6話 婚約者
「そういうわけで、わたくし、エリオット様と婚約しましたの!」
あのお茶会の日からしばらく経った。ゲームシナリオ上には存在しなかった私たちの仲はまずまず良好で、今日もこうして彼女の部屋に呼び出しをくらった。初っ端から興奮気味に爆弾発言をする友人に私は目を数回瞬きさせた。
ジュディも私も11歳となった。そう、ジュディとエリオットはゲーム内で11歳で婚約したという設定だったのだ。
しかし押しが強すぎてストーリー開始時のジュディが15歳の時点ではエリオットにはすでに距離を取られてしまっている。よって、私の15歳までの主なミッションは、『学園に入学すること』と『ジュディのアプローチをなんとか抑えること』の2つだ。
「エリオット様はとても威厳があって、優しくて……。まさにわたくしの理想の殿方なのですわ!」
「そ、そうなんですね。」
お熱なのはいいけどまさかその勢いのままエリオット様に突撃してるのかな。毎回コレじゃあ、そりゃあいくら完璧王子様でも疲れちゃうよ。
「ところで、どのくらいの頻度でお会いしているのですか?」
まずは探りを入れてみる。
「そうね……3日に一度は会いに行っているかしら?」
「3日に?!」
「どうしたの、クラリス。」
急に大声を出した私にジュディは訝しげに首を傾げる。
おおう……。なんという頻度の高さ。これはエリオットに距離を取られてもおかしくない。3日毎にこの勢いの婚約者が訪ねてきたら普通に疲れる。
私は今世では一度もお目にかかったことのない12歳のエリオットに哀れみの思いを馳せた。
「あのですね……。ジュディ様、それはいくら婚約者だといってもさすがに頻度が多いのではないでしょうか。」
私が正直に言うと、ジュディは少しばかり困惑した表情になった。
私と彼女の身分差的には本来口出しすることはあまりよろしくないのだけれど、これも友人のためだと思って、する。ジュディも貴族としてのプライドは高い方であるけれど友人の私にはあまりこういったことに関しては言ってこない。
「でも……。」
誰かに取られてしまったら、と彼女は続ける。瞳は不安げに揺れている。
「安心してください。そんなに必死にアプローチしなくても、ジュディ様は十分お綺麗ですし!自分に自信を持ってください。」
「クラリス……。」
ジュディの両手を取り、私は真っ直ぐ見つめる。今のジュディ自身は自信なさげにしているが、彼女は高貴なる公爵家の令嬢であり身分は王族の婚約者として相応しい。キツイ印象を与えることもなくはないけれど、顔は美人だし、所作も令嬢として完璧である。それに、性格は少し扱いづらいが内面はこうも愛らしい。
ジュディは少し考えるように下を向いていたが、すぐに顔を上げた。
「そうね、あなたの言う通りだわ。わたくし、間違っていたみたい」
彼女の表情は、いつもの強気な笑顔に戻っていた。
「どうも殿下のこととなるとわたくしは弱気になってしまうようだわ。」
ジュディ、それが恋ってやつだよ!もー、かわいいな!悪役令嬢なのに可愛すぎるよー!ちょっと押しが強いけど、健気なだけなんだからー!
ゲームでは到底知ることもなかった悪役令嬢の心情に私は心を見事に撃ち抜かれる。
私は絶対にエリオットとジュディをくっつけてみせると心の中で誓った。
「それでは、さっそく相談したいのだけれど、会わずにエリオット様との距離を縮める方法なんてあるかしら?」
ジュディがあなた何か考えはなくて?と言いながら持っている扇をパタパタさせる。
「そうですねー……。」
とはいえ前世の経歴はオタク喪女。恋人はおろかアプローチだってしたことも、ましてやされたこともない。持っている恋愛的知識はこの乙ゲのストーリーだけ。少女漫画とかよりはソシャゲアプリに命をかけていたし、その中でも恋愛系要素があるのはこの乙ゲだけだ。
何かないかなー。会わなくてもアプローチできる方法……うーん……あ、そういえば!
「あ!文通とか!どうですか?」
エリオットルートで主人公とエリオットが手紙でやり取りしていたシーンがあったことを思い出した。直接会って話すとすぐにジュディに見つかって後で嫌がらせを受けるので、それを避けるためだ。まぁ、その後のストーリーで手紙のやり取りもバレて虐められるのだけど。
それは名案だという風にジュディは目を輝かせる。
「手紙……!いい考えね、褒めて遣わすわ。」
「でも手紙も高頻度で出しちゃダメですよ。相手のペースに合わせてくださいね。」
放っておけば毎日手紙を送り付けそうなので一応釘をさしておく。ジュディはわかってるわよ、と言いながら用意されていた紅茶を一口飲んだ。
はぁ、恋する乙女はかわいいなぁ。
ジュディの恋を応援し隊、ここに結成ね。決してあなたを間違った道に進ませるような事にはならないように、頑張るね。