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グリフィン・マックスウェル

生まれた頃からの腐れ縁とはいえ———幾度となく巻き込まれた事柄を脳裏で反芻しつつ、今現在、目の前で起こっている出来事に深い溜息を漏らしたくなった。


「さて、ぶっ壊すか。」呟くや否や、掌に集めた魔力の塊を放り投げる。瞬く間に破壊されてゆく岩壁に、慌てて飛び出してくる牢番達。


俺は面倒事が嫌いだ。出来るだけ安穏とした日々を過ごしたいと願っているにも関わらず、それを片っ端からぶっ壊してくれる存在———それが、エレノア大国 第三王子 ガイヤ・エレノアである。

王の命により海を隔てたティムバ王国へ潜入しているが、予想外に大人しくしていると安心していた矢先の、とんでもない行動にがっくりと肩が落ちる。


ティムバ王国は、エレノア大国とはまるで違う国土と風習を持つ。

俺からすれば決して魅力的な国とは思えず、正直なところ、早々に帰国したい。強いて言えば自然が豊かで、瑞々しい果実や、新鮮な穀物、また珍しい薬草なども手に入るという利点くらいだろうか。

ガイヤ様も入国した時点では同様の考えを持っていたはず———間違いなく。


しかし、アレが悪かった。

『召喚の儀』———13歳になった学園の生徒は、各々、召喚魔法を行ない、誘われた魔と契約を交わすという行事がある。

ガイヤ様の魔力は凄まじく、エレノア大国でおそらく王を凌ぐであろうと言われている。何しろ、最初に召喚魔法を使ったのが6歳の時だ。あれには度肝を抜かれた。

そんな王子が、学園に来てこの国の魔法レベルを知り、失笑していたのは当然のこと。


だが、あの光景は———確かに俺でさえ魅入られた。


風に舞い上がる銀色の髪は陽射しを受けて耀き、澄んだ紫の双眸は冷たく、そして、艶やかに魔を惹き寄せる。

紡ぐ呪文は耳に心地よい音色のようであり、誘われ召喚された魔は二体の高位魔族。

ほっそりとした掌で魔を制すと、気高く気紛れだとされている白虎が顔を摺り寄せた。

その背後には大きな黒竜が、隆々しい翼を広げ、疾風を生む。そして、その翼で少女の身体をスッポリ覆い隠したのだ。まるで我がの物だと云わんばかりに。


それは幻想的な美しさだった。


「―――ほぅ、『守護』と『加護』が主替えか。これは面白い。」


大木に背を預けて傍観していたはずのガイヤ王子が、口元を吊り上げて興味深げな眼差しを向けている。その先には、既に契約を交わした少女がいた。胎内を溢れる魔力が流れ、それを美味そうに啜っている高位魔族二体。久方振りの極上なそれに、白虎と黒竜は加減を忘れそうになっている。


「喰らっておるな。さも旨そうに。高位魔族があれ程、歓喜する魔力———是非、まぐわってみたいものだな。」


ふふん、と鼻を鳴らしながら告げた王子の言葉に、嫌な予感がヒシヒシと身を苛んだ。

公爵令嬢 エミリア・ストーン。容姿の美しさは際立っているが、未だ固い蕾といった風情で、本来であれば、王子の興味を引かない相手だったはず。

だが、これほどの魔力持ちならば、確かに王子が食指を覚えるのも仕方がないと思えた。何しろ、魔力溢れる者同士の性行は、この上なく甘美である。互いの魔力が交じり合えば、魔力酔いが媚薬のような効果をもたらすのだ。ガイヤ王子と引けを取らない相手を探すのは難しく、だからこそ、目の前の少女は———今の瞬間、獲物認定されたに違いない。


現在、ガイヤ様の愛妾は5人。国でも高い魔力量を有する令嬢の選りすぐりだが、それでも、正妃の座は空席のままだ。


「逸らないように頼みますよ、ガイ。」釘を刺した俺に面白くなさそうな顔をしながら、「分かっておるわ。」不承不承とはいえ答えたものの、隙あらば掻っ攫う気満々なのは言わずもがなだった。

しかし幸いにも、全く隙を見せないエミリア嬢に、ジリジリと焦っているガイヤ様という珍しい姿を見ることが出来た。

そして、4年後———下らない断罪劇が行われたのである。


この好機を逃すガイヤ様ではない。潜ませた陰に逸早く指示をとばす姿に、もう制止する術はないと諦めた。

獲物が自ら檻を出ようとしているのだ。檻の外にはもっと恐ろしいモノが牙を剥き、待ち構えているとも知らずに。



「少しは加減を。このままでは地下牢が崩れ落ちます。」

「ああ? ここは臭くて堪らん。我慢ならん。」


確かに異臭に塗れた、長居はしたくない場所である。容赦なく建物を破壊してゆく王子の背後から、守護陣を張り、飛び交う石礫と砂塵、そして、臭いを遮断した。


「ふん、封印術か。子供騙しだな。」軽い足取りで地下牢へ入る。臭いを遮断したせいか、ガイヤ王子の機嫌が多少なりと向上したようだ。


エミリア嬢は地下牢の、一番奥まった牢屋に囚われていた。

粗末な一室の、鉄格子で遮られただけの空間で、薄暗い中、真っすぐにこちらを見つめている姿は、まるで王宮で対面しているような錯覚を味わう。

指先ひとつで施された封印を解き、そして、エミリア嬢の目の前に立つ。


「魔封じの腕輪か。」違和感に気づいた先には、華美な装飾を施された腕輪があった。我等と相反するそれに、嫌そうな面持ちで「グリフィン、お前の出番だ。さっさと壊せ。」と、俺へ丸投げしてきた。


いやいや、貴方こそ簡単に壊せるでしょう———とは言えない。魔封じの術を解くには、それ以上の魔力を注ぎ込めば可能だが、その際に得も言えぬ不快感が全身を苛むのである。体毛が逆立つような。


仕方ない。小さな溜息をひとつ。そして、エミリア嬢の前に立った。

指先に力を込め、集中させ、魔封じの流れを見極める。予想外にきちんとした作りであることに驚きはしたが、所詮、作り手の魔力より勝っていれば解除は容易い。


「…っく…解除しました。」ああ、気持ち悪い。不快だ。


「よし、ご苦労。さあ、出るぞ。」

当たり前のようにエミリア嬢の手首を掴もうとするのを遮ったのは、涼やかな声だった。


「ガイ・スコッチ様と、その従者———ですね?」


ここで初めてエミリア嬢の声が発せられたことに気づいた。

今更ながらだが、これだけ建物が破壊され、目の前で人が簡単に殺されてゆく様を見ながら、令嬢は静かに傍観していた。悲鳴ひとつ上げず。只の深窓の令嬢ではないのだと、その様子が語っている。


「ほう、知っていたか。流石だな。」

「申し訳ございませんが、従者の方のお名前までは存じ上げません。」

「構わん。それに、私とてその名は今日限りだからな。」


———キン、と空気が冷えた。急速に。


「私の名はガイヤだ。ガイヤ・エレノア。」

「ガイヤ・エレノア———エレノア大国の第三王子が、何故このような場所に?」


「決まっている。エミリア・ストーン。お前を浚いに来た。」


「私が大人しく従うとでも?」

「抗うか? 敵うと思っておるならば、やってみればよい。」

「敵うとは思っておりません。でなければ、腕輪を外さず連行するでしょう。私とて相対する力量は測れます。ですが、従うくらいならばここで散り去るのも一案かと。」


「させると思うか。」ククク、と笑いながらガイヤ様が手を伸ばす。形良い頤を掴み、無理矢理、顔を上げさせた。至近距離で覗き込むと、エミリア嬢の眉宇がしんなりと潜む。


「選ばせてやろう、気高き公女よ。お前が大人しく我がエレノア大国へ参るというのであれば、それでよし。抗うというのであれば、この国を滅するまで。その二択だ、さあ、選べ。」


冗談交じりの軽口で告げられたそれは、宣言だった。必ず行使されるであろう、近未来の。

束の間、エミリア嬢は口を閉ざし、そして、瞼を落とした。


「参りましょう、エレノア大国へ。」


賢明な判断を下してくれたことに安堵しながら、恭しく差し出した俺の手を遮ったのはガイヤ王子だ。


「―――触れるな。」


向けられた双眸に潜んだ狂喜。おそらくエミリア嬢に触れた刹那、多少なりと魔力が互いに流れ込み、その力を肌で知った。故に生まれた独占欲。

哀れな公爵令嬢。もう逃げられないだろう。面倒で厄介な相手に目をつけられたものだと、心の底で手を合わせた。



現に目当ての令嬢を手中に収め、満足気な顔をしているガイヤ様が最後に下した命令。


「―――お前は残り、魔石を放て。」

「ガイヤ様、それは…」


『守護』と『加護』が失われたティムバ王国は少しずつ衰退の一途を辿るであろうと予測された。

だが、それは『今』ではないはずだ。

魔石は名のとおり、魔力を封じ込めた石で、生活を助けるものもあれば、魔を惹き寄せる布石となるものも在る。


「帰る場所など不要だ。壊せ。」


そう言い捨て、踵を返す王子の姿を暫し見つめ、そして、目を伏せた。

この事実を知れば、エミリア嬢は、一生、ガイヤ様を———いや、エレノア大国を許さないだろう。

本来であれば、国の四方へ魔石を放つのだが、魔に対抗する力が弱いティムバ王国なれば、たったひとつで充分。


僅かな歯車の狂いが、澄んだ水と豊かな緑に溢れた小さな国の歴史を歪ませた。


この国は崩壊する———すぐそこに、終焉が待ち構えている。

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