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恩返しを止めたい鶴 VS 正直すぎた男

思いつきの一発ネタです。暇つぶしにどうぞ

 むかしむかしあるところに、五平という若い男がおりました。

 ある日いつものように、五平が薪を集めに山へ登ると、そこで罠に挟まり足を怪我した一羽の鶴を見つけました。


「こりゃあ大変じゃあ」


 心優しい五平は、すぐさま罠を外してやり、丁寧に怪我の治療をしてやりました。

 鶴は大層嬉しそうに一声鳴くと、山の奥へと飛び去りました。五平はそれを見て「良いことをしたなぁ」と、満足気に頷くのでした。



 それから数日後の夜。

 山で足を挫いてしまい、仕事が出来なくなった五平の下へ、とても美しい女子が訪ねて参りました。


「どどど、どなたじゃな?」

「お通と申します。何か五平さんのお役に立てればと参りました」


 雪のように白い肌で、艶やかな黒髪を結ったお通に、五平は目を奪われます。しかし見ず知らずの女子に、自分の仕事を任せるわけにはいきません。


「ありがたい申し出じゃが、そんなことをしてもらう義理はねぇだで。今日はもう遅いから泊まっていき、明日には帰るんじゃぞ」


 お通は悲しげに目を伏せましたが、やがて思いついたように頷きました。


 そうして翌日。


「ななな、なんじゃあこりゃあ」


 五平の前に、それはそれは見事な反物が一反あったのです。


「これは昨晩わたしがこさえた物でございます。どうぞこれを町で売って来て下さい。きっと高く売れるでしょう」


 五平は感謝を述べ、言われた通りに町へ売り捌きに出かけました。

 するとどうでしょう。

 目の飛び出るような値がついたのです。


「お前さんの言ったとおりじゃったぁ。見事な腕前じゃなあ!」


 こうして怪我が治るまでの間、お通は反物をこさえ、五平の生活を助けることとなったのです。



 ――ですが。



「五平さん。今日もわたしは反物をこさえます。ですが良いですか? 決して襖を開けて、中を覗いてはいけませんよ?」

「あぁ! わかっとる!」


 五平は元気に返事をしますが、お通はげっそり顔でした。

 なぜならば、この台詞を言い続けて半年。

 五平は一向に襖を開けて中を覗いてはくれないのです。


「わたしは今夜も、この身一つで、それはそれは見事な反物を、どんな不思議な力を使ってか、作り上げるのです。気になりますよね? そりゃあ気になるのが人間ってものですよね? ですが良いですか? 決して、決して、中を覗いては――」

「わかっとる! お通を裏切るような真似。このわしは絶対にせん!」


 鶴の世界では、恩を返しに行ったなら、勝手に帰ってくるなど許されません。

 そんな恥知らずで恩知らずなことは、他の鶴達が許してくれないのです。

 ですがもし、恩人が約束を破ってしまうような不義理を働いたなら。

 その時は、帰ってしまうのも仕方のないこと。

 それが鶴界の常識でした。


「今から反物を作りますね」

「いやぁ、無理はせんでもええんじゃぞ? お通がたくさん作ってくれたおかげで、もう一生暮らせるだけの金が出来てしもうた」

「そういう訳にはいかないのです!」


 ヤケでした。

 帰るには、なんとか機を織っているところを目撃されなければならないのです。

 ならば作り続ける。

 この手朽ち果てても、この翼が折れたとしても。

 作り続けるしかないのならばっ!!

 お通はそう思っておりました。


 しかし、やはり五平は覗きません。

 どうやって機を織っているのか。そこに興味がないわけではありませんでした。

 ですが、五平は良い人間だったのです。あまりにも良い人間過ぎたのです。

 わざわざ助けたいと言って来てくれた美しい女子。その彼女が覗くなと言うならば、例えこの目を潰してでも覗きはしない。

 それが男五平の覚悟でした。



 かくして今宵も。

 絶対に覗かせたい鶴と、絶対に覗かないと決めた男。

 二人の熱いバトルが始まったのです。



 先攻はお通。

 きっちり閉め忘れたとドジっ子を演出しつつ、わざと襖を少し開けるという荒業には、そろそろ本気で帰りたいという想いが滲み出ております。

 しかしそこは五平。

 優しさ全開で襖を閉めてあげます。まさに鉄壁。開かれざる大城門。その門番たる堂々とした振る舞いであります。


「五平さん。喉が渇いてしまいました。何か頂けないでしょうか?」


 と、ここでお通。

 自らこじ開けるのを断念し、対戦相手に襖を開けさせる作戦に切り替えた。

 この切り替えの早さが彼女の持ち味。まさに思考回路の反復横飛びだ。


「お茶を持ってきたぞ」


 さぁここで。

 言われた通りにお茶を持ってきた五平。

 優しすぎる彼には、もちろん頼みを拒否する術などこれっぽっちもありません。

 罠にかかるのか? 襖を開けてしまうのかぁ!?


「ここに置いておくぞ」


 そうはいきません。

 襖の前にお茶を置き、あっさりとトラップを回避。

 もちろん襖が開けられるまでは後ろを向いての仁王立ち。

 一片の隙も見せないその姿は、精巧に組み上げられた組み木細工のようであります。


「……ありがとうございます」


 受け取るお通は渋々といった表情。


「あ、熱っ!」


 しかし一転。

 お茶を零したと思わせる二重トラップだ!


「お通!」


 たまらず五平が声をかける。

 安心させてからの急転直下。さながらホラー映画のような技の応酬に、さしもの五平もここまでか!?


「使え!」


 と、しかし!

 これすらも予期していたと言わんばかりに、水を溜めた桶と手ぬぐい。すかさず出て参りました。

 もちろん置くは襖の前。決して自ら襖は開かぬと、頑なに閉ざされた心は天岩戸でありましょうか。


「……ありがとうございます。着物にかかってしまったので、脱ぎますね。申し訳ありませんが、乾かしておいて貰えますでしょうか」

「あ、あぁ。もちろんじゃあ」


 出ました! 伝家の宝刀色仕掛け!

 受け取った着物を干す五平ですが、その態度がソワソワと忙しなく震えております。

 これはやはり、襖の向こうの裸体を想像してしまっているからでありましょう。


 もはや何でもあり!

 場外戦の様相を呈して参りました!


「か、替わりに何か着ておるんじゃろうな?」

「いえ、一糸纏っておりませぬ」

「ささ、寒いじゃろ?」

「大丈夫でございますよ」


 効いております。

 確実に五平の精神が、ピンク色の羽で削られていっております。

 一辺が千里の岩を鶴の羽で削りきる時間を永劫などとは申しますが、とてもそんな長い時間は持ちそうにありません。

 襖一枚隔てたその先に、一糸纏わぬ絶世の美女。若い男がこの状況で、動かぬ道理があるでしょうか?


 ……動きません!


 五平ピクリとも動きません!

 不動の巌。動かざること山のごとしは連戦連勝、威風堂々たる佇まいであります!


 ……。


 時間はそろそろ丑三つ時。

 アディショナルタイムに突入といったところでありましょう。

 襖一枚。開くや開かざるや。

 この不毛な戦いは、果たして今宵決着するのでありましょうか。


「あっ!!」


 っとここでぇ!

 なんと五平! 火鉢に足を取られて転倒!

 足の怪我は治っていたものの、これは再発必至! カムバック松葉杖!


 しかし焦っているのはお通も同じだぁ!

 元々は恩を返し五平を助けるために来た彼女。ここにきて再び五平が動けぬとならば、もはや帰る帰らぬの話ではなくなってしまう。


「五平さん!」


 青ざめたその顔は顔面白鷺城! 思わず助けに飛び出してしまいました!

 だが今度は五平。赤鬼もかくやと言わんばかりに、顔を赤く染め上げる。

 そうです。お通。なんと全裸!

 ほっそりした腰つきも、柔らかく形を変える乳房も! 若い五平には直球ど真ん中。振らざるを得ない絶好球!


 さぁ見つめ合いました。

 救助の為とはいえ、自分の姿に気付いて固まるお通。五平が固まっているのは動きだけではないでしょう。

 彼の下半身は完全なる戦闘態勢。そびえ立つ五重の塔。発進寸前、シグナルオールグリーンであります。


「お通……」

「五平さん……」


 ……。


 こうして。

 恩を返しに来た鶴は、助けた男と結ばれて。

 末永く、幸せに暮らしましたとさ。


 おしまい。


雪女編も書いてみました!

よろしければ、そちらも是非!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 なるほど、今回の『鶴の恩返し』での「見てはいけない」など。 色々な昔話で「何々を行なってはいけない」と、あえて禁忌を言い渡す事で、禁忌を破りたくなる人の心理につけ込み、恩人…
[良い点] 鶴はちょっと不幸かもしれませんが、ハッピーエンドでよかったです。 他の昔話でも言われた事をすぐ破る主人公に子供ながら「馬鹿だなぁ~!」と思っていました。 [気になる点] ………雪女編はどう…
[良い点] しっとりと初めてグッと早くなる描写が素敵。 [一言] もう少しだけながくよみたいきがしますね。カタルシス的に。
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