痴漢
「んっ……いや……」
今日も通勤するために満員電車に乗っていたら、目の前にいる女子高生が痴漢されていることに気づいた。
新聞を読んでいる数人の男が壁の役割を果たし、後ろにいるオッサンがスケベな顔で彼女の尻をまさぐっている。
きっとグルで痴漢している輩だろう。
「助けて……誰か……」
この三十年数えきれないほど電車に乗ってきたが、AV以外で痴漢を目撃したのは生まれて初めてである。
最初は見て見ぬフリをしようとした。
基本的に俺はトラブルには極力かかわらない主義だ。
下手に首を突っ込んで状況をより悪化させるのが嫌だから。
「はぁッ……ああぁッ……! んん!」
だが俺と同じくらいの年のくせして、いたいけな女子高生をてめぇの欲望のために傷つけていることが心底許せなかった。
俺は意識して、痴漢現場へと足を勇ませる。
「おい、あんた。痴漢してるだろ」
オッサンの名誉も考えて小声で注意してやると、呆れたことに舌打ちを返してきた。
さらに周りの新聞読者たちも、おしくらまんじゅうでもするようにそれとなく俺をどかそうとする。
俺はひるまない。
手を伸ばして、オッサンの手首をがっしり掴んだ。
「はぁ……はぁ……」
やっと尻が自由になった女子高生は、荒くなっていた息を徐々に落ち着かせていく。
オッサンの顔を見ると、まだ不機嫌そうな顔をしていた。
罪悪感ないのかコイツ。
するとオッサンは左手で後頭部をかき、低い声で俺に言った。
「先にヤらせてやるよ」
は?
一瞬何を言われたか理解できなかった。
どうやらオッサンは、女子高生を痴漢していることを羨ましがられたと思っているらしい。
だからお先にどうぞってか。
プルルルルルルルル――
電車が止まった。
「ぐぎゃあぁ!?」
扉が開いた瞬間を見計らい、オッサンの顔面を正面からぶん殴った。
勢いよくホームまで吹っ飛び、黄色い線に並んでいた人たちが驚いて後ずさる。
オッサンは鼻を抑えて、信じられないといった顔で目を見開いていた。
わからないようだから言ってやる。
「男が全員ケダモノのわけじゃねえんだぞ」
まったく、いい年して性欲もコントロールできないとはな。
同じ男として恥ずかしい。
――その後、俺とオッサンと女子高生はホームに降りて、騒ぎを聞きつけきた係員に事情説明した。
女子高生の証言もあり、オッサンはあっさり犯行を認めて補導されていった。
残された俺と女子高生は、次の電車が来るまでのあいだ人がいないホームでふたりきりになる。
「あの、ありがとうございました」
「大丈夫だった?」
「はい。ホント助かりました。……カッコよかったです」
ぺこりと一礼し、安心した表情で上目遣いしてくる女子高生。
気のせいか、頬が赤く染まっているように見える。
どうしたもんかな。
次の電車が来るまで、もうすこし時間かかるし。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
「え?」
「……ダメですか?」
「いや、いいけど」
「えへへ。あ、なんか、LINEとかやってるなら、その……」
おやおや。
なんだか嬉しいじゃないの。
この年で女子高生と友達になれるなんて、人生何があるかわからんな。