白い光を抜けた先
神とやらの思いもよらない発言に周囲がざわつき始める。
「〝才人〟…?いやそれより、殺すって」
「それも含めて今から説明するわ」
神とやらはそれを面倒そうに制して静寂な空間を再び作り、凛と透き通った声で説明を再開し始めた。
皆一様に神とやらの言うことを聞いているが、その表情はどれもこれも未知に対する恐怖や不安がにじみ出ている。
「まず、こっちの世界と君たちが元居た世界は、関わることなんてまずないの。だから君たちはこっちの存在を知らなかったでしょ?でも、たまにひょんなことからいろんな形で干渉することがあるの。人が違う世界に移ったり、その時代にあるはずないものが存在したり。神隠しやオーパーツと言ったところね」
淡々と話してるけど、中々聞き覚えのある単語が出て来たな。成る程。そりゃこっちの世界じゃ分かんねぇわけだ。なんせ原産や行き着く先が異世界ってんじゃあ調べようがねぇしな。
「それだけなら問題ないんだけど、たまにイレギュラーが迷い込んでしまうの。それは総じて死んだ人間たちで、前の世界で様々な歴史を作った者たち。要するに人並外れた何かを持った人間ね。その人たちは何故か分からないけど、違う世界に入った途端特殊な能力が発現することがほとんどなの。私はこれを〝才幹〟、それを使う人間を〝才人〟と呼んでいるわ」
つまり、異世界転生した人間が何故か特殊能力身に付けた状態で転生してしまうって事か。
オレは一人で納得して頷く。だが、そこから先が分からない。何故その話が今の状況で出てくるのだろうか。
そう考えているオレの考えをまた読んだのか、もしくは他の誰かが同じことを考えていたのを読んだのか。神とやらが疑問の答えとなるような説明をしだした。
「その才人、何が問題なのかって、元々違う世界の、それも強大すぎる力の持ち主が紛れ込むの。それはバランスを歪め、最終的にはこの世界を壊してしまうほどの物。だからあなた達には、この才人たちを一掃してほしいの。勿論、それをするための力は与えるし、無事成功したら元の世界に帰してあげるわ」
異世界に転生するのはまだいいが、転生した人間の力が強く、またそれが多すぎるほど集まったのであっちの世界の天秤が傾いている。それを正しくするために、原因となる才人、異世界に転生した才幹を持つ人間を駆逐してほしい。それに必要な力も、達成報酬も与えるから…と、大体こんな感じの内容か。いや~、改めて見てみるととんでもねぇな。
「…何か質問はあるかしら」
一通りの説明を終えたらしく、神とやらは息をつきながら質疑応答に入った。神でも呼吸が必要なのだろうか、はたまたただの雰囲気づくりなのか、そんな下らないことを考えながら、オレは静かに右腕を上げた。
「そこの君。何?」
「あー…さっき力を与えるって言ったけど、それって具体的にどんな?」
「それは分からないわ。完全にランダムだから。でも一つ言えることは、この世界で死んでいった者の才幹だと言う事よ」
「は?てことは何だ?才幹を持つって事は、オレらは才人になるってことか?」
「そうなるわね。でも安心して。別に強大な力を持っていなくとも、才幹は個別に与えてあげる。それにあなた達が増えても世界はまだ大丈夫だから」
才人を倒すために才人になる。
何だかミイラ取りがミイラになるような状態だが、逆に考えると、それほどまでに才人という者の力は脅威であり、また身を守るためとしても十分役に立つのだろう。でなければわざわざ世界を壊すリスクを背負ってまでこんなことをするはずがない。
だがオレは1つ疑問が浮かんだ。それを神とやらに聞こうとしたとき、梅座衛門の声に遮られた。
「それだけの強いんだったら、貴女が何とかすればいいじゃないの?私たちにやらせるよりも確実だと思うけど」
「それが出来たら苦労しないのよ…」
落胆の心情を全身で表現するように、神とやらは大きなため息を一つついた。そして梅座衛門の方を一瞥すると、また淡々と説明しだした。
「私はね、概念的な存在なの。君たち一人一人が違う姿で見えているのがその証拠。君たちの中にある〝神〟という概念のイメージが私の体を作り出してる。だから、世界に実体として存在しているものには干渉できないの。日本の通貨が外国のスーパーで通用しないのと同じよ。だから私の力ではどうすることもできないの。天変地異を起こしても難なく生き延びるし、人間を差し向けても返り討ちにするし」
神とやらは余程苦労したように思える。色白の整った顔には疲労とも落胆とも取れる色が浮かび上がっている。
「だからあなた達に頼んでるの。この世界の才人を、まとめて殺してちょうだい」
周囲がまたざわつきだす。
この世界に転生された理由、元の世界に帰る条件、そのためにしなければならない事。それを聞かされた今、冷静に慣れる人間の方が少ないだろう。
世界を救うために戦う。そう言えば聞こえはいいが、別の言い方をすれば別の誰かを殺さなきゃ一生家に帰れないと言われ拉致されたようなもんだ。自分の命を脅しにとられて。
最高に理不尽。最高に不運。どうせこの状況は拒否権など無いのだろうし、異世界転生のラノベよろしく死んでも生き返るなんてのもあるわけがない。死ねばそこで終わり。なのに戦いを強いられる。
最高だな。最高に——クソッタレだ。
「…才人を一掃したら本当に元の世界に帰してくれんだろうな?」
「それは約束するわ」
「…分かった。その話、受けよう」
「ミザっちゃんならそうするよね」
後ろで会話をのほほんと眺めていたスケルトンはオレの判断を予想していた。伊達に10年以上の付き合いをしていないのだか当然と言えば当然だが、自分が下した判断にすんなりと同意してくれるのはありがたい。
「先生はOKとして、他の奴等はどうする?このクソッタレな話に乗るか?返事はYesかハイで」
「拒否権どこ行ったんや」
「拒否権欲しけりゃ等価交換だ。人権とな」
「等価交換を哲学にすんな」
ウチのメンバーはバカばっかりだが、なにも愚かというわけではない。これが拒否権の無い強制の選択だという事は分かっているはずだ。だから、誰一人としてオレの判断に反対の意を述べる奴も、そのようなそぶりを見せる奴もいなかった。
「決まったかしら。まぁ決まってなくてもあっちの世界に送るけど」
ほら見ろ二者択一の理不尽な質問だ。どこの世界に行っても理不尽ってのは存在するんだなと改めて実感する。
周りが光に包まれ、意識が少し遠くなってきたときその時、誰かがまた質問を投げかけた。声からして多分アメショだ。
「あ!ちょっと質問!才人を殺してほしいって言ったけど、それってどうやって見分けるの!?」
「それは説明するより見た方が早いわね。転生した後自分の体をよく見てみなさい。そうすれば分かるから。」
その言葉を最後に、オレの視界は溢れんばかりの輝きに包まれ、暗くないブラックアウトのような状態に陥った。右も左も、上も下も分からない状態でオレは、新たに始まる人生に期待と不安を抱いていた。
トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
と言いたいところだが通ってきたのはトンネルじゃねぇし、ましてや雪なんかこれっぽっちも降ってねぇ。その代わりに木漏れ日がさんさんと降り注ぎ、辺り一面を迷彩模様に染め上げていた。
時刻は多分昼。場所は何処かの森の中。
「……転生したのか?」
オレは自分の所持品と体の状態を確認する。
今はいている黒っぽいのジーパンよりも黒いインナーと、ファスナーが右に偏っている、丈が少し短いワインレッドのライダースジャケットは変化なし。所持品もこれといって増えておらず、逆に減っているものも見当たらない。体も特に不調を感じることはなく、ニュートラルな健康状態だという事が分かった。
と思っていた時、コツンと右手に何かがぶつかる感触がオレの指先に伝わった。それは木の感触だったはずなのだが、不思議と重みのあるものだった。
「何だこれ…刀?」
黒い鞘に納められたそれは、刃長80センチ程度で1.5倍程度少し長めになっている。柄には朱殷の柄糸が巻き付けられおり、鞘の鯉口にも同じ柄糸が15センチほどに渡って纏われていた。
「…マジもんの刀だなこれ。…オレの近くに落ちてるってことは、貰っていいのか?」
刀を持ち上げると、刀の重さとしか表現できない重みがオレの腕に負荷をかける。模造刀しか持ったことの無いオレだが、これが真剣であろうことは何となく分かった。
柄と紐が巻かれている部分の鞘をしっかり握り、まるで腫物でも触るかのようにそろりそろりと抜刀した。
木漏れ日に照らされて銀に輝く刀身は滑らかで、自分の顔を写せるほど表面は綺麗に磨かれていた。一見して肌目が分からない程細かく鍛えられた鏡肌を文字通り再現していた。反りは腰元から茎にかけて強いが、上半身はほとんど反りが入っていない。そして一番目を引いたのは、小烏造、またの名を鋒両刃造だ。これは文字通り切っ先から中ごろにかけてのみ両刃になっている。完全な両刃ではなく、また片刃でもない。日本刀にはほとんど見られない造りで、有名な一振りが「小烏丸」なので、小烏造などと呼ばれている。
「こりゃ…また変な刀だな。見たことねぇぞこんなの」
多少なり刀剣類の知識をかじっていたからある程度は分かったが、分かったからこそ、こんな刀は聞いたこと無い。少なくともオレは。
「まぁ、捨てるのも勿体ねぇしありがたく貰っとくか」
オレはベルトを少し緩めると、刀の反りを下にして左に差した。
よくアニメなんかで反りを上にして差している描写がされているが、普通出来ねぇぞ。んなことすりゃすぐ刀がひっくり返って結局反りが下を向く。重心とかの関係だろうな。オレは詳しく知らんけど。
「さて…この後どうするか…」
その時ふと、さっきの言葉を思い出した。
「そう言えばあの神とやら、転生した後自分の体をよく見ろとか言ってたな…」
オレは袖をまくったり、裾を上げたりして体を確認する。しかし皮膚の色も状態も変わったところは見受けられなかった。もしや別の場所にあるのかと思い、インナーの首元に指をやったその時、少し遠くで甲高い悲鳴が聞こえた。
「なんだなんだぁ!?」
慌てて後ろを振り向くと、そこには腰を抜かしたであろう女性と、どうやって形を保っているのか理解できないが、当たり前のように身の丈以上の大剣を背負った白骨が直立していた。
今まで過ごしてきた日常ではありえない光景に、オレは少しの間呆然としていた。人間本当に驚いたら声すら出ない。何処かで聞いた話だがあれは事実だったらしい。
その場で立ち尽くしているオレに、白骨が気付いた。
ヤバい。やられるかもしれん。戦う?バカ言え。武器がない上に訳が分からん相手と戦って勝てるほど実戦経験なんてもんねぇぞ。
状況が十分に整理できず、完全に思考がパンクしていたオレは、そのかけられている声に気付くまで数秒かかっていた。
「…っちゃん!ミザっちゃん!」
「この声と呼び方は…先生?」
イヤそんなはずはないとオレは頭を左右に振る。しかし何年も付き合いのある先生の声をオレが聞き違う事なんてまずありえないし、ましてやミザントロープの名前を知る中で、「ミザっちゃん」と呼んでくるのは先生しかいないはずだ。
でも、それでも、オレはそのことを信じることが出来なかった。なんせそう声をかけてきているのは、目の前にいる白骨なのだから。
「まさか…先生?」
「そうだよ!やっと気付いた?」
「…何でお前骨だけになってんの?」
「何かね。こうなってた」
「「……………」」
「あははははははははは!!!!!!!!!!」
オレは笑った。人目も憚らず大声で、人生で一番大きな声が出ているんじゃないかと思うくらい、もう少しで胃の中の物が出てきそうなくらい、勢いよく笑い転げた。いやだって前から骨みたいと思ってたやつが実際に骨になってんだから笑わねぇ方がおかしいだろ。先生、お前今日のMVPだ。後で賞状か何か送ってやる。
これ以上笑うと本当に吐いてしまいそうなので、なんとか平静を取り戻そうとする。が、先生の姿を見るたびにまた笑いがこみ上げてくるので、我慢するのは必死だった。
「は~おもしろ。で、他の5人は何処にいる?」
「え?アメショさんは目の前にいるじゃん」
「は?目の前?」
オレは先生の周囲を見渡すが、それらしい人影は見当たらない。どころか周りにはオレと先生、さっき叫んでいた女性しかいないらし…女性?
座り込んでいる、というよりも腰を抜かしている人を改めて見てみる。肩まで伸びたロングの黒髪、膝まであるオーバーサイズの白いパーカーと、その下に黒いショートパンツをはいている女性。そして両手に片手斧をそれぞれ持ち…頭になんか生えてる。
生えているものはともかくとして、その背格好は見覚えがある。黄昏旅団の中でも、世間的に見ても小さい体形は、オレが思い浮かべている人物とそっくりだった。
「お前まさか…アメ?」
「……そうです」
「……頭に何生やしてんだよ。まんまネコじゃねぇか」
「僕が聞きたいですよ!」
三角形の形状に生えた体毛は、髪の毛などと違い短く、産毛ほどではないがとても柔らかそうな感じだ。感情の起伏に応じてピョコピョコと動く耳が、飾りなどではないことを証明している。
「…いろいろと笑っていいか?」
「笑ったら殴ります」
「猫パンチか?」
やっぱり何事も煽っちゃいけないんだなうん。まさか拳大の石を全力投球してくると思ってなかった。マジ危ねぇわ。当たったら絶対ケガしてんぞ。因みに流石にしっぽは生えていなかった。生えてたら死因が笑いによる窒息死か、殴打による脳挫傷になってただろうな。
ともかくとして、現状オレ、先生、アメの3人は集合することが出来た。ともすれば、あとの残りもそう遠くへはいないはずだ。そう思ったオレたちは、まだ見つけていないメンバーを見つけるためぼちぼち歩き始めた。