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「やっぱりそっちに姉さんいねぇだろ」
コクも壁近くに来たのか、先ほどよりも声が少し大きく聞こえた。
「はい、お誘いしてもいらっしゃらず……」
「姉さんこう言うとこ苦手だからな」
「それは悪いことをしてしまいました……」
壁越しに雑談を始める。
声は周囲に良く響き、湯が跳ねる音に混じって互いの声が良く聞こえた。
「大丈夫だろ、姉さんそう言うの気にしねぇし」
「後で枕投げでもしたらいいんだぜ!」
壁越しにレイルの楽しそうな声が聞こえた。それにあわせて笑い声が響く。
「それやったら旅行だな」
「ですね、楽しそうです」
会話に花を咲かせていたが、一つの事に考えが至ってしまい、ノアは暗い影を落とす事となった。
「皆さんとの楽しい日が、ずっと続けば良いのに……」
「あ?何か言ったか?」
ぽつりと呟いた言葉はコクの耳には届くことなく、湯の音と共に消える。
「何でもありません、先に部屋に戻りますね」
ノアは立ち上がり、ばしゃ、と身体から湯が落ちる音が響く。
コクが何か言っていたが、聞こえないふりをして脱衣場へと戻った。
用意していたタオルで身体をふき、髪の水気を切る。
下着を身につけると、糸が切れた人形のように音をたてて壁に背を預けた。
「物語に終わりは必ずくる。たとえそれが喜劇でも、悲劇であっても……」
ノアは壁に背を預けたままぽつりぽつりと呟く。
「もしこの旅が終わったとして、その時私は、私には……」
髪に水滴がつうっと伝う。ノアはそれを拭うことは無かった。
「何が残る……?」
ぽたりと水滴が床に落ちる。
それはまるで誰かの涙のようにも思えた。
第十章「物語の行く末」終了




