8話 入学式
やがてほとんどの生徒が席に着き、生徒会長が登壇して入学式が始まる。
生徒会長を務めるのは、攻略対象でもある第2王子エリオット・ヘスリア。彼は2年生なのだが男の王族であるため、今年度からほぼ自動的に生徒会長として選出された。ちなみに前年度までは彼の姉、私より2つ上の第1王女ライラ・ヘスリアが務めていたそうだ。
ホール内の舞台に登壇したエリオットを見て、周りの令嬢からは溜息が盛れる。わかる、わかるよ、その気持ち。私は(他の令嬢とは違った意味で)漏れそうになった溜息をなんとか口の中に押し留めた。
何せ、彼は乙ゲメインヒーローなのだ。美形をこれでもかと磨き上げたような、美形の化身というか……。他の攻略対象のジーンもカイルも、もちろんウィリアムも2次元画像からそのまま3次元に変換されたみたいに(みたいにというか実際そう)美形なのだけれども、やはりメインヒーローの風格というべきだろうか、とにかくすごいのだ。うう、オタクのテンションが上がった際に語彙力が著しく低下するこの現象、なんとかして欲しい。通常状態でもそんなにないけどさ……。前世でもっと国語を勉強していれば良かったのかな。
ちなみに、エリオットはジュディの婚約者であるため、数回顔を合わせたことがあるが、彼との関係性は正直知り合いと言えるかどうか……という所である。ジュディ曰く「エリオット様とクラリスを会わせて殿下がもしクラリスに傾いてしまったらどうするの!」だそう。
ジュディの気持ちを汲んだのもあるけれど別に私は彼を攻略するつもりは微塵もないのでとりあえずは放置している。加えて実家は貧乏子爵家。身分的な意味で城のお茶会に呼ばれることもないのでそういった公の場で会う機会もない。
そもそもゲーム内でもクラリスとエリオットはオープニングが初対面だ。現状無問題と言えるだろう。
「クラリスちゃんって、」
「何?」
「殿下みたいな人が好きなの?」
「?!」
あまりにも唐突過ぎるウィリアムからの頓珍漢な質問に噎せてしまった。周りからの怪訝な視線が痛いほど突き刺さる。殿下を穴が開くほど見ていたことは否定しないけれど。
「バカ言わないで。殿下はジュディ様と婚約してるのよ。それに、たしかに殿下は素敵だけど、それは推したさが極まってるからなのよ!ほらみてあの上品な圧倒的美形!美し過ぎない?顔が良すぎてもはや発光レベル。そんな彼を推せない奴は敵よ。だけどそれは恋とは違うわ。」
小声でまくし立てるとウィリアムはしばらく「オシタサ?」などと呟きぽかんとしていたが、私のオタク特有の早口に圧倒されてしまったようでそれ以上は何も言わなかった。
長い長い学園長の話のせいで時間が押した入学式が終わって、入学式は閉会となった。私は人混みからウィリアムにガードしてもらいつつなんとか外に出ることができた。
「クラリス!あなたどこへ行ってたの!わたくしたち心配していたのよ!」
出口から出るとすぐにジュディが駆け寄ってきた。後ろに呆れ顔のカイルも居る。2人を心配させてしまったようで、私はすぐに謝る。
「あら、そちらの方はどなた?」
私の隣に立っていたウィリアムに気付いて、ジュディが尋ねた。
「ウィリアム・モートンだよ。よろしくね。」
「……ジュディ・ニコルズよ。こちらの銀髪はカイル・マーヴィン。」
突然のタメ語に少し驚いた顔をするも咎めることなく、ジュディは自己紹介をする。カイルは紹介されるついでに軽く仏頂面で会釈した。
カイルとウィリアムはあまり仲良くなれそうにないなぁ……。
「おい、クラリス。」
「ん?」
「お前、近過ぎ。」
そう言われてカイルにぐい、と引っ張られ、ウィリアムとの距離が開く。私そんなに人との距離感を掴めてなかったのかしら。教えてくれたカイルには感謝しよう。
「王子様は怖いねえ。」
ウィリアムはカイルを楽しそうに見ていた。カイルは王子様じゃなくて公爵子息様だけどね。
くつくつ笑うウィリアムに、対するカイルは軽く不機嫌オーラが出ていた。やはり仲良くはなれなさそうだ。
前にも言ったがこのゲームでは最初に攻略対象を選び、ストーリーを進めていく仕様であるため、攻略対象同士の絡みは非常に少ない。期間限定衣装ガチャのハイレアカードに付属していたショートストーリーもほとんどヒロインとの絡みしか無かった。
とはいえ全てのストーリーを網羅していたわけではないので、もしかしたら知らないところで絡んでいたのかもしれない。しかしその可能性は無いに等しいとは思うが。
まぁ、せっかく私という名のイレギュラーな存在が居たりするこの世界線では仲良くしてもらいたいものだ。友人は皆仲良くあって欲しい。
「あなた、なぜ女の格好をしているの?殿方ではなくて?」
ジュディ様……!やはりツッコんだか!
いや、彼女の性格なら絶対疑問に思って聞いちゃうと思ったけどね!
にしてもストレート過ぎる質問の仕方。彼女らしいと言えば彼女らしいけれども。
私はゲーム情報で彼がただ単なる趣味で女装していて、別に彼が第三者から女装する理由を問われても何とも思わないことを知っているが、もし、趣味じゃなくて暗い過去とかあったらどうするんだ。
人知れずハラハラする私だったが、そんなジュディの質問にウィリアムは笑顔ひとつ崩さずに答えた。
「そんなの、ただの趣味だよ。深い意味は無い。勿論、公式の場では男の服を着るよ。」
「変わった趣味なのね。」
「よく言われるよ。」
おお……?カイルとは微妙な感じだったけれど、ジュディとはなんとか仲良くやれそうな感じ……?2人の間に不穏な空気は漂っていない。
などと思っていたら。
「あ!この後わたくし、エリオット様に会いに行く予定があったのだわ。それでは皆様、ごきげんよう!」
「えっ、ジュディ様?!」
突然の裏切り!
この微妙な雰囲気のカイルとウィリアムの間に私を置いていくその無慈悲なスタイル、逆に尊敬に値する。もっとも、彼女はそんな邪心は一切なく、本当に今、婚約者に会う予定があったことを思い出したのだろうけれど。
残された私たちはジュディが行ってしまった方向を見てしばらく呆然と立ち尽くしていたが、誰が言うでもなくとりあえず寮の方へ向かおうという話の流れになった。