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エリザ・ティムバ・ウォーレン

クシャリ、と苦悩に顔を歪めてもなお、麗しい面差しのエイドリアン。

自分の腹を痛めて生んだ子なれば、その愛おしさは限りない。己が命を引き換えにしても構わないほどに。


だが、それは母としての思い。

王妃として、その甘えは許されない。


項垂れたままのエイドリアンを見据え、次いで、傍らの青褪めた男爵令嬢に視線を移す。

この2名以外は既に拘束され、隔離棟へ閉じ込められている。


「王の指揮の元、衛兵の大半を捜索に宛がっています。ですが、手掛かりさえ見つかっていません。」


カツン、と一歩近づき、エイドリアンの前に立つ。


「貴方の愚行により、王家の威信は失墜するでしょう。それは貴方の命で贖っても到底足りるものではないのですよ。」


「―――そんな!」


弾かれたように顔を上げ、悲壮な叫びを漏らしたマリア・ルーテン男爵令嬢。

蜜色の髪が肩先で跳ね、大きく見開かれた碧色の双眸には溢れんばかりの涙が浮かんでいる。

確かに愛らしい令嬢だと言えよう。砂糖菓子のような、ふわふわした娘だ。


だが。


「処罰としては厳しかったかもしれませんが、でもエミリア様は王家との誓約を破られたのでしょう? エイドリアン様はそれを罰しただけ———過ちを犯したのはエミリア様ではないですか!」必死に言い募る男爵令嬢に、私の眉宇が潜む。そして、それはエイドリアンも同様だった。


「マリア、控え———」制止させようとしたエイドリアンの言葉尻を浚う。

「貴方の発言をいつ許しました?」


「え?」


「貴方に口を開く許可を与えていません。不敬ですよ。」


「も、申し訳…ございません。」

慌てて膝を折り、深く頭を垂れる。淑女として一応の礼儀作法は身についているらしい。

しかし、これでは駄目だ。話にならない。初対面だが、手に取るように分かる。彼女の底の浅さが。


これでエミリアと肩を並べるつもりでいたなど———笑い種にしかならない。

よくも軽んじてくれたものだ。王妃としての重責を理解しておらず、その覚悟さえ欠片ほども抱いていない。


閉じた瞼の裏に、あの凛とした背中を映し出す。


———エイドリアンは将来の夫であり、国の頂点に立つお方です。だからこそ、この手が血に塗れようと、力のある限り護ります。


迷いのない双眸。そして、溢れる自信。

我が子を案じる母として、どれだけ彼女の存在が有難く、大切だったか計り知れない。

王妃教育では殊更厳しく当たったが、弱音ひとつ吐くことなく、それどころか、期待以上の成果を示してきた。

夢見ていたのだ、二人が黄金の冠姿で、国民に祝福される日を。



現ティムバ王には3名の愛妾がいる。

すべては政治的な繋がりを持つために行われ、うち1人は近年親交を深めている隣国のシャレブ王国第一王女。残り2人は国内の貴族だが、どちらともに男子が生まれている。


エイドリアンの背後には、第二、第三王子が控えているのだ。

周囲の思惑は様々に入り組んでおり、だからこそ、エイドリアンは絶えず危険に晒されていた。

それを護るために幾重もの策を講じた。だが、穴は出来る。それを埋めてくれていたのがエミリアなのだ。


「———エイドリアン、面を上げなさい。」


命じるまま顔を上げた彼の額にサラリ、と零れ落ちる黄金の髪。

背後の三つ編みは多少、解れているものの、艶やかは損なわれておらず、まだ柔和さを残した頬が少しこけたことにより精悍さが増したように映った。


ああ、エイドリアン。

母は今から貴方の心を叩き折らねばなりません。


「エミリア・ストーン公爵令嬢の罪状は、貴族令嬢として品格を損ねた振る舞いを繰り返したこと、更に、魔法誓約違反を犯したこと———で、相違ないですか。」


「はい。」


「その誓約違反の詳細を説明してみなさい。」


「今からひと月ほど前、学園の敷地内で魔法反応が察知されました。授業で使用する魔法量の約20倍です。人を殺傷するに十分な魔力です。学園の魔法士の検分から、間違いなくエミリアの魔力である、と。エミリアは入学した際、誓約を交わしております。誓約書には、彼女の血と、王の署名、王家の紋章———つまり王家と交わした誓約を侵したと言えます。」


「確かに、貴方の言っていることは正しい。」肯定すれば、マリアの青褪めた顔色がパッと薄紅色に染まってゆく。「では、何故、彼女は魔法を行使したのでしょう。茶会に集った貴族の面々で公爵令嬢を断罪したくらいですから、きちんと調べ上げている筈です。」


「……どのような理由があろうと、学園内での規定値を超えた魔法行使は誓約違反です。」


都合が悪い時に拳を握る癖は、幼い頃から変わらない。

王から叱咤され、涙を堪えている時、貴方はいつも唇を噛みしめて、ギュッと拳を握っていた。

でも、今までなら、その固く閉ざした手をそっと包み込み、優しく撫でてくれた温もりが傍らにあった。


「———暗部のシャドをここへ。」


全てを話そう。

さすれば、ようやく気付くだろう。


貴方がエミリアを切り捨てたのではない。

エミリアが貴方を———いえ、貴方達を切り捨てたのだと。

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