鈍感って罪デスカ?
「カンパーイ!!」
威勢のいい声を種火に焼酎、麦酒等のカラフルなお酒が各自のカップから喉へと通る。
“一、人、酒を飲む。”
メランコリー、孤独感を感じるようになったのは三回目の乾杯から。
「はあ、帰ろうかな。」
顔を赤らめている奴らの中にいるんだから。まともな会話が成立するはず無いし、この時間…(楽しくねーよ)。
「もっと飲めよぉー。そーいやお前、名前何て言うんだーぁー?」
酒臭い。目の前の先輩らしき人が呂律の回らぬ口で喋る。
「はい、私は心理学科一回生の米越光輝です。宜しくお願いします。」
「そうかー。んじゃそれ取って?」
笑う彼の手にはいい香りのする洋酒が三分目程まで注がれたグラス。その中を二、三個の氷が泳いでいる。私の取ったフランボワーズリキュールがグラスの壁面を甘く滴る。
「ぎゃはははッ!!これをいれるとなー。っじゃジャーン!。パーフェクトくらいむー!」
只、呆然と見ているしかないテンション。よっぱ状態の先輩方。帰りたい。帰りたい。
“二、酒、酒を飲む。”
「んだば!二次会いくんべー!」
どこの方言ですか?。これは酩酊期ですね。もう知りません。
「各自食べ物をあされぇー。」
先ほどとは別の男が叫ぶ。ここには何人酔っぱらいが居るの?一、二、三―。数えても無駄なのはわかっているが。私ははっきり言って「酒豪」だ。麦酒一升瓶五本はイケる。呑み足りない。だが周りの空気に流されつつ、店を出る。
何人目かが出てきたその時、その一人がバランスを崩す。
「ちょっと、先輩?大丈夫ですか?」
「あはっはー。らいじょば、にゃひ、かも…。」
「グランッ。」で表すならこうか?
「ビターンッ!!」
あ、転けた。
「先輩ぃ!?大丈夫ですか?」
返事がない。が、かすかな寝息が聞こえる。
「皆さん、私の家近いんでコレ置いてきますね。」
二次会行かないためのいい口実になった。
暫くぶりのホテル街を行く。ネオンランプとLEDが輝くそこに女が酔った男を背負うという逆転し切った光景。気のせいだろうか、避けられてるような…。私の半径2メートル以内に誰も入ってきません。
「はぁー、先輩ぃ?私の家、着きましたよ。」
「ぅーん。」
寝息があくびに変わる。
「ぉはよ。ここどこ、だ?女の香りが、する。」
「はぁ?聞いてなかったんですか。ここは私の家です。酔っぱ状態のあなたを運んで来たんですよ。」
「あ、ありがとう。いたた、頭痛ぇ。」
本当に顔面蒼白。でもこの顔立ち、どこかで見たことあるような…、まぁ、いいか。
「終電もタクシーもなくなったし、私に何もしないって誓ってくれるのなら別に泊まってってもいいですよ。」
(後で二、三倍にでもして返して貰おう。ぷぷぷ。)心の声はたいていゲスい。
「ああ、頼む。もぉ動けねぇ。」
そのままマンションの寝室へ運び込む。今気づいたけれど、彼の長身と私のが釣り合っていな。足の爪と床が擦れる音。この感じだと靴も削れているだろうな・・・。どうしようか。
「はい、ここですよー。ご自由に使ってくれて構わないですが吐かないで下さいねー。」
肩から70㎏程の重りが落ち、体に血の気が戻る。それと共に強力な睡魔が脳を支配した。
「あ、ベッドに行・・・かな・・・きゃ。ここ、ろう…か…」
西日が眩しい。カラスの鳴き声が鼓膜に刺さり。
ここは?それに何か魚の匂い?
「あぁ?って何やっているんですか?」
「いやぁ、昨日は世話になったからな、何かしてやろうと思って取り敢えず料理してみた。」
机の上には味噌汁、炊き上がったご飯に青背の魚の焼き物。完璧な日本朝食。でも、夕方。というか私何時間寝てたの?
「これ、全部先輩が?」
「ああ、食べてくれ。」
「それよりいいんですか?家に戻らなくったって。彼女さんに怒こられますよ?」
少しからかってみる。
「あー。俺そんなんいない。高校の時に好きな人がいたけどそれ以来いないんだよね。」
奇妙なような普通の共通点。
「私も高校時代に好きな人がいたんです。たしかサッカー部の先輩でした。」
「君まさか…M高生?」
突然の彼の発言。真剣な表情をしたその顔には確かに見覚えがあった。
「ぇ?…、じゃあ…は、ははは、そうなんですか。」
想起されたのは。
「同じ学校、だったんですね。」
彼は頷くだけ。そして口を開く。
「お前、俺のこと好きだったんだよね。」
全身に鳥肌が立つ。なんだろう、心を読み透かされていたからか。
「今なら言える。俺を好きになって。俺のものになっ―」
「ごめんなさい。」(あれ?)
「私の中で、もう終わってしまった片思いなんですよ。」(何で?そんなこと思って無いのに)
「もう5年も前の話じゃ無いですか、それに私、あのときあなたに何も言えなかった。」(そうだ、言えなかったんだ。)
「逃げていたんです。あなたに嫌われるかもしれないって、ずっと思っていて。」(一緒にいたかったって。)
「もう、あんな不安な思いなんてしたくないんです。」(一度だけ、でいいから。)
「だからこんなこと、止めませんか?」(違う、違う。違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、ちが―)
「大ッ嫌い。ですからッッ」(もう嫌、大ッ嫌い。)
私の心が落ちる。目眩とも言えぬ感覚。そして重力が彼の持っているフォークにも作用する。その金属音が鳴りやむ前に私は自室に戻った。
大粒の涙がベッドシーツに染み込む。最早声を殺すことさえも叶わない。虚無の世界に一人の私。ディラックの海を宛もなく途方っているような偽り。手元のテディベアも今は滅茶苦茶にでもしたい気分だ。
「俺、もう帰るね。ご飯、食べてくれると嬉しい。」
過ぎ去る彼の声、足音に何も言えなかった私。
厚さ3㎝のドアを背に、花瓶に生けられたハナミズキを見つめていた。
玄関から彼の気配が消えたを確認して、ダイニングルームの机に置かれた手紙に目を通す。
そこには、今後語られることの無いであろう言葉が綴られている。美辞麗句等ひとつもない、真っ向な、純真そのものの彼の気持ち。
最後に目に入った文はミミズの這うが如く乱れた字の、
〈ごめんね、さよなら。〉
考えるが先か動くが先か、気づくと家を飛び出していた、靴も履かずに。
(これから先一生走れなくたっていい。今だけ、今だけは―)
私の眼は、彼の丸まった背中を捉えた。
「待って!」
彼が振り向く。涙が彼の綺麗な顔立ちに二本。
「 」
彼が口にした言葉、それは私の胸を刺す。
「 」
「 」
「 」
「 」
「うるさいッ!!」
私の叫びにより彼の口が閉じる。
「こちらこそ本当にごめんなさい。私は何度も貴方のことを忘れようとした。“報われない恋はするな”って何度も言い聞かせた。」
心に空いた穴が大きく周りを侵食する。悲壮にも変え難い痛み、苦しみ。
「でも、あなたが今までずっと私を思ってくれていたことを知ったら、もう我慢出来ない!」
「さっきは私のつまらないプライドであなたを傷つけてしまって、ごめんなさい。だから、だから―」
今更こんなこと無駄だってわかってる。ただのエゴでしかないこともわかってる。でも、それでも伝えたい。
「―さっきはごめんなさい。」
彼の顔から冷笑が零れる。
「―――。」
「なんでだろう。心底、変な気分だよ。」
彼の瞳孔は開ききっていて一筋の光もない。その目は空気しか捉えていない。
「さっき盛大に振った時の威勢はどこへいった?」
彼の言葉に返答の余地はない。本当にその通りだ。でも。
「待て!おとや!」
再び振り向いた彼の瞳に私は戦慄を覚える。これまで以上の深い、深い闇。
「私は、あなたが今でも好きです。どうしようもないくらいに、おかしくなるほど。この先、私はもっといい人に出遭ううかもしれない。でも今までずっと好きだったあなたのことを忘れるのだけは絶対に嫌。私の宝物だから。こんなこと単なる私のエゴでしかなく、許されることではない。あなたの気持ちを深く、傷つけた。ごめんなさい。でも、やっぱり、伝えたい。――乙哉が、好きです。」
すべてを語った私は覚悟を決め、八重歯で舌を強く噛んだ。その刹那、
「K市立M高校サッカー部主将、桜井乙哉 !米越光輝が好きだー!」
彼はそれを大声で叫ぶと手を伸ばした。
「名前、知ってたの?何で?私はなんかの…。」
「当然だろ。」
照れ臭そうに格好つける彼。
「好きなった人のコトは何でも知りたいから、な。もっともお前だけだけど。」
夕日のせいか。私の頬は染まっていた。まったく、肌が触れてもいないのに熱まで伝わるなんて。
「手、繋いで。俺、いいレストラン知ってるし行こう。」
ズボンのポケットには円形の輪郭が見える。それが何なのか理解したとき、私の耳が深紅に。見え見えのサプライズ。抜けているところは変わっていないのね。
「ああー、ゼク○ィ買ってこなきゃ。」
「何か言った?」
「ううん。何でもない。」