5話 ジュディ・ニコルズ
驚きのあまりジュディを凝視していると、彼女がこちらに気づいたようでツカツカと歩いてきた。
「あなた、さっきから何なの?わたくしに何か用があって?」
背は私より少し高いくらい、長めの前髪を左に流してカールのかかった髪をサイドに束ねている。扇子を持って仁王立ちするその姿は10歳ながらも紛れもなく乙ゲ悪役ポジションである。
「す、すみません……あの、お綺麗だと思って……。」
しどろもどろに弁明すると、綺麗という言葉に気を良くしたのかつり上がった目がすこし優しくなる。
「あら、当然よ。……私はジュディ・ニコルズ。未来の王子妃になる女よ。」
なんつー自己紹介の仕方だよ。まぁゲーム内ではエリオットの婚約者として登場するので、あながち間違いではないけれど……。でも10歳の子どもの姿だからか、幾分か可愛らしく見えなくもない。私も慌てて挨拶を返す。
「クラリス・ウォルターです。よろしくお願い致します。」
「カイル・マーヴィンだ。」
続いてカイルも名乗る。よくよく考えたら公爵家に挟まれる平民同然の貧乏子爵の娘という構図でなかなか胃が痛くなりそうだ。
「『ウォルター』?聞かない名ね。」
「はぁ。まぁ、ド田舎の末端貴族なので……。」
自分で言っておいてなんだか悲しくなる。ヒロインに生まれ変わっている辺りは私は恵まれてるんだけどね。ウチが貧乏なのはそれもこれもいつかのやらかし当主のせいだ。子孫のことちょっとは考えて欲しかったな。
ジュディは「あら……。」となんだか少し申し訳なさそうにする。あれ?思っていたよりも良い奴なのかもしれない。
ジュディ・ニコルズはこのゲームではメインヒーローの第2王子エリオットルートにおいて彼の婚約者として立ちはだかる主人公の最大のライバルとなる。
彼女は小さな頃から1つ上のエリオットに一目惚れし、且つ公爵家という高貴な身分の出でもあったために半ば彼女のゴリ押しワガママで11歳で婚約する。
最初は順風満帆のように思われたが、あまりにも押しが強いジュディにエリオットは疲れてしまい、次第に距離を置くようになる。
そのような中でエリオットは学園で主人公クラリスに出会う。クラリスは一目惚れをして王子を慕うが、それはジュディのようではなく、控えめであったために彼も時を経るにつれて美しく優しいクラリスに惹かれていく。
2人が惹かれ合うことを知ったジュディは嫉妬に狂い、クラリスを取り巻きとともに虐め始める。無視をしたり、悪口を言ったり、時には制服を傷付けたり。
ジュディがクラリスを虐めていることを知った王子はジュディを断罪し、婚約破棄する。そして彼女は身分剥奪の後、王都から遠く離れた国境沿いの教会に幽閉され、一生を悔いて生きていく。
しかし、現在の私はエリオットを攻略どころか遠くからこっそり眺めるだけで良いと思っているくらいなので、もし、ゲームの強制力とかがあったとして、今この目の前に居る少女と仲が悪くなった挙句断罪からの幽閉されてしまうのはなんだか申し訳ない。
エリオットがただ好きなだけだったのにエリオットを攻略した人の数だけゲームで散々な目にあってきた彼女には同情してしまう。
『せめて、今回だけは幸せになって欲しい。』そんな気持ちになる。彼女の結末を知っている私は彼女を救うことができるのではないのか。
「あの!」
突然声を上げた私に彼女は訝しげな表情をする。
「私と、お友達になってください!」
「えっ」
カイルは驚きの声を上げる。まさか私がクセのある自己紹介をした高飛車な令嬢に友達申請するとは思わなかったのだろう。当のジュディも目をぱちくりとさせている。しかし、次の瞬間にはぱぁっという効果音が出るような表情になる。
「いいわ。わたくし、あなたのこと気に入ったもの。」
ふわりと笑う彼女は悪役令嬢の顔ではなく、純粋な10歳の少女の笑顔だった。
こんな顔も出来るのね、なんてぼんやり思っていると、彼女はついでに、と付け足す。
「特別にあなたは私の部下にしてあげるわ!」
「は?!なんで俺が!」
ビシィと指をさされたカイルは呆然とする。ジュディ、せめてそこは友達にしてあげようよ。ジュディは本気なのか冗談なのか分からないけれど見事なドヤ顔を披露していた。そんな2人をみて私は思わず笑ってしまう。
ゲームとは違う展開になってしまったものの、丸く収まりそう(?)で何より。
かくして私は初めてのお茶会で初めての友人(悪役令嬢)を手に入れた!