転生
…きて!起きてくださいってば
誰かがオレを起こそうとしてる。うるさいなぁ。別に寝てていいだろ。バスが会場に着くにはまだあるんだから
お~い理不尽団長。起きてくれや~。
「だぁれが理不尽団長じゃボケゴルァァァァァ!!!!」
理不尽団長というワードを耳にしたオレは、不名誉極まりないあだ名を撤回させるべく、すごい勢いで上体を起こした。ブオンと言う効果音がしそうなほど激しく起き上がり、彼女いない歴=年齢の奴が女と一緒に歩いているところを見かけたとき以上に目を見開いた。
「…………あれ?ここ何処だ?」
オレの第一声はそれであった。見覚えのない場所、どころか現実ではありえない程白く、そして壁があるかどうかわからない位広い空間にオレは…いや、正確にはオレ達はいた。
総勢で50人程度だろうか。各々が集まってここがどんな場所で、今現在どういう状況なのか確認し合っているのが、ちらほらと聞こえてくる。無論、今からオレもその一人になるのだが。
「やっと起きた。死んだのかと思って心配しましたよ」
声のする方を見ると、香散見がホッと安堵の息を漏らしていた。黒髪のボブカットに七分丈のベージュの上着、白のTシャツにグレーのハーフパンツをはいた平均身長程度の女性は香散見と言って、オレのネットの友達だ。
因みに香散見とは梅の別称で、彼女は梅が大好物なのだそうだ。ホントのハンドルネームは梅座衛門だが、オレが勝手に付けた香散見で呼んでいる
「勝手に殺すな。で?どういう状況なんだこれ」
「あ、やっと起きたね」
また声をかけられたので、その方向を見ると、そこには見覚えのある人間が5人ほどオレを見下ろしていた。
「見下ろしてんじゃねぇよ。足伐採すんぞ」
「そこまで軽口叩けるんなら大丈夫そうだね」
この優しめの口調をしている男はスケルトン。オレとは10年以上前からのリア友で、身長180センチオーバーのくせして体重は50キロいってないのだからまんま名前の通りスケルトンだ。彼は紺色のパーカーにジーンズをはいていて、一見目立たなそうに見えるが、その体型のせいで嫌でも目立ってしまう。因みにオレはこの人の事を「先生」と呼んでいる。
別に職業が教師というわけではない。ただ、こいつは人格的にマジでスゴイのだ。オレが一生かかっても勝てないだろうと言うくらいには彼の人間性は出来上がっている。まぁ、だからこそ優しすぎることがあるのだが。
「もうちょっと寝てても良かったんだぞ。団長」
「ワンチャンそのままくたばっても…」
「そん時はテメェ等道ずれだから覚悟しろよクソ蝉とクソ犬」
クソ蝉とクソ犬というのは、ザンマラとフラノのことだ。コイツ等もネットで知り合った友達だ。
フラノは180センチ以上の身長があり、スーツみたいなジャケットを羽織っている。パンツはワインレッド、首からは銀に光る十字架のネックレスがぶら下がっている。見るからにイケメンな風貌だが、実際イケメンだから対応に困る。けれどコイツ女運は絶望的に悪い。なんせクリスマス当日に彼女に振られるわその後付き合った奴がヤンデレだわ声だけで女をドMにさせるわでもう聞いてるだけで面白い。
実際はName lessというハンドルネームだが、言いにくいのでオレが「フラノ」と命名した。スペイン語で「ある人」、転じて「名無し」の意味になる。その時「犬みてぇだな」という理由で、フラノが何でも食う残飯処理的な立ち位置になったのはいい思い出。
ザンマラとはオレがネット始めた時からの付き合いで、何気に先生の次に付き合いが長い。ただまぁスタンプ爆撃やら画像連続投下やらとにかくうるさい。ので、付いたあだ名がアブラゼミ。ザンマラなんて綺麗なもんじゃねぇよ。そんな名前アイツには勿体ねぇわ。見たことあるかよあの鮮やかな色。中肉中背で服装もTシャツにカーキ色のズボンと、これといった特徴は無いのだが、まぁ、筋金入りのオタクな訳で。コイツのバックには所謂「推し」のバッチやらキーホルダーやらがこれでもかというくらい付けられている。もうね。最初に見たときの感想は「布の方が少ねぇじゃねぇか」だった。
「うっわ。ミザンさん生きとるやん」
「お?何だお前?団長にケンカ売ったか?というかテメェだろ?オレの事理不尽団長って言った奴」
「起きてたんかい!」
「それで起きたんじゃボケ!!」
「良いぞ~もっとやれ~」
「アメショも止めてくれんかなぁ!」
目の前で体型的に真逆の二人がどんちゃんしている。
チェックのシャツに黒のパンツをはいた男は、平均身長だが文字通り横に広い。見たまんまのデブだ。名前はShow Time 別名は少尉二等兵捕虜奴隷。何でこうなったかって?FPSで使えなさ過ぎて下がりに下がった階級だ。捕虜と奴隷は階級ですらないなんて言ってはいけない。
それとは対照的な小型な体型で、肩まで伸びたロングの黒髪、膝まであるオーバーサイズの白いパーカーと、その下に黒いショートパンツをはいている女性は「アメリカンショートヘア」、通称「アメショ」。理由は猫好きだからだそうだ。オレは「アメ」と呼んでいる。
ウチのグループは先生以外全員ネット、というよりゲームで知り合ったやつだ。最近はSNSでもやり取りしてるくらいには仲は良い。
ただまぁ欠点と言うべきか何と言うべきか。ウチのメンバーはとにかく個性的すぎてとんでもない。例えるならあれだ。古代中国の「蟲毒」に似てる。だってコイツ等知らない間に勝手に喰い合ってんだぜ?もう手の付けようがないわ。そこから飛び火するまでがテンプレートなんだから誰かに擦り付けるのに必死だ。
で、さっきから団長と言われているオレは「ミザントロープ」。みんなからは「ミザンさん」だの「ミザっちゃん」だの「団長」だのと言われている。何故「団長」かって?ウチのSNSのグループ名が「黄昏旅団」って名前でな。それを作ったのがオレだから「団長」ってわけだ。
とまぁそんな話は置いておいて、取り敢えず全員の確認が終わったところで、現状の把握に移る
「オレらの中で一番早く起きた奴って誰だ?」
「私ですけど」
「何か分かったことあるか?」
「ううん何も。ここが何処かも、何でここにいるかも分かりません」
ふむ。先に起きていた香散見でも分からないか。じゃあそれは後回しにして、最後に残っている記憶は何だっけ?…あぁそうだ。コミケ会場行くためにコイツ等とバスに乗ってたらいきなり揺れたんだっけ。
……で?そこから先はどうなった?ここが病院ってわけじゃなさそうだし、むしろ現実世界ですらないだろ。ってことは……
「君の予想通り、異世界という奴だよ」
何処からともなく響いた声に、オレは肩をびくつかせる。どうやらこの声は全員に聞こえているらしく、その場に居合わせた人たちが一斉に会話をやめた。
その一拍後に誰も居ない場所から光が差す。と思えば、1人の女性が中からゆっくりと姿を現した。
白い肌に整った顔は、あまり見る目の無いオレが見ても一目で美人と分かる。ウェーブのかかったロングヘアーは一本一本が輝く糸のようにつやを出している。着ている服も控えめな装飾の中に美しさが内在し、選んだ人物のセンスの良さが伺える。スタイルも悪いとは口が裂けても言えないほど良い。
すると、少尉二等兵(略)が口を開いた。
「何やあれ。ムキムキマッチョのおっさんが出てきおったで」
「は?普通のイケメンじゃないの?」
「いや、小さい女の子だろ」
少尉二等兵(略)と香散見とフラノがいきなり現れた人物の外見で言い争っている。
人の外見を見間違う事は多少あるだろう、だが性別はおろか体型まで見事に食い違っているのは流石におかしい。どういうことだ?見る人間によって外見が変わるとでも言うのだろうか?
「正解よ。中々勘が鋭いのね君」
「うぉう!?!?」
別の場所いたはずの女性がいつの間にかオレの後ろから耳元で囁いた。バトルマンガだったらいつの間に!?とかいうリアクション取るべきなのだろうが、生憎と銃と言えばエアガンで育ってきたオレにそんな気の利いた反応は出来ない。素っ頓狂な声と共に振り向くしかできなかった。
「フフッ。面白いわね」
現れた女性は悪戯が成功して楽しげに笑う。
そのいつもの生活で使われるような仕草にも妙な気品が漂っており、人を見る目が無いオレでも(大事な事なので2回言いました)ただ者ではないことが分かる。
「さて、それじゃ戸惑っている人もいるから軽く説明しておきましょうか。私は神。この世界の創始者であり絶対者よ」
多分普通の環境でこんなこと言えば痛い奴と思われるのがオチだろうが、こんな状況では信じれる気もする。そりゃあんなの見せられたら神だと認めざる負えないだろう。少なくとも、ウチのメンバーは。
「何かのトリックだ!こんな手の込んだことしやがって!さっさと俺を家に返せこのアマ!!」
何処かで怒気を孕んだ野太い男の声が響いた。どうやらその男は神とやらがオレと同じ女性に見えているようだ。
まぁそれはどうでもいいとして、これが起こることを予想するのは難しくない。いきなりこんな場所に放り込まれて苛立つなという方が無理な話というもの。加えて人種年齢問わずこれだけ人数が集まってるんだ。怒鳴る人間がいるのも無理はない。
それに対して、神とやらは嫌な顔一つせずにこやかな表情で対応した。
「それについては申し訳ないわ。私としては今すぐに帰しても良いけど……あなた向こうに行ったら大変なことになるわよ?」
おっと。言っていることは何もにこやかじゃなかったようだ。いきなりこの発言はとかとんでもねぇな。
見てみろさっきの奴だって面喰らってんぞ。ついでにウチの少尉と香散見とフランとアメは意味わからん顔してるし、ザンマラはまずまず聞いてねぇな。先生は…コイツなんだかんだ言って図太いからこれくらいじゃ動じねぇか。え?オレ?オレは頭ン中が宇宙旅行に行っててちょっと思考停止してる。
「な!…そんな脅し効かねぇぞ!!さっさと家に帰せ!」
男が変わらず彼女に対して怒鳴り散らしている。それに同調して周りの数人もそうだそうだとかコイツの言うとおりだと罵声という名の声援を送っている。集団意識の為か、それは徐々に大きくなっていき、最終的に半分以上の人間が叫びだしていた。
「…なぁミザンさん。これ俺たちも加勢した方がええんかな?」
少尉二等兵(略)が周りの変わりように少し困惑した様子で聞いてきた。
「集団意識に便乗して思考停止した奴らの仲間入りしたけりゃ勝手にやれ」
ここはオレたちが知っている世界じゃないんだ。そしてこの世界の全てを知る感じの人物が目の前にいる。それを遮って帰せだの犯罪だの騒ぎ立てたら話なんて一向に進むはずがない。だったら取り敢えず大人しく話を聞くことから始めた方が良いと思うのはオレだけだろうか?
「でもこのままじゃ何も変わらないよね」
「まぁ、アメの意見はもっともだが、ここで遮ったらこっちにヘイトが来る。悪いが今はあの神とやらに任せよう」
まぁこれは建前で、本音はあの神とやらがどのような人となりか少し観察したかった。
ここで誰かに危害を加えるのなら大人しく従っていた方が賢明だろうし、逆に押しに負けて言いなりになるのだったらこちらも何か要求する。
すると神はため息交じりの深呼吸をし、呆れたように口を開いた。
「じゃあもう話すけど、君たちはもう死んでるのよ」
全員の思考が止まった。さっきまでヤジを飛ばしていた有象無象は勿論、ウチのメンバーも、何を言われたか理解できないように放心している。それはオレも例外では無く、文字通り開いた口が塞がらなかった。
そんなことお構いなしに、というか今が絶好のチャンスと言わんばかりに、神とやらは間髪入れずに話を続ける。
「君たちの乗っていたバスは高速道路で激突事故を起こし橋から転落、その後運悪くガソリンに引火して生き残ってた人もみんな死んだ。だから今あっちの世界に帰っても、肉体が無いんだから天国直行になるけど、それを何とか私がここに呼んだの。分かった?」
分かるわけねぇだろ何言ってんだコイツ。
オレが死んだ?いや正確にはあのバスに乗っていた全員?てことはあの時の衝撃ってバスが事故ったときのものか?それでこの神とやらがここに全員分の魂を転生させたってことか?それで良いのか?
「そこの君。それで合ってるわよ」
神とやらがオレの方を一直線に指差す。どうやら思考が読み取れるのだろう。一言も口に出していないのにオレの考えていることを正確に読み取ったあたり、それは疑う事は出来ない。
そして立て続けに神は舌を回す。
「それで君たちには転生して、ある事をやってもらうわ。それが無事達成できれば元の世界に帰してあげる」
「ちょっと待って」
男の声が神とやらの話を遮った。この状況で彼女の話を中断させるというのは相当に度胸があるか、もしくはただのバカだが、多分今回はバカの方だ。待ったをかけたのはフラノだったのだから。
「ん?何?」
「さっき俺たちの肉体は無くなったって言ったけど、それじゃあ生き返らせるのと矛盾してない?それとも、あんたの頼み事か何かすれば出来るようになるの?」
今度はヤジを飛ばしてくる人間はいなかった。まぁ、元の世界に帰れると分かったなら話を聞くことに集中するだろう。むしろフラノの発言の方が邪魔だと感じる者だっているはずだ。その証拠に見てみろあの目。ありゃ完全に殺意の目だぜ。邪魔したから殺しますって言ってるようなもんだ。
だが彼女は、そんな横槍じみた質問に嫌な顔一つせず対応した。
「あ~…ちょうどいいからそっちを先に言っちゃいましょうか」
神とやらはコホンと咳払いをすると、何やら重要そうな話を切り出す雰囲気を作った。何か大事な話をするときは咳払いをするのが森羅万象の共通理念なのだろうか。いやたまたまだろ何言ってんだ。
と、そんな下らないことを考えていたら、神とやらが耳を疑うようなことを口にした。
「君たちにはこれから、〝才人〟を殺してもらうわ」