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アレクシス・ティムバ

念願の王子が誕生した日、ティムバ王国は湧き立ち、近隣諸国から祝いの品が途切れることなく贈られた。


「よくやった、エリザ。」

疲労の色が濃く表れているものの、その横顔はどこか誇らしげに映った。

王妃としての務めを果たした達成感からかもしれない。


すぐに乳母へと預けられる我が子を、そっと撫でる。

ぷるん、とした乳色の肌は驚くほど柔らかで、陽射しを浴びた黄金の髪が汗で額に張り付く様を見ながら、目尻が脂下がるのを止められない。


「アレクシス王、隣国のシャレブ王国より接見の申し出がございました。」


堅物の宰相め———そう内心吐き捨てながら、頭を切り替えて足早に廊下を進む。


私はアレクシス・ティムバ。ティムバ王国 十二代の王だ。宰相の娘、エリザ・ウォーレンを王妃に迎えて5年。ようやく授かった赤子。念願の跡取りである。


「名は———」ふと廊下に掲げられている絵画に目を止め、「エイドリアン———エイドリアン・ティムバだ。」閃きのまま口を突いて出た名。


見つめる先にある絵画、それは初代王のアドリアン・ティムバ。

ティムバ王国の礎を気づいた初代王であり、蜜色の髪と蒼の双眸を持つ、女性かと見間違えるほどに麗しい面差しの男性である。

アドリアン王の傍らには、艶やかな毛並みの白虎が優雅に横たわっている。

魔力に秀でたアドリアンが召喚により契約を交わした高位魔族———白虎。

人型が取れると云われているが、実際に目にした者はおらず、真偽のほどは不明だ。


代々の王のうち、高位魔族と契約を交わしたのは5名。しかしながら、主の命が尽きるまで従事した高位魔族は、初代王と8代王の二人だけだと伝えられている。

8代目王———カラム・ティムバ。未だ幼さを残した王姿の背後には、大きな翼を広げ、大空を旋回する黒竜が描かれていた。


先祖返りだろうか。生まれたばかりの息子の面差しが、初代王と似ている気がした。

ならば、偉大なる初代王の名にあやかろう。これから未来、守護と加護を授かるように。

胸元で揺れているふたつの紅玉飾りを握り締めて祈る。

キラキラと輝く血珠石と呼ばれるそれは、代々、王にのみ継承される証。

これを我が息子 エイドリアンに譲り渡すまで、王座を守り抜かねばならない。


その決意は固く、そして揺るがないはずだった。

11年後、王の証が砕け散ってしまうまで。


窓辺から射し込む陽射しを浴びて、キラキラと光を放ちながら飛び散る深紅の破片を、私はただ茫然としたまま眺めることしか出来なかった。


「ストーン公爵家のエミリア嬢が召喚魔法で白虎と黒竜の2体と契約を交わしたそうです。」


ああ、そうか———その報告を聞きながら悟った。

偉大なる二人の王が逝去してもなお、最期の命令を遵守していたであろう高位魔族が完全に解き放たれてしまったのだと。

高貴で気紛れで―――残酷な高位魔族。契約者が逝去すれば、契約は放たれるのが定石。だからこそ、今まで与えられた恩恵こそが奇跡だったのだ。


死の袂、二人の王が下した最期の命令———『我、死してもなお、この地を護れ』

その言霊の憑代として、王の血を封印した紅玉はただの証に過ぎないが、それでも確かに契約は生きていた。つい先ほどまで。


「ストーン公爵を呼べ。すぐに!」


エミリア・ストーンと正式な婚約を交わさなければならない。

どんな手を使ってもこの地に留めなくてはならない。

彼女を失う訳にはいかないのだ———この国を護るために。



幸いにもエイドリアンとエミリアの仲は好調だ。

一途にエミリアを慕うエイドリアンを見ていると、心の奥底から安堵が込み上げてくる。

そしてなによりエミリアがエイドリアンを護っている。


だから大丈夫だ。案ずるな。



それは、少しの油断と綻びから始まった。

その日、名高い貴族の大半は、森に向かって馬と馬車を走らせていた。

腕利きを選りすぐった親衛隊で、警護という名の監視をさせながらの鷹狩りは、互いの腹を探りながら密談を交わす場でもある。

圧倒的な力を誇示するストーン公爵家へ擦り寄る連中は後を絶たず、大きく傾いている天秤に、そろそろ修正が必要かと思考を巡らせた。


その頃、愚かな断罪劇が封切られているとも知らずに。


城から半日かかる森へ報せが届いたのは、陽が傾き始めた頃だった。


「エイドリアン王子が、エミリア様を———」


グラリ、と視界が揺れた。


エイドリアンが入れ込んでいる娘がいることは報告を受けていた。

しかしそれは熱病のようなもの。

気に入ったのならば、愛妾にすればよい。

幼き頃から王妃教育を受けているエミリアならば、愛妾や寵妃の存在を認め、見事に統率するだろう。


なのに、何故。


「すぐに城へ戻る!馬を持て!」


手綱を握り締めながら、何故か、生まれたばかりのエイドリアンを思い出した。


それを己が手で切り捨てなければならないのか。

失った紅玉のような、大地を照らす夕陽を横顔に受けながら、ただひたすらに馬を走らせた。

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