない。それが落ち着かなくて、オレは面と向かって話せないでいる。


「え?何?団長照れてるんですか?もしやそういうやつ?そういう関係のやつ??」


「おっとっと。唐突に三味線が弾きたくなってきた」


「僕を剥ぐとかセクハラですか110番ですよ通報ですよ」


「そんな凹凸おうとつの無い体に欲情するか」


 一応補足させてもらうが、オレは普段からこう言うことを言ったりはしない。というか普通の友達にこんなこと言ったらブチギレ案件だろう。だが今のは売られたケンカを買っただけ。正当防衛のはずだ。なのにこう殺気を出されるのは納得がいかない。

 そんなことには興味ない雰囲気を全開にしながら先生は口を開いた


「それにしても、これ分類的には何になるんだろうね。呪術?」


「でしょうけど、僕的には呪術じゃなくて呪法って感じがしますね」


「あ、やっぱり?」


「ちょちょちょ待てお前等。何の話をしてんだよ」


 日常会話では使われないであろう単語を使い始めた二人に向かって、オレは困惑しながら待ったをかける。すると彼らは、ハトが豆鉄砲喰らったときのように、きょとんとした顔でオレの方を見返してきた。


「ミザっちゃん何言ってんの?分かるでしょ?呪術と呪法」


「いや分かんねぇよ。その物騒な単語どっからWelcomeしてきたんだ」


 オレの返答に対し、先生はさらに首をひねる。というか首をひねりたいのはこっちだ。少なくとも黄昏旅団たそがれりょだんの間でも呪術や呪法と言った言葉が出てきたことは記憶にない。オレが居なかったときには出たのかもしれないが、けれどアメと先生がオレも知っているはずと言うのだから、普通は知っているはずなのだろう。

 だがオレは知らない。記憶にないし、それらしい心当たりも無い。


「ん?…団長、先生さん。何か向かってます」


「どっちから?」


「僕から見て右側です」


 アメが猫耳をピョコピョコさせながら右を見る。視線の先は生い茂る木々で塞がれているが、その隙間から何かが動いているのを確認できる。どうやら一直線にこちらへ受かってきているようだ。


「ゲェ。何か面倒そうなもんが来やがったな。逃げるか」


「何言ってんのミザっちゃん。ここはチュートリアルでしょ?戦わないでどうすんの」


「は?何も分からない状態で戦えってのは無理があんだろ」


「分からないの?俺たち十分戦えるんだよ?」


 オレは先生の発言にただただ小首をかしげるばかりだ。多分クエスチョンマークが可視化できるのならばオレの頭上に50個くらい並んでいる事だろう。


「だから、それってどういうことだ…」


「話は後。来るよ。アメさんも用意してね」


「OKです」


 抜かれた白銀の巨大な刃は、巨大な肉食獣の牙を素直に連想させた。

 先生が背負っている両刃の大剣は適当に見ても2メートルはありそうなほど大きく、また刃厚も8センチ程と凄まじくデカい。そして刃の中央には円柱を半分はめ込めるようなくぼみがにあり、片端には取っ手のような物が付いている。


 それと同時にアメも自分の武器を握りしめる。

 アメが持つ手斧は、薪割り用の斧を片手用に小型化したような形状をしていた。その平凡な形状がなお一層、薄っすらと赤みを帯びた刃を不気味に仕立て上げている。


 っておいおいちょっと待て。コイツ等マジで戦うつもりか!?何なの!?君たち従軍経験でもあるの!?いや自衛隊は軍隊じゃなくて実力だから従軍っていう言い方は多少語弊があるのだけれどもさぁ…って違う今はそんなことを考えてる場合じゃない。


「おい先生!お前死n」


「『才幹さいかん 鎧袖一触がいしゅういっしょく飛将軍ひしょうぐん』」


 オレが警告を言いかけたと同時に、先生は地面を蹴り上げた。

 その瞬間どうなったと思う?地面を削った?木々を避けながら走って行った?それだけなら100点中50点だ。大学なら不可で単位落とすな。来年再履修頑張ってくれ。え?じゃあ正解は何だって?それはな。





 地面を抉って(・・・)、木々を|薙ぎ倒しながら跳んでいったよ《・・・・・・・・・・・・・・》。





「はぁぁぁぁ!?!?!?なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!!!」


 何今の脚力!?何今の筋力!?何であからさまに地面が抉れてんの!?何で跳んでる状態で伐採できんの!?というかそもそも「跳ぶ」って言えんのこれ!?人間の走り幅跳び世界記録知ってますか!?16メートルだぞ!?それを走ってすらないのに何かいる所までぶっとびやがって何考えてんだあの骨は!?!?


「ていうか待てよ…そういえばさアイツ、才幹さいかんとか言ってなかったか?それの後に聞こえた『鎧袖一触がいしゅういっしょく飛将軍ひしょうぐん』っての…まさか…」


「団長!前から来てますよ!」


 アメが叫んだ声でオレはふと我に返る。その眼前に映っていたのは、人間の子供くらいしかない身長で、体色は黒っぽい緑、手には棍棒を持ち、小物が漂わせている醜悪さを具現化したような顔面が見えた。今にも棍棒で殴りつけてきそうな勢いで。


「うわっ!!」


 弧を描いて向かってくる棍棒を、オレは体を捻り紙一重でかわす。そして大振りを外した「それ」は体制を崩し、数秒だけ無防備になったので、その隙にバックステップで距離を取る。

 それと入れ替わるように、手斧が風切り音と共に飛んで行った。それは先ほどアメが持っていたのとは違う、投擲とうてきを目的として作られた斧「トマホーク」だったことが、一瞬だけだが見て取れた。

 トマホークはオレの脇下を絶妙なポジションで抜けると、体勢を立て直した「それ」の額をカチ割った。ザクッという聞きなれない音と共に赤黒い液体が噴き出し、「それ」は力なくその場に倒れた。


「団長~!しっかりしてくださいよ!ゴブリン程度と思って油断してません?」


 振り返ると、呆れたような顔をして嘆息たんそくをしているアメの姿。しかしそれは先ほど見た姿とは異なって、手斧を片方にしか持っていなかった。とすれば、先程投げたトマホークはコイツのだったんだろうか?だとすれば何処から出したのだろう。

 次にオレは彼女の姿に違和感を感じた。別に手斧を持っていないからじゃない。その持っていない手が赤く光っていたからだ。彼岸花が刻印されている、右手の甲が。


「あ…あぁ。悪い」


 取り敢えずオレはいわれの無い責に謝罪をし、少し頭を落ち着かせた。

 まず、転生させられた時点で遅かれ早かれ戦闘が起こるだろうとは思っていた。けれど、アメや先生との間に感じるこの差は何だ?アイツらは呪術だか呪法だか知っていて、戦闘もかなり手慣れている印象がある。それに自身が持っている才幹さいかんについても分かってるような空気だ。

 けれど、何一つオレには分からない。だとすればそれは何故だ?何処かで何かを間違えたか?そしてアメの光っているあれは何だ?彼岸花が光っていることは分かっているのだが、何故光っている?何かがトリガーになっていると考えるのが妥当だろうが、それは何だ?それで得られる効果は?

 分からない。分からないことだらけだ。こんなんNASAの白紙パズル解いてる方がまだ易しいぞ畜生。


「団長~!人の話聞いてますか~!?」


 アメが大きな声でオレの鼓膜を振動させる。

 いやていうか普通に離れろ。お前それ耳元で出していい音量じゃねぇから。遠くで見かけた人を呼ぶときの声量だからそれ。セルフ拡声器してんじゃねぇよ。いや考え事してたオレも悪いけどよ。


「ホント、どうしちゃったんですか。ぼーっとするなんてらしくないですよ?」


 投げたトマホークを死骸から引き抜き、アメは説教をするように言葉をぶつける。今のオレにはそれを受け取る事しかできないが、それくらいはしないといけないだろう。

 それに、分からないことは後で考えればいい。それが出来る奴等がいるのだから。


「あぁ悪い。分からないことだらけでよ」


「僕には分からないってことが分からないんですけど。まぁ、僕も先生さんのとこ行くんで後は適当に頑張ってください」


「は?おいちょ…」


 オレはそこで言葉を切った。いや、切らされた。別にアメがさっさと行ったからでも、敵が来たからでもない。ただその表情に、オレは気圧されてしまった。


「これからお楽しみの時間なんですから」


 ぽつりと零れた一言は、けれど慄然りつぜんするほど感情が込められていた。それは狂気、あるいは狂喜と言った方が良いのか。彼女はいびつに笑っていた。


「それじゃ!」


 一言だけ言い残した彼女は、一目散に先生の方へ走って行った。後に残ったのは、背筋を凍らせるオレだけだった。

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