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マリア・ルーテン

―――恋をした。


初めてそのお方を目にしたのは、召喚魔法の儀だった。

凛とした涼やかな眼差しは空の蒼。キラキラと輝く金色の髪を背後にゆるく三つ編みに垂らし、真剣な面持ちで術を紡ぐ様を魅入るように見つめていた。

王族とはいえ、学園内では他の貴族と大差ない恰好をしている。なのに、やはり彼の纏う空気は違う。


「素敵ねぇ…エイドリアン様…」


周囲で甘い吐息が幾つも漏れた。

そして、誘われた水魔。ユラユラと揺れる澄んだ体は、エイドリアン様の双眸と同じ蒼。


「綺麗…」


頬が火照る。その幻想のように美しい光景に教師達も感嘆の吐息を漏らしていた。


「あ、見て―――エミリア様がいらっしゃったわ。」


凛とした佇まい。顎を少し逸らせた、見事な銀髪の少女。エイドリアン様の婚約者だ。

エミリア様を初めて見た時の衝撃を覚えている。まるで高価なドールだと思ったものだ。声を発し、動くことが不思議に感じるほど、彼女の美は完璧だった。

背丈はほぼ私と変わらない。なのに、何倍も大きく感じる。空気に呑まれる。無意識に委縮してしまう。


「エイドリアン様、エミリア様の前だと可愛らしくなるのよね。」


今まさに、エミリアの姿を見つけたエイドリアン様が駆け寄っているところだった。

目を緩ませて、嬉しそうに。


二人が寄り添うと、声を挟む隙間も与えないほど親密さが濃くなる。

互いに共有する空気が、他を拒絶していると言っても過言ではない。


「お似合いよね、あのお二人。」


そう思っていた、私も。エイドリアン様と知り合う前までは。

第一王子という気高いお立場にも拘らず、男爵という低い爵位の私にも分け隔てなく声を掛けてくださる。それどころか、手ずから魔法を教えてくれ、苦手な学問をも指導してくれた。


だが、それはあくまで学園という壁の中だけのお伽噺。

壁の外は重い現実が待っている。


舞踏会ではエイドリアン様の傍にはエミリア様が寄り添う。

まるで一枚の絵画。生まれた頃から決められていただろう美しい恋人同士の姿に、ジリジリと胸が焦げた。


―――私の方がエイドリアン様を愛しているのに!


この熱い思いは誰にも負けない。それだけは自信があった。

少しずつ始まった嫌がらせにも負けなかった。エイドリアン様と過ごす時間に比べれば、些事だと思えたから。

伯爵令嬢や子爵令嬢、自分より爵位の高い令嬢達が繰り返す嫌がらせは、下卑たものだった。

クローゼットのドレスを切り刻んだり、教材を燃やされたり、水をかけられたり。


中庭で涙がこぼれたのは、刺繍仕掛けのハンカチが台無しにされたからだ。

せめてものお礼にとエイドリアン様のイニシャルを刺繍したハンカチ。

それにインクが掛けられ、とてもじゃないが使い物にならない。


嗚呼―――でも、なんという幸運だろう。


偶然通りかかったエイドリアン様が、強く抱き締めてくれて、そればかりか口づけを落としてくれた。

胸が高鳴り、心臓が破れるかと思ったくらいの至福。


「…エイドリアン様にはエミリア様が―――」


いけないと、最後の理性で胸を押し返した私は、エイドリアン様の腕に絡めとられてしまう。


「その名は聞きたくない。私が愛しているのは、マリア…君だけだ…」


権力に固執している父は野望を持っていた。

魔力に乏しい私が何とか学園に入れたのは、陰で父親が金を積んだからだと薄々感づいていた。

その目的は、学園内で爵位の高い男性を射止めること。


心が沿わなくても仕方ないのだと、それが貴族の宿命なのだと諦めていたけれど。


「…私もです…愛しています、エイドリアン様…」


本気で愛した人が、偶々、王子だっただけ。

エミリア様のことを思えば心が痛むけれど、エイドリアン様の御心ばかりは奇跡の存在だと崇められている彼女でさえ、どうしようもない。



「―――エミリア様が?!」


その報せはあまりに突然だった。


「ああ、君への嫌がらせ、それら全てエミリアが陰で操っていたと分かったんだ。衝撃だったよ、まさかエミリアが…」


苦渋を舐めるように呟いたのは、公爵家の次男 レドモンド様。エミリア様とは幼馴染で、懇意にしていたらしい―――この学園に入るまでは。


「自らの手を汚さず、他人を使う。エミリアのやりそうな手だな。我が妹ながら嫌気がさすよ。」

「そういえば、エミリアは学園に通い始めてから変わってしまった気がする。」

「変わってしまったのではない、元からそういう人間だったということだろう。」

「権力を笠に着てやりたい放題。これは例え公爵令嬢だとしても許されることではない。」


断罪の言葉は途切れなかった。

あのエミリア様が、まさか。そんな思いもあったけれど、優秀な皆様が仰ることに間違いなどある訳がない。

それにエミリア様がいくら魔力に秀でた方だとしても、やはり年頃の乙女なのだ。

エイドリアン様の傍にいる私が憎くて仕方ないのだろう。


でも、こんなやり方、間違っている。


いくら気に食わない相手であろうと、暴力では何も解決しない。

エミリア様を軽蔑したくはないけれど―――このまま放置することも出来はしない。


もしかしたら、私はエイドリアン様の傍らにずっと寄り添っていけるかもしれないのだ。

決して遠くはない未来、黄金の冠を抱くのは私かもしれない。



そんな夢を見ていた私だけれど、いくらなんでも地下牢へ繋ぐのは間違っている!

どれだけの罪を犯そうと、謝罪の機会くらい与えてやらなければ!


「エイドリアン様! どうか、どうか…そのような恐ろしいことはお止め下さい!」


だから、懇願した。きっとエイドリアン様なら、私の言葉を聞き届けてくれる。


しかし、見返すエミリア様の双眸は侮蔑に満ちていた。

立場を弁えろと言わんばかりの態度に言葉を失う。


地下牢に連行されていく後姿は凛としていて気高かった。

あの陰湿な嫌がらせを指示したとは思えない、真っすぐな姿勢。


「マリア、これで憂いはなくなったよ。」


甘い声。甘い微笑み。

そっと腰を引き寄せられて、甘えるように首を寄せる。

新緑の香りがする。清々しいエイドリアン様の香り。既に慣れた香りに身を任せる時を願う。


今しがた連行された令嬢のことなど既に霧散していた。

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