表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方捨鴻天  作者: 伝説のハロー
序章
3/34

序章・第二羽「彼の陽」

前回、近い内に投稿とか言った癖に遅れました。申し訳ありません。作者も多忙な身になってしまったのです。この時期ですから、察して下さい。

では、どうぞ。


どれ程に過酷な状況であっても、眩しく輝く大事なものがある。


「劫戈っ!」


響き渡ったのは少女の悲鳴に近い呼び声。


「劫戈……」


そして、切ない声に変わる。その名の持ち主にしか聞こえない程の小さい思いが、耳の中で木霊していく。

間違える筈もない、麗しく澄んだ声だ。

振り返った先の目上に迸る疾走の風から、一人の人妖が劫戈目掛けて飛び寄り、手を伸ばした。


「―――光躬(みつみ)……?」


まさか、と思いながら唖然と呟いた。

目の前にいる馴染深い人物に、今まで募らせてきた腹の中にある火が収まっていく感覚を覚える。


美麗と形容される容姿を持つ、烏天狗一族切っての将来有望な少女。烏天狗一族の長の孫娘であり、自分とは正反対の文武に秀でた天才と期待されている娘。

種族間でのいざこざや抗争に赴く精鋭烏天狗の候補筆頭としての逸材さは、期待通りに他と比べるまでもない。

そんな親友の名は、射命丸光躬。


背に纏めた艶やかな黒髪を(なび)かせ、鮮やかな紅い双眸を潤わせながら、彼女は劫戈との距離を消す。

劫戈は、何故彼女がここにいるのか解らず困惑した。


「光躬、狩りはどうし―――」

「劫戈っ……血が……!?」


余程心配なのか、劫戈の言葉すら素通り。

肩で息をしている時点で、狩りから戻った矢先とは言えない。狩りの時間は彼女の枠組みが後で、本来此処にいることがおかしい筈なのに、目の前にいる。


―――心配だった。


つまりはそういうこと。


間違いなく、狩りの最中に抜けて来たと推測するのが妥当だろう。

恐れ入る感知能力、天才は凄まじい。


光躬は姫に相応しいとも豪語出来る程の上等な衣服が乱れる事すらも構わずに、血が垂れる口元に手を伸ばそうとする。


「やめろ……」


だが、劫戈は彼女の温情を素っ気なく返してしまう。

あの長である津雲の血筋とは思えないくらい、優しく他者を思いやる程良く出来た光躬。そんな娘に心配されていると、彼は湧き上がる苦しい劣等感に苛まれるのだ。


親友なのに不釣り合い。当然、堪らなかった。


偶然だったとはいえ、親しい仲に成れたのに。不甲斐ない自分が彼女に余計な気を遣わせている、と負の思考が浮き上がる。


「でも劫戈、手当てしないと……!」


それでも、素っ気ない態度の劫戈に躊躇わず手を差し出す姿は、さぞかし称賛される事だろう。

光躬の赤い瞳を見た彼は、眼を逸らした。敬遠の念が湧き上がり、眼を直視出来ない。


(何で、そんな目が出来る……)


いつも自分を助けてくれる彼女に迷惑を掛けてばかりと思った劫戈は、光躬から視線を逸らして逃れようと意地を張る。自分を気遣うそんな心優しき親友が眩しく見えてしまい、距離を置きがちだった。


彼を助けてくれる人はいない―――この一人の少女を除いて。

嬉しくあるが、悔しくもある。


自分と関わり過ぎている様子を見られると、余計彼女の立ち位置を悪くしてしまうのではないか。

いつまでも女子に助けてもらうのは、我慢ならないという情けない男の意地。


それらが混ざり合って、暗い影が生まれる。


「……大丈夫だ」


突き放すように、冷淡に言葉が出た。

痛みで痺れた頬は顎自体に響いている為、感覚はあやふや。勿論、口から垂れた血を手で拭っても、口の中は地の味で満たされているまま。差し伸べられた手を取らずに立ち上がり、光躬の心配を無視した。

彼女の方が劫戈よりも背が少し高い為、若干ながら視線を上に向ける形になる。成長期の彼女を見て、まだ追い抜けないのかと再度、内心で落ち込む劫戈。


「これくらい……放っときゃ治る」

「そんな事言っちゃ駄目だよ。ほら、湧水に行こう? 傷を冷やさないと……」

「……自分でやるから、いい。どっか行ってろよ。長や両親が気にするぞ」

「私の事よりも―――」


「お前が大丈夫でも、俺に捌け口が回ってくるんだよ―――ッ!」


はっ、と劫戈はその言葉を言ってから後悔した。


「ぁ……ごめんなさい……迷惑、だったよね……」


叱られた子犬のようにびくりと畏縮する光躬。頭ごなしに怒鳴られたからだろう。


(俺は何をやってるんだ……光躬は何もしてないじゃないかッ!)


苛立ちを含んだ口調で彼女の事を考えない発言をしてしまった劫戈は、自分を救いたい一心で構ってくる光躬を、心底眩しく感じるからといって突き放した事に自己嫌悪した。

彼女にだけ心を許していたから、罪のない彼女にそんな事をした自分に余計苛立った。


「いや違う。怒鳴って、悪かった……」

「……ううん、いいよ。私もごめんね?」


すぐに自分の非を認めて謝る劫戈に対し、それでも光躬は明るい笑顔を向けた。

本当に眩しい娘、例えるなら生粋の太陽。自分には勿体ないなと劫戈は内心で嘲る。


「違う……俺に非があるんだ。光躬が気にする事じゃない」


今度こそ向き合う形で返事をし、あの老爺め、と内心で長を恨む。

劫戈は川辺に向かうべく、歩を進めようとするが勿論、光躬もそれに着いて行こうとする。


「―――っ!? 父様……」

「え……?」


するとそこへ、立ちはだかるようにその場に現れた。


「どこに行ったのかと思えば、彼といたのか」


怪訝な様子の劫戈にとって、聞いた事くらいはある人物の声。


二人の眼に映ったのは偉丈夫。

男の纏う雰囲気はまさに歴戦の戦士のそれであり、近付こうとすれば練磨されてきた濃密な妖気が空間ごと切り裂いてしまうだろう。それだけでなく、鍛え抜かれてがっちりとした筋肉は、見た目も猛々しさを漂わせている。妖怪らしく猛々しい姿は、二人に畏怖の象徴を垣間見せた。

烏天狗の群れに於ける長の右腕であり、長に次ぐ最強の烏天狗。名を射命丸空将(たかすけ)。長の息子にして光躬の実父である。


子供の二人にとって、空将という大物の出現に肝を冷やす羽目になった。

劫戈には空将との面識はなく、実を言うと今初めて対面した為、どのような人物なのかはよく解らない。他の仲間のように己を貶し、罵倒でもされるのではと思い、いつも以上に委縮してしまう。


「む……父上に殴られたのか。あの人も、子供に手を出すなど酷な事をする……」

「え……?」


しかし、愁い交じりに放たれた言葉に対して目を丸くして呆けたのは劫戈か、それとも光躬の方だったか。またはどちらもかも知れない。

それは取り敢えずとして、彼の偉丈夫は説教の類云々ではなくて心配の意味で見に現れたと二人は瞬時に判断する。何しろ、その眼つきは優しさが篭っていたのだ。娘である光躬が安堵すれば、自然と言葉を使わなくても劫戈も安堵出来た。


認識を改めよう、この人は良い人だ。劫戈はそう判断する。


空将(たかすけ)さん、か……)


光躬ほどではないけれども、芯が良い人だと思った。

隣の光躬はそう思っている事が顔に出ているよ、とでも言いたそうに劫戈に視線を向けている。頬を緩ませて見ている事に気付くのと、空将の口が開くのは同時だった。


「早く冷やして来なさい」

「……! はいっ、父様!」


厳かでもありながらも穏やかに空将が促せば、光躬は我に変えって嬉しそうに笑みを浮かべながら劫戈の手を引き、先導するように急かす。


「お、おい。光躬……」

「早く冷やそっ?」

「……。お、おう」


―――天と並ぶ眩しい瞬き。


今までの嫌な事を忘れさせてくれる彼女の満面の笑みに、劫戈の心はすっと和らいだ。

二人は空将の見送りに手を振り、湧水へ向かう事になった。


周囲に生い茂る森林は清々しい風を齎し、季節の暖かさを吹き込む。耳を澄ませば、同胞である烏達のじゃれ合いやら微笑ましい歌声が聞こえてくる。人間に侵されていないからこそ、森は穏やかな状態を保てている。

群れが居を置く山奥の森は、数百匹の烏の群れとそれを率いる烏天狗の共同体を住まわせるくらい非常に広大である。それは間違いなく大規模な群れとして必要不可欠なもので、人間達と同様に独自の社会を構築する前兆がそこにあったのは明白だった。

侵そうものなら、すぐに天狗の餌食になる―――妖怪の山ならあり得る事だ。


その奥地にある湧水地点は自然の恵みの一つで、湧き出る水は多くの烏や烏天狗に愛用されている。山の各地にたくさんあるのだが、二人はここをよく使う。ここは居住区から、歩いて済む距離にあって一番近いからだ。


「悪いな、隣使うぞ?」


先客に烏の番がいた。

かぁー、と一声鳴く雄の烏は、立場上目上の者に対する了承の声を出す。番は少しした後、二人の邪魔しないように飛び立っていった。


懐から取り出した手拭いを石の水貯めに突っ込み、片手で自然の清涼を味わう。


「っ!」

「私の手は冷たい?」


そこで不意に頬を襲撃される。

劫戈の灰色の眼に映るのは、白魚のような手。それを伸ばしている光躬だった。


「……あ~。ひんやりして気持ちいい」

「ふふっ。でしょう?」

「……ていうか、手拭いの意味が……」

「なら、私が手拭いになる」


懇ろさ溢れる視線で、劫戈をじっと見つめる。


「な、なるって……光躬、それは……ちょっ―――」


言葉を濁すのは、眼前の美少女の肢体に眼が追ってしまったからだ。

木々の合間を掻い潜った日差しを二人は被っている。纏うのは心地良い太陽の抱擁。

そんな輝きと相俟って、衣装から露出した手足は煌々と彼の眼に焼き付かせる。

未だ未成熟の身体は発展途上の真っ只中であるのに、大人顔負けの色香を持っているという男殺し。数年後には世に遍く男という男を虜にし、他の女を悉く打ち倒してしまうのではなかろうか。


これ以上綺麗になったら、もう目が離せ―――。


「劫戈……じっと見られると恥ずかしいよ……」


頬を赤らめ、視線とそっと逸らす仕草もまたそそられる。ごくり、と息を呑み、食い入るように見てしまう劫戈は、光躬の心の通行止め区域に触れた。


「―――劫戈……?」

「あ……? あ、いやいやっ。違う、これは違―――」

「何か、いやらしい事でも考えたの?」

「だから違うって!」


誤解だと言わんばかりに、非難の眼を向ける光躬に慌てた口調で否定する。


「ふぅん……?」

「うっ……。わ、悪かった。許してくれ」

「本当に悪いことしたと思ってる?」

「もちろんだ!」

「そう……?」


それなら、と正面に向き合って顔を近づける光躬。罪悪感を持った劫戈は、内心で挙動不審に震えながら、彼女の動向を見つめるしかない。


劫戈がびくついている中で、光躬の取った行動は―――手を回して、抱きく。そして、劫戈の胸で、顔を埋めたのだった。


「そういうのは……お、大人になってからだからね……?」

「―――」


突然のしおらしい態度に絶句した。


(え、なにこれ……)


初々しさ丸出しの行動に、呆ける劫戈。

押し当てられた成長途中の胸の柔らかい感触やら、甘い匂いによる頭の痺れやらで、体中が熱くなる。御蔭で、心地良いそよ風が、ひんやりとした冷風に切り替わった。

今まで募った火よりも別物の火が腹の中で着火、思考が疎かになりそうで、自我の崩落に陥る。

が、劫戈という男は、耐える男だ。


「え……えっと、だな。大人になってからなのは、まぁ……当たり前だけど、なぁ……?」

「んぅ?」

「……っ!? そ、そういうの止めろ! 反則だ、反則!」


猫が甘えるような仕草で小首を傾げる光躬。

それを至近距離で見た劫戈は、火を噴きだしそうな程に顔を赤で染め、声を荒げる。


「解った、解ったから一端、離れろぉっ!」

「わっ、わわっ! ご、ごめんなさいぃっ!」


もう駄目だと限界を感じた劫戈は、“彼の陽”を引き剥がす。

二人しての慌てる様子を、先程飛び去った筈の烏の番が微笑ましく空から眺めていた。二匹にとっては、いちゃつくようにも見えたそうな。


その後、暫くの間は無言で時を貫くのだった。




――――――




それからどれ程経っただろうか、冷水で濡らした手拭いを頬に当てていると、後ろから近付く気配に気付いた光躬が振り向く。


そこには、黒い翼をはためかせ、器用に降り立つ少年がいた。

どことなく劫戈に似ている少年は、劫戈達と変わらない服装の上に天狗として精鋭を表す上等な掛物を着用していた。所謂、優れた天狗の証である。


巳利(みとし)君……?」


晩飯時の伝達を受けたのだろう、巳利と呼ばれた劫戈の弟が呼びに来た。


「……光躬様? 何故、こんな奴と……いや、それよりも―――おい、父上が呼んでいるぞ」

「……ああ、分かった」

「早くしろ、皆が待っているんだ。―――光躬様もお戻りを。心配事になされぬよう願います」


まるで独り言のように言い放たれた言葉は、間違いなく劫戈への言伝。打って変わった後半は光躬への礼儀正しいもので、巳利のねっとりとした熱い視線がじわじわ押し寄せる。


対応の温度差がえらい違いである。

好意交じりの視線を受ける光躬は嫌悪感を必死に隠し、微笑で誤魔化そうとしていた。


「え……う、うん。わかったよ。巳利君」

「……出来れば、このような奴と行動を共にするのはお止め下さい。些か、神経を疑ってしまいます。貴方様のような麗しい御方が、こんな汚らわしい奴と一緒にいるだけで背筋が冷えます。貴方様は射命丸の御息女なのですよ、自覚なさってください。どうか、どうか御考え直しを……」


巳利が切実に再考の意を唱えていると、瞬時、その場にいる男二人は凍り付く。


その理由―――光躬が無表情だったからだ。




「―――黙って帰りなさい、巳利君」


ぞわり。


口調こそ穏やかだが、底冷えするかのような低い声音。

それ以上は許さないという怒りの念が滲み出たもの。女子が持てるものなのか、本当に当人なのか、と疑わしくなる憎悪のようなもの。


巳利は光躬の逆鱗に間違いなく触れた。


巳利は震えながらも、ぐっと踏み堪えて見せた。

一方の劫戈は光躬の豹変振りに驚きを隠せずにいるようで、眼を見開いている。


無情に見つめる光躬に、息を吐いて巳利は失いかけた平常を繕う。


「……ふ、ふん。こんな出来損ないにどういう理由があるのかは解りませんが、後悔しても知りませんよ。……では、戻らせてもらいます」


それを伝えた本人である巳利は、劫戈を睨み付けるように侮蔑を吐き出す。

そして、何事もなかったかのように、劫戈と離れたい一心とでもいうように飛び去って行った。


「…………光躬、俺は戻る。お前も家に帰った方がいい」


記憶に留めるのは危険だと判断した劫戈は気にせず、まずは光躬を自宅へ戻るように促した。視線を向け、細心の注意を払ってだ。


「う、うん。気を付けてね」


(戻ってくれたか……)


声を掛ければ、いつもの彼女がいて、彼は安堵する。


「ああ……」


去り際でも心配そうな表情を向けてくる光躬に、劫戈は軽い返事をした。


―――どんな処分を受けるのだろうか。


内心で不穏になる胸中を悟らせないように努めて、彼女が帰路に着くのを見送った。



二度、書いていて砂糖吐いた。自分でも何書いてんだ、とツッコミ入れたい(笑)

やべぇ……劫戈と光躬のやり取りェ。

だがな、だがしかしな。これは、喉から手が出るほど欲しいものに変わるんだよ(ゲス顔)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ