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作者: あきむね

彼は霧の中に立っていた。

自分の手足さえも見えないほどに、霧は濃い。実際、彼には、自分が立っているのか座っているのか、落下しているのか浮遊しているのかよく分かっていなかった。彼の三半器官は狂いかけていた。ただ、呼吸をするたびに重く湿った空気が肺を循環し、彼が”そこにいる”ことだけは、彼自身の実感として確かなものだった。


ヒューヒューヒューヒューヒュルルルルルRrrrr


生温かい風が彼の耳元を通り過ぎていく。いる。いく。しかし、がぜん、眼前の霧の濃度は濃密なままであり、一向に晴れる気配はなかった。しかし彼は自分から歩いてみようという気にはならなかった。たとえどこまで歩いても、この灰色の点描画のような景色は、終わりを迎えることがないことを彼は知っていた。生まれる前に何度も歩き、彼は五感の一つさえも用いないで道を諳んじることさえできた。しかし彼はいまだかつて終着点とおぼしきものに辿りついたことはないのだ。


ヒューヒューヒュルルルRrrrザワワワワヒュールルルルザワワワさわわザワワワワさわわザワワワワ


風に木々が揺れる。ここは果たして森だっただろうか?彼は、霧に覆われる前の風景を思い出すことができない。緑豊かな明るい草原、暗く深い森、賑やかな大通り、荒れ果てた廃墟の町、あらゆるイメージが彼の脳裏を夜霧、かすめ、遠のいていった。黄金のススキ夜道。パパとママに連れられて歩いたのはお祭りだったかしら?ガヤガヤ。神社の境内へと続く坂道。ガヤガヤガヤ。雲ひとつない満月の下、人ごみの中で手をちゃあんとつないであるくんだよぼうや。ぎゅっとにぎりしめるのは林檎飴。あまいかぃぼうやぁ?おいしいよぅとってもきゃははは。満月はもうこんなに高くきゃはははあそこにはきっとうさぎさんがきゃははははいるんだよきゃはははね?そうきだゃよはねはは?きゃははははははは。





振り向くともう誰もいない



霧:水蒸気を含んだ大気の温度が何らかの理由で下がり露天温度に達した際に、含まれていた水蒸気が小さな水粒となって空中に浮かんだ状態。


ヒューヒュールルルザワワわさわさヒューヒュールルRrrrザワワさわわさわわヒュールルぽつぽつひゅ―るるぽつポツひゅーるポツポツひゅーるるポツぽつポツポツポツ


彼の頬に一滴、また一滴、と、点滴のように、不規則正しく雨が降り始めた。見えない手を空に伸ばすと、空の眼からこぼれおちた涙が、彼の体の隅々まで行き渡るようだった。はかない雨量に反して彼の足もとには、深い水たまりができていた。淀んだ水がひざ丈にまでカサを増した。自分のいるこの世界が、底なし沼になってしまうのではないかという不安が彼の心を次第に覆っていった。

彼は、軽やかに、ひらひらと、蝶が舞うように跳ねた。

手を振りかぶり、しゃがみ、足は尻とかかとがくっつく程に曲げ、腰に力をため、勢いよく跳ねた。

両足を懸命にばたつかせ、波間を縫っては浮上し、息を吸った途端に、激しい津波に飲まれないように潜る。轟々ドウドウ、しん。轟々ドウドウ、しん。呼吸が苦しくなるとまた浮上してわずかながらの息を吸う。永遠とも感じられるこの繰り返しに体力の限界が近づいてきた頃、深海の闇から細く青白い手が伸びてきた。遠くに眺めるもその数、十、二十、五十、百。力を振り絞って懸命に波を掻き分け、魚雷のように脇目振らずに泳ぎ続けるも、疲れから徐々に体は重くなり、スピードは落ちていく。何x回目の浮上を試みたその時、彼の足をその青白い手が掴んだ。水面下に引き込まれたかと思うと、にゅるにゅると、彼の左手、右足に、青白い手、腕が絡み巻きついてきた。彼は残りの力を振り絞って水面へと泳ぎ続ける。右手を霧の向こう側へ伸ばし続ける。ブクブクブクブク、ブクブクブクブク、ブクブクブ、ブクブクブ苦苦、ブクブクぶく、ぶくぶく、ぶく、ぶく、ぶk、ぶ、、、、、、。



ポツポツ

               ポツポツ


ポツ

            


ポツぽつ





ぽつ

                



 ぽつぽた






ぽた

                                  










                                ぽ



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