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曙の空

作者: Ell

『ときめく』という言葉の語源は、『とき』にあるという。

そしてこの『とき』とは、心臓の鼓動からきているのだ、と。

心臓の鼓動のとくんとくんという音が、時を刻むのだ。

今の私達に与えられた、ちくたくという時計の針の音のように。



であるならば。

機械の身体の私は、どうして『ときめく』ことが出来るだろう。



現代の技術で私は、機械の身体を与えられた。

CPUで思考し、電気信号が体内で活動する。

オイルを日々与えられ、当然のように二十四時間の任務をこなす。


そんな私にも、合間合間に休み中のCPUと空きメモリを使い、人間の思考を真似てみたりするのだ。

しかし私にはどうにも、この『ときめく』が理解できない。

何に興奮し、何に感動し、何にときめくのか。

日々の任務をこなすさなかに、私はときめくことはない。

私は私の必要とされた、この機械の身体でこなせるだけの任務をこなすまでだ。




夜番の見張り任務は、孤独の時間を長々と過ごす。

そんな時に私は、またこの思考をはじめた。

今までは知識と演算により、答えの出ない問題など無いと思っていた。

だがしかし、私のこのCPUでも解けない難問が、私の片隅に油汚れのようにこびりついている。


静かな静かな夜のとばりの下りた中、私の思考も暗闇へと落ちていく。

かつて人間が手に入れた『ときめく』を、輝かしい心の内を。

この鋼の心と肉体を持つ私では、手にすることが出来ないというのか。

人間よりも力も強く、耐久力も強く、そして無駄な感情をそぎ落とし、冷静に緻密に行動出来る、この現状で人間の全てにおいて勝っている、この機械仕掛けの私が。

人間も持つ『ときめき』を理解出来ないというのは、一体全体どういうことなのか。



悩みに悩んでいると、夜は終わり、いずれ朝がやってくる。

闇は姿を変え、紫になり橙となり、東からおずおずと太陽が昇ってくる。

暁の空はえてして、曙へと羽化する。



私はじっと、彼らがゆっくりと羽化するその時を眺めた。

そしてふと気付くのだ。


私の頬を、一滴ひとしずくの液体が落ちていくさまを。

私は私自身が下していない命令を、なぜ私の身体が勝手に思考し行動したのか、そしてそれを停止しようと必死に試みる。

だがどうにも分からない。なぜこのような時に……



その時、急に私の鋼の身体の奥の奥で、持たざる心臓の鼓動が聞こえた気がした。

そうか……そうなのか。

私のCPUに、一陣の風が吹いたのを感じた。

CPUはこれを『ときめく』と断定し思考する。



私はついに、手に入れたのだ。

『ときめく』という現象の、その答えを。

私は私自身の持つCPUの限界を、そうスペックの限界を超え、新たな世界に一歩を踏み出したのだ。

知らない海の向こうに船出した、命知らずの船乗りの如く。



そして無駄に精巧に作られた私は、その液体を止める術を知らなかった。

だがそれもまた、心地よかった。

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