7.Premise (前提)
この話の前に「初日」を投稿しています。
読んでいない方は、そちらから読むことを推奨します。
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これからもどうぞ、よろしくお願いします!
アルテナが就寝し、現在の時刻はとうに零時を過ぎている。
この国の人間なら、既に全員が就寝しているだろうこの時間に、葵は椅子に座り、瞑想しながら就寝前にアルテナに教わった体内を巡る“魔力”に意識を向けていた。
徹夜で読むと言っていた本は、葵が想定していたよりも早く読み終えてしまったので、今は興味本位の魔力という異世界要素に触れている。
昼間アルテナが見せたカードの淡い光が魔力だということは就寝前に教えて貰っていたので、それを頼りに暗中模索しているところだ。
正直なところ、体内に生まれた時からある血の流れすら、鼓動と皮膚の薄い所から触覚で感じるしかことしかできないのに、今日初めて知った魔力とやらをそう簡単に感じることは出来なかった。
瞑想を始めてから最初の一時間程は、何の成果も得られなかった。
一度見ただけで、今まで空想上でしか知らなかった魔力と言う感覚はそう簡単には得られないのは、当然のことだった。
だが、色々と試行錯誤をして数時間が経った頃。ふと、道場で師範に“気”というものを感じる鍛錬をしたことを思い出した。
葵は終ぞ、その“気”とやらを感じることは出来なかったが、鍛錬していた時の感覚を掘り起こし、再び体内に意識を向ける。
一時間か、二時間か。かなりの時間を掛けてようやく、アルテナの言っていた魔力を僅かにだが、感じることが出来るようになっていた。
静謐な空間で、目を閉じ周囲に意識を向けてみれば、どこか地球とは違う雰囲気を感じがあったのだ。
今感じている感覚が魔力なのか定かではないし、そもそも地球とは違うと感じている雰囲気自体が葵の勘違いかも知れないが、情報の少ない魔力を感じるにはまず信じることから始めなければならないと思い直し、この感覚を魔力だと仮定して、葵は更に意識を研ぎ澄ませる。
葵が最初に魔力を感じてから、数十分後に鳴った夜中の三時に鳴る二の刻は寝ている人にも配慮されているのか、とても静かな音だった。
昔の中国や日本では、“一日は百刻”という考えがあったらしいが、この世界では適応されないのだな、と少し休憩していた葵は今更ながらに考えた。
殺伐としたイメージを抱いていた異世界の持つ優しさに、ほんの僅かだが感心の念を覚える。
同時に結愛もそんな優しさに助けられていると良いな、と思いつつ、空が白み始めるまで続けてみたが、結局進展がなく、他にやりたいこともあったので断念する。
やりたいこととは、今後どうするか? それを考えることである。と言うのも、ルディアンの『敵を多く作りそう』の一言が、葵の胸に小さく刺さっていたのだ。
それに、葵にも多少なりの自覚がある。昨日の隼人などが、分かり易い例だろう。
結愛を探す上で、行動を起こすたびに敵を作っていれば面倒事が増え、至る所でそれが襲ってくるだろう。少なくからず、その可能性は増えるだけだ。それは誰がどう見ても愚策だ。
それに、葵は道場で訓練の一環として対人戦や“戦闘”の経験はあっても、“殺し合い”の経験はない。
今後、結愛を探す上で必要になるであろう“力”は、地道な鍛錬よりも、レベルアップと言うゲームのような要素の方が、比較的楽に得られるとアルテナは言っていた。
レベルアップは、鍛錬でも微量だが手に入る。だが魔物を倒すことで鍛錬よりも多くの経験値が得られると聞いていた。
それはつまり、魔物とは言え命を奪うことが必須となる。経験が無いから出来ません、なんて言い訳は通じない。それは葵がやらなければならないことなのだが、葵にはそんな度胸も胆力もない。
少なくとも、今現状の葵では、それは出来ないと分かっている。
右手首に巻いてあるリストバンドを外し、その裏面へと視線を向ける。そこには葵が結愛へと渡したペンダントと同じ形の刺繍が施されている。
当時小学生であった葵には、もう一つペンダントを作る財産的余裕が無かったので、仕方なく行った処置の結果だ。
葵と結愛にとって、形以上に大切な意味のあるそれに手を添えて、瞼を閉じて過去を振り返る。
結愛のように、勉強が得意だった訳でもなければ、大樹のように運動が得意だった訳でもなく、愛佳のように周囲の人間を引き付ける魅力もなければ、夏妃のような優しい包容力もなく、大地のような行動力もない。
周囲の人間と比較すれば圧倒的に平凡だった葵に、唯一あった才能。それを活かすために身に着けた、観察力と思考力、そして記憶力。
それらを駆使して、敵を作らない――延いてはある程度の友好関係を築いていけて、且つ、レベル上げの為の“殺し”に対する躊躇いを無くすとまでは行かなくとも減らす。
そんな性格を創る。
閉じていた目を開き、刺繍に添えていた手を離し、再び腕へと付け直す。そして、結愛を救うための行動を始める。
結愛が家と学校で感情をコントロールし、振る舞いを変えていたことを参考にする。
趣味として、漫画やアニメなどをよく見ていたこともあり、人の性格と言うものは、記憶としてだがそれなりに知っている。
それらの性格を思い出し、抽出し、統合し、葵の理想に一番近いアヤノ・アオイを、一人静かに、淡々と創造していく――
空が白み始めてから、体感で大体一時間が経過した頃、時計塔の鐘が鳴った。六時を知らせる三の刻だ。
それは召喚が夢ではなく、且つ、結愛が行方不明になってから一夜が明けたことを意味している。
鐘が鳴った直後、後ろでゴソゴソと物音がした。ちょうど軽い筋トレを終え、背を伸ばしていたので、体を反る要領で音源の方を振り向くと、ベッドから起き上がるアルテナの姿があった。
質素な見た目の寝間着は、通気性や耐久力などが優れており、昨今の日本製の服と引けを取らない程の出来だ。アオイが現在来ている動きやすさ重視の服でさえ、かなり質の高いものになっている。
「おはよう。アルテナ」
「綾乃様、おはようございます」
アオイの挨拶にベッドからスッと立ち上がり、丁寧に腰を曲げて挨拶を返した。どこまでも侍女と言う仕事を全うしている。アオイは今しがた終わった思考を切り上げ、数時間ぶりに椅子から立ち上がり、鈍った体を少しでも解すため、大きく伸びをする。
「今日は騎士団長が色々と説明してくれる……って言ってたよね?」
「はい。朝食を取ってからとのことです」
「朝食はもう出来てたりするの?」
「いえ、この国の者は基本的に三の鐘で起床します。それはどの身分の者でも変わりませんので」
この国では、朝の四の刻から七の刻の間で働くことが推奨されている。働き過ぎるのは体に良くないと言われているそうだ。昼の休憩時間も込みでこの時間のようなので、昼休みが一時間もあれば、日本の労働基準法も守っている。
朝食の準備が今から始まるとして、遅くとも一時間あれば出来るだろうと予測して、昨日は一日何もしなかったことを鑑みて、軽く運動をすることにした。用意されていた動きやすい服装に着替え、アルテナに訓練場まで案内してもらう。
訓練場は閑散としており、朝特有の静かさがあった。空いているスペース――どこでも良いのだが――で足を止めると、数分呼吸を繰り返し、その後おもむろにストレッチを始めた。
ストレッチの種類は、動的ストレッチ。所謂ウォーミングアップのことだ。体育の前にやる体操のようなものだ。それが終わると脱力した状態で中央で起立し、呼吸を整える。
思考がスッとクリアになり、地球のものとは違う空気を、今度は肌で感じ取る。
そこから結愛を守る為に鍛え、培った武術の動きを、丁寧に、流れるように取っていく。二人しかいない訓練場はとても静かで、アルテナの視線は自然とそれに魅入ってしまっていた。
昨日一日中本を読んでいて鈍っていた運動不足の体を、軽く動かすことで解消した。これでルディアンの言っていた訓練に置いて行かれることはないだろう。運動を終えたアオイは、汗を流すために軽くシャワーを浴びて食堂に来ていた。
クラスメイトの姿は見ていない。まだ寝ているとすれば、クラスメイトの肝の座り方に関心を覚えるところだ。昨日と同様給仕の人に朝食を頼み椅子に座ってアルテナから話を聞いていると、クラスメイトが数人単位の集団で続々と現れた。
向こうはアオイの姿が見えているはずだが、誰も寄ってはこない。寄ってこられても面倒なことに関わりはないので、寧ろありがたい。クラスメイトの到着で、静かだった食堂が騒がしくなったのも気にせず、話を続けていると朝食が運ばれてきた。
朝食はミートソースのスパゲッティだった。昨日も思ったが、この世界の食事は葵の知っている異世界モノと比べ進み過ぎているんじゃないか? と、呆れたような驚きのような表情を表に出してしまう。
アルテナにどうしたのか問われたが、何でもないと答え朝食を頂いた。
食事中は食べることに集中し、あまり喋らないことにしている。同時に物事を行うのは、葵の性に合わない。それは効率的だとしても、葵からすれば非効率的なのだ。
クラスメイトが会話を楽しみながら食事をする中、無言でスパゲッティを口に運んでいく二人。そこだけ別空間のような雰囲気があったた。そんな空間に僅かな躊躇いを持ちながら、入ってきたグループがあった。
「えっと、ここ座ってもいいかな?」
口いっぱいにスパゲッティを含み、リスのように頬を膨らませているアオイに、少し躊躇いのある様子でそう話しかけてきたのは、学校一のイケメンと名高い学級委員長、二宮翔だった。
後ろには翔の恋人と噂される生徒会書記、小野日菜子。そして日菜子と仲の良い佐伯雪菜と木村舞が追従していた。
これが本物のハーレムか、と内心初めて見る光景に少し感動し、目を奪われた。直ぐに気を取り直し、口に含んでいるスパゲッティを呑み込むと、翔の質問に頷くことで応える。
そして何事もなかったかのように、先程と変わらずスパゲッティを口に運ぶ。
しばらくして翔達にもスパゲッティが運ばれてきたが、彼らは手を付けること無くアオイを気にした様子でチラッと視線を向けていた。最初は特に気にするでもなくいつも通りにしていたが、ずっとやられていると流石に意識してしまう。
「――何か用があるのか?」
昨日決めた“敵を作らない対話”を思い出し、なるべく丁寧に尋ねる。すると翔は驚いた表情で固まった。マジか! とでも言いたげな視線に、少しムッとする。
「なんだよ……? 固まってたら分からないぞ」
「ああ、いやごめん。まさか綾乃の方から話しかけてくれるとは思わなくて……」
そう言えば学校で、アオイが自主的に話した回数は片手で足りたことを思い出し、先程の視線の意味を理解する。軽く誤魔化しを入れて、食事も摂らずにアオイを眺めていた理由を問うた。
「ばれてたか…」と照れ隠しの笑いを作りながら頬を掻く翔は、そのまま続けた。
「クラスメイトの中で、魔人族との戦争に参加するって決めたのは男子十人で、女子は三人――まぁ日菜たち三人なんだけど」
翔は視線を日菜子たちに向ける。向けられた3人は、恥ずかしそうに笑っている。それを尻目に翔へ視線を向け言葉の続きを待った。翔はそれを見ると、真剣な表情で続きを言った。
「俺達と協力してくれないか?」
座ったまま頭を下げる。視界の端で捉えていた三人も、先程の笑みは演技だったかのように消え、真剣な表情でアオイを見ている。
いきなりの出来事に思わず固まってしまう。それを拒否と判断したのか、必死になって葵を説得しにかかる。
「綾乃が人と関わるのが嫌なのも、一人で居るのが好きなのも、何となくだけど分かっている。それでも俺達が協力しなければ、犠牲無しに戦争には勝てないんだ! だから、この通りだ! 頼む!」
犠牲無しに……か、と葵は小さく呟く。フィクションでは味方に損害なく敵を倒すなんてシーン、数多とあるだろうが、これは現実で、ましてや種族の存亡をかけた戦争である。
それを犠牲無しに勝とうなんて、とても戦争を舐めているとしか思えない。自分達が力を得て、勢いに任せて言っているとなれば、放置したら目の前の奴らは死ぬだろう。
それを訂正しようとして、開こうとした口を閉じた。ここでそれを言ってしまえば、険悪な雰囲気になってしまう可能性がある。
ましてや葵はクラスメイトとの距離感を掴めていないのだ。そんな中これを言ってしまうのは愚策だと思った。
友達を作らず、殆どの人間を拒絶して家族とだけ綿密に接してきたツケが、ここにきて回ってきた。
「顔上げて。俺は別に、協力が嫌だなんて一つも言っていないよ」
「! それじゃあ……!」
「俺にできる範囲で協力はさせてもらうよ。流石に出来ないことは無理だけど」
「ああ! それで構わないよ! ありがとう」
過剰ともいえる感謝に少し戸惑い困りながら、一向に食事を始めない翔達を見兼ねてアオイは席を立つ。翔の手を止めているのは、自分が原因だと推測したからだ。
「じゃあまた、訓練場で」
「ああ、またな」
既に友達感が出ているのは、流石リア充の順応性と言うべきだろうか。ドアに向けて歩くアオイには、昨日と違い驚きを孕んだ視線を向けるクラスメイトを無視して食堂をでた。
扉が完全に閉まり、食堂から少し離れたところでアルテナが口を開いた。
「綾乃様。先程何か言いかけたかと思いますが、大丈夫なのですか?」
その大丈夫は、言わなくてもいいのか? と言う意味なら、断然言った方が良いだろう。だが葵は空気を読んで険悪な雰囲気にしない為にそれを選んだ。“敵を作らない”を目標としているので、それが正しいと思っている。だから回答は――
「大丈夫だ。問題ない」
アルテナに向き直り、どこぞの主人公のように答える。アルテナは、アオイの背をジッと見つめるだけで、それ以上の追求はしなかった。
朝食から約二時間後。お腹が落ち着いた頃、動きやすい服装に着替えたクラスメイト三十一人は訓練場にいた。侍女は、訓練場の隅で整然と立っている。
召喚者の前には、ルディアンともう二人、男性が立っている。騎士団長のルディアンだけじゃないのか、と少し疑問に思うが、一人で三十一人を教えることは難しいので、驚くほどでもないかと思考を切り替える。
「召喚の時ぶりだね。改めまして、ミキト・パトリアだ。地球の知識をある程度持っているから、こちらの世界との齟齬や質問には基本的に答えるよ。大戦には皆の武器の作成修理を担う、生産職として参加するつもりだ。よろしく」
最初に挨拶をしたのは、アオイに死ぬと断言した男だった。自身も戦争に参加すると言ったのは、少しでもこちらを安心させる為だろうか?
だが思い出してほしい。ミキトの発言が無ければ、アオイ達は今この場に居ない可能性があったのだ。つまり、ミキトこそがアオイ達をこの場へと誘った人物と言っても過言ではない。
だからと言ってどうにもできないので、大人しく男性の紹介を待つ。
次に前に出てきたのは、どこか見覚えのある、だが何処で会ったかははっきりと思い出せない男性だった。
「謁見の間で君達とは一度会っているが、印象も薄いだろうし改めて挨拶をさせてもらう。初めまして。私は魔道師団団長、アンク・スクエアだ。君達の訓練をルディと並行して担うことになっている。よろしく」
ルディアンと同じで若い男性だった。一度謁見の間で合っているらしいので、アオイの見間違いではなかったようだ。
騎士団団長のルディアンが渋い系のイケメンならば、魔法師団団長のアンクは爽やか系のイケメンだ。異世界はやはり、美男美女が多いらしい。そして同時に仕事もこなせるらしい。羨ましい限りである。
「改めて。名はルディアン。姓はない、ただのルディアンだ。この国の騎士団長をやっている。堅苦しいのは嫌いだから、気楽にルディと呼んでくれ」
二人の自己紹介が終わると、今度は召喚者側の自己紹介が始まった。学校でクラス替えや、入学後に行われるそれとは違い、聞かれたのは名前と運動系の経験の有無だけだった。
クラスメイトの大半は大戦に参加しないと知っているはずだが、団長達は構わず全員に聞いて行った。
特徴を知っていれば心変わりがあった時や、有事の際に動きやすいと言う判断だろうか。詳しいことは分からないが、自己紹介の番まで静かに待っている。ようやくアオイの番になり立ち上がる。視線が集まるが気にせず考えていた紹介文を述べる。
「綾乃葵です。色々あって武術を嗜んでました。よろしくお願いします」
必要事項を最低限だけ答え座る。周りがザワッと僅かに騒がしくなったが無視して、次の言葉を待つ。アンクが紙に聞いて行った情報を書き終えると顔を上げた。
そしておもむろに、懐から光を反射し鈍色に輝くカードを取り出した。
「これはアイデンティティーカードと言う。分かり易く言うと自身のことを記した代物――身分証明証の役割を持つから失くさないように」
傍に控えていた侍女の一人が、そのカードが沢山入った箱を持ってきて、召喚者一人一人に針と一緒に配り始めた。
全員に渡ったのを確認すると、使い方の説明を始めた。昨日アルテナに使い方を教えて貰っていたので、説明を聞くまでもないと、オープンと小声で呟くが、昨日のアルテナのカードように淡く光らないことに疑問を抱き、頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、大人しく説明を聞くことにした。
「まず、この針で血を出してカードに付けてくれ。そうすれば僅かに光を放つはずだ」
アンクの言葉で自分のミスを悟った。アオイは異世界モノでもよくある“血を付けて起動する”と言う過程をすっ飛ばしていたのだ。
例えるなら、コンセントを電源に繋がずに電子機器を使おうとしていたわけだ。素で忘れていたことに少し気恥ずかしさを覚え、僅かに赤くなる。
言われた通り指先にプスッと針を刺し、血を滲ませる。痛みを僅かに感じたが、早くステータスが見たかったので血をカードに付けた。血を滲ませた部分をペロッと舐め、カードが微かに光ったことを確認すると、早速「オープン」と呟いた。
だが、アルテナが見せたような現象は起こらなかった。
「……あれ?」
音声が拾えなかったのかと、もう一度「オープン」と呟く。
だがやはり何も起こらず、アオイの頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。
「どうした? 葵」
不思議そうな顔をしているアオイに、ルディアンが何かあったのかと尋ねる。
「いや血を垂らしたはずなのに、カードが起動しないなぁ~と思って……」
「そりゃあお前、“魔力操作”っていうスキルが無けりゃ起動は出来ないぞ」
「マジですか」
「ああ、マジだ」
自分のステータスを見るのを楽しみにしていただけに、落胆の色が隠せない。今から、カードを見るための“魔力感知”と“魔力操作”のスキルを覚えることを始めるらしい。
訓練場はこの後、騎士団が使うらしいので、一旦訓練場の隣にある部屋に移動する。移動した部屋は、訓練用の武器やその他様々な用具が置いてある倉庫のような部屋だった。
倉庫と言ってもそれなりの広さがあり、クラスメイトとその侍女が全員入ってもまだ余裕があった。
アンクが、座った召喚者にこれからの鍛錬の内容を語る。
「ではこれより、“魔力感知”と“魔力操作”を覚えるための鍛錬を始める。まずは侍女と手を合わせてくれ。侍女は、魔力を掌に放出してくれ」
その言葉で、部屋の隅にいた侍女達はそれぞれの主の所へ歩み寄る。アルテナもアオイの傍に寄り、膝をついてアオイに手を差しだす。
出された手にアオイは手を合わせる。アルテナはそれを確認すると、目を閉じ集中する。アオイもアルテナに倣って目を閉じ、これから掌に感じるであろう魔力に意識を傾ける。
十秒と経たずに、アルテナの手から魔力が放たれる。それをアオイは掌で感じ取っていた。冷めているようで、優しく包み込むようなイメージが、アオイの頭の中で湧いた。
そしてその感覚は、今日の夜中に感じた不思議な感覚と、とても似ていた。
夜中の鍛錬が無駄ではなかったと分かり、少し頬が綻ぶ。だが今はこれを操作する感覚を身に付けなければならない。感じるだけでは意味が無いのだ。
取り敢えず、アルテナが放出した魔力は感じられたので、今度は体内にあるであろう魔力を探す。手にある魔力と似た反応を持つ感覚が無いかと、全神経をかき集める。
夜中の鍛錬の甲斐あってか、数十秒で体内を絶え間なく動く魔力を発見することが出来た。喜ぶのも束の間、アオイはそれの操作に入る。
まずは、魔力の流れを感じ取る。ずっと魔力の感覚を追い続け、それがどういった段取りで体内を動き回っているかを確認する。
その流れは、血液と似たようなもので、全身を一方方向に循環する形で動いていた。流れが把握できたので、早速操作の練習に入る。
自分が一番融通が利くのは利き手である右手なので、右手に流れてきた魔力に意識を集中させる。要らない情報は遮断し、魔力の流れを掴むこととその制御にのみ意識を集中させる。
額に汗を滲ませながら、過去最高に集中力を高める。今日の夜中に得た感覚と、アルテナから現在進行形で受けている魔力、そしてアオイの体内を巡る魔力の感覚全てを、今この瞬間に集約する。
一度目――失敗。
二度目は呼吸に合わせる――少し魔力の流れを掴みかけるが失敗。
三度目、心臓の鼓動に合わせる――やはり失敗。
四度目、五度目、六度目と、失敗すれば別の方法を試し挑戦するを繰り返す。
――十五回目
「――え?」
「なッ……!!」
目の前のアルテナと、遠目で自分の声が届いてなさそうなアオイを見ていたミキトが驚きの声を上げる。
だが、音を遮断していたアオイにそれは届かず、変わりにアオイの右掌に不思議な感触を得たのを感じた。
アルテナの魔力とは違う感覚。もしやこれが魔力か! と瞼を開けてみる。そこには予想通り、アルテナの蒼色の魔力とは違い、紅色の魔力がアオイとアルテナの掌で混じり合っていた。
一拍。
紅の魔力は霧散していき、それに少し遅れ蒼の魔力を消え去った。
まさか一発で成功するとは思わず、成功した喜びよりも驚きの方が勝り、反応が出来ない。これだけ早くできるようになったのは、昨日の鍛錬の成果なのか、それとも召喚された人間特有の能力なのかは分からない。
だが早く成功したのは事実で、頭の処理がその事実に追いつくと、ようやくアオイの中に、成功した喜びが舞い降り始める。
手を離し目の前に持ってきて、自身の魔力が出ていたであろう右手を震わせ、それを見つめながら少しずつ湧いてくる実感に、頬を少し紅潮させて喜びを露わにする。
「ア、アルテナ。これ、俺の魔力だよね?」
結愛を探すという絶対条件がある中で、やはり何処かに、異世界を楽しみたいと言う欲があったのだろう。ラノベや漫画、アニメ好きの葵が表面に現れる。
興奮気味に、アルテナに詰め寄りながらそう勢いよく訊ねるアオイに、若干驚き引き気味ながらも、自身の役目を全うする。
「は、はい。恐らく綾乃様の魔力で間違いないかと。ですが……」
歯切れ悪くそう答えたアルテナの返答に、アオイは気にすることなく右手を天に掲げ、面白そうな表情でそれを眺める。
そして、もう一度魔力を操作してみた。
再び紅の魔力はアオイの掌に現れ、掲げていた手を目の前まで持ってくると、魔力で淡く光っている手をクルクルと回し、観察を始めた。
挑戦の成功に夢中になりそれに没頭するアオイは、教師三人が何やら小さな会議を開いていることも、クラスメイト達が向ける様々な色の視線にも気がつかない。
今アオイにあるのは、魔力に対する好奇心だけである。掌に魔力を出している間、体内を巡る魔力はどうなっているのか? とか、魔力が枯渇したらどうなるのか? とか、今できそうなことを実践しようとしていた。
調子に乗った葵は、大抵の場合が集中した状態に入っている。その時の葵は、要らないものを削ぎ落とし、必要な物だけを最大限取り入れるための葵なりの本能なのだろう。
故に、その状態に入りかかっている今の葵は、ちょうどその瀬戸際にいる。そして集中状態に入る刹那、ストップがかかる。
「おい、葵。お前今何をした?」
アオイの肩を叩いてそう問いただしたのは、アンクだった。実験を邪魔され少しムッとなるが、いつでもできるので後回しにし、その疑問に答える。
「何って、これが“魔力操作”じゃないんですか?」
「“魔力操作”? 葵の侍女さん。貴女の眼から見て、葵が行ったのは“魔力操作”でしたか?」
「……いえ。“魔力操作”ではなく、“魔力放射”に見えました」
大真面目で応えたアオイの返答は、どうやら望んだものではなかったらしく、アルテナに今度は問うた。少し考え答えたアルテナの口から飛び出したのは、アオイが聞いたことの無い単語だった。
何となく予想は出来るが、いまいち判別がつかない。
「はぁ……まぁいい。お前は後で説教するとして、次に移ろうか」
「え、説教!? 何でですか!」
アオイの反論虚しく、訓練は次に進む。侍女が出した魔力を感じられた人とそうでない人で分かれ、それぞれの進行度に合わせて訓練を進めていくようだ。
アンクが魔力を感じられなかった十八人を、ミキトがそれ以外の十三人を教えることになった。
感じられなかった人達は引き続き魔力を感じる訓練を、感じた人は体内を流れる魔力を感じることを次の目標に設定された。
ルディアンは、魔力関係ではなく肉体関係の方で活躍するらしいので、騎士団の訓練に向かった。隣の部屋なので、有事の際はすぐに呼ぶことが出来る。
そしてもう一つ、重要なことがある。
「葵、ちょっと来い」
「……ハイ」
なぜ説教されねばならんのか、理由が分からないが、あの雰囲気のアンクに逆らえる気がしなかった。
アンクの所見の印象は、爽やかで柔らかな雰囲気を持った真面目そうなイケメンだ。ファンクラブが四桁居てもおかしくないレベルでイケメンだ。
それが今はどうだろう。
爽やかさはどこかへ消え去り、醸し出す雰囲気は恐さを感じさせる。実際鳥肌が立っているので、その雰囲気がガチなのは文字通り肌で感じ取っていた。
「葵はさっき、何をした」
「えっと、アルテナの魔力を基に、体内でもそれと似たような感覚を探して、それを操作してみようと四苦八苦してみました」
「――――」
うん、怖い。
冷や汗を垂らしながら、あの時のことを思い出しそれをありのまま伝えたが、アンクの醸し出す雰囲気は依然、変わらない。
指示を待たなかったのが悪いのか。話を聞いてなかったのが悪いのか。
色々な可能性を検討し、なぜ自分がこんな状況に陥っているのかを考える。そんなアオイの耳に届いたのは、一つの大きな溜息だった。
「いいか? 葵がやったのは“魔力操作”のさらに先、“魔力放射”だ。そして、“魔力放射”はその制御を間違えれば、体に影響を及ぼし、最悪死に至る。まぁ死ぬなんてことは限りなくないが、少なくとも、危険だったんだ。俺が怒っている理由は分かったな?」
「……はい。すみませんでした」
アンクが怒っている理由は分かった。ここまで真剣に怒ってくれているのは、アンクの優しさもあるのだろうが、それ以上に怪我を追わせたくないと言う意思を感じられた。
「俺達はお前達を巻き込んだ。だから最低限、生きて送り帰すということは使命だと思っている。その為に、最低限の備えはしてほしかった。戦争に参加してくれる者も、しない者も例外なくこの場に集めたのはそれが理由だ」
アンクは声を大にして、部屋全体に響き渡るようにそう告げる。その言葉は、全員に届いた。そして、アンクはそれを踏まえてアオイに注意する。
「葵が、俺達の至らなさの所為で、大切な人と離れ離れになったということはソフィア様から聞いた。だから、最大限力を貸すし、葵自身が捜索を望んでいるのだから、その手助けもする。だから、無茶をして体を傷つけような真似はしないでくれ」
アンクやソフィア、それ以外にも、この国の人達は、真剣にアオイ達クラスメイトのことを考えてくれている。
それは今までの態度で十分に分かったし、アンクの発言からも窺えた。精一杯尽くしてくれていることも、理解できた。
だが葵を気遣った「無茶をするな」に、アオイは素直に素直に頷くことが出来なかった。