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東方捨鴻天  作者: 伝説のハロー
第一章 誇り高き爪と牙
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幕間 其の一

幕間です。時系列は第一章が終わってすぐになります。今回は試験的な導入を兼ねて、主人公が身を置く場所とは違う他勢力からの視点で、彼等の状況を追求して行こうと思います。

ここで、今まで空気だった……方々達が出番です。



真っ白。

既存の緑豊かな地平を塗り替えんと、覆い被さる飛花の如き白粒。それらによって塗り上げられ、一面銀色に染まった一風景。


玲瓏の雪を眺められる、囲炉裏を置いた和室にて。冷える空気が流れ込む中、囲炉裏は一室を守るように暖気を留める。


一室にいる人外の二者は、囲炉裏を挟んで対面していた。


「―――ご苦労だった」


低い男性が放つ労いの言葉に、対面者の幼げな少女は礼儀正しく静かに首を垂れる。

正座から身体を前へ倒すその仕草は様になっており、幼いながらも作法がなっている精神と、肩口まで短く整えられた艶やかな黒い髪や少し大き目な赤い瞳、細い鼻などを収める顔は、様式美を備えていた。また、彼女の着ている衣装は肩と二の腕が見える上部と、腰に巻かれた赤い帯や腰から脚部を覆う、白と黒を基調とした非常に丁寧で上等なものであると解る造りをしており、幼げな少女の端麗な美顔を際立たせていた。脚に至っては、太腿が前掛けのような部位の合間から覗き見る事が出来、さり気ない色気を漂わせている。


対し、そんな少女の行いに満足げに頷く偉丈夫は、男の纏う雰囲気も相まって、歴戦の猛者を思わせた。

彼の着る装束は、少女の装束よりも大きく、紺色の装飾が帯や肩、袖口などに施されている。そこから解る彼の肉体は、相も変わらず鍛え抜かれて猛々しさを備えていた。


褒められた彼女は、首を垂れた姿勢から身体を戻し、正面の男を見据え一言。


「礼には及びません。この程度、私にとってはお容易い御用です」


鈴の音を思わせる高い声で誇らしげに主張するのは、正面に不動の姿勢を決めている偉丈夫がいたからだろう。

少女を見据える男性―――射命丸空将は、少女の父だった。父が相手故に、少女は仕事をやり遂げた事を認めて貰わんと訴える。


「うむ」


空将は、平然と受け止める。我が子の活躍を特別扱いしていない様子で、組織の頭としては全うな対応をした。認めてはいるようではあり、娘への対応はそこまで冷たくは無かった。



叩いたような音と共に、弾けた火の粉が昇り行くと―――ふわり。



そこへ一吹き、通り抜ける風があった。


「―――あら、戻っていたのね、(あや)


うら若い少女の声音でその言葉を発したのは、空将の裏手より音も無く影を見せた者。文と呼ばれた少女と同じく天狗独特の装束を身に着けた大変麗しい少女だった。


「お姉様……」


ただ少し違うのは、華を模した刺繍で着飾られているという点と、少女と似通った美顔を持ち併せていた点だろう。その少女は一目で年が上であると解る通り、文よりも、背が少しばかり高くそこまで華奢とはいかない肉付きで、妙に落ち着いた様子でいる。


背後から突如現れた天狗独特の装束を優雅に着こなす少女に対して、空将は惑う事もなく怪訝な表情で尻目に問う。


「巳利との話は終わったのか、光躬」

「ええ、父様。つい先ほど」

「……奴は何と?」

「御心配無く。いつもの種族誇示でした」

「まだ、つまらん事を言っているのか、あの阿呆は……」


呆れたように嘆くように頭を振る空将。先ほどの態度を軟化させ、日方の方針にも困ったものだ、と愚痴を漏らす。

父親の事を隅に、姉妹は互いに顔を合わせて苦笑する。父を困らせた少女は流れる動作で腰を折り、空将の隣に座り込んだ。

穏やかだというのに、大人顔負けな美貌を向けて来る姉に対し、妹の文は終始平常ではいられなかった。


「それで……文。例の噂、どうだったの?」

「……は、はい」


その問いに文はすぐには答えず、緊張した面容で姿勢正しく向き直る。咎められる訳ではないが、文は雲の上にいる存在を仰ぎ見るかのような態度を自身の姉―――光躬に向けていた。


文の態度には、憧憬と敬愛の念が込められている。それはもう、姉の隣にいる父に向けるものとは別格と思わせるほどだ。


それもその筈。

光躬は組織の中で発生した派閥の内の一角である改革派の頭であった。表向きには父親の空将が出張っているが、その実、光躬が派閥を完全に掌握している。女の身で優秀な男どもを秀逸するのは、光躬以外に存在しない。

将来、優秀になると期待されている文もそうだが、光躬との力の差は圧倒的であった。特別視されるのは必然であったのだろう、光躬自身もそれを優位と受け取って行動し、優れた才能を発揮しているのだから文としては頭が上がらなかった。


「以前より、噂になっている烏天狗の事ですが……」


緊張しながらだが、文は事を伝える事とする。待望の視線を注ぎながら聞きたくて堪らないといった姉の思いを受け止めながら。


「―――白い狼の群れで度々見られる“隻眼の烏天狗”の特徴は、黒い髪と灰色の左眼、抉れた右眼……そして、大の大人を超えた大きな翼……」


そこまで聞き及んだ、光躬の眼が細められた。

瞬間、文は息が詰まった。次に伝える内容で、姉の機嫌が左右されると解っているからである。


「数年前……北から来訪した樋熊の一件以来、その噂を耳にしてきたが……よもや本当だったとはな」


そこで黙していた空将が仲裁に入る。不穏な空気を察して霧散させ、最大限に跳ね上がり掛けた次女の緊張を解した。


「……ごめんなさい、文。無意識に睨んでしまったわ……」


艶やかな声で謝罪する光躬だが、腹の内では焦燥と凄みの込められた真摯さが行き交っているようだ。僅かに震えた語尾に、隠しきれていない感情が乗せられていた。


「それほどまでに成長したというのか……」


その動揺は、空将にも伝搬される。話に食いついてきたのは何も光躬だけではなく、空将も興味を惹かれるものであった。


「これは私見ですけど……数年前の樋熊の件で、彼の才能が開花したと見て良いと思います。それ故に、容姿の共通点と異常な力を内包した翼の理由が頷けます」


文は鈴のような声音を返すと、姉の方に視線を向けて決定打を放つ。


「―――お姉様」

「……本当に、彼、なのね?」


懐かしむように、悲しむように、嘘偽りがないか確かめるように、光躬は震える声で呟いた。

はい、と力強く頷く文は、嘘を吐いているようではない。明らかな自身と時間を掛けた諜報によって得た内容でもあった為だ。


「彼―――木皿儀劫戈様は生きておられます」

「なんだと……! それは真か……?」


信じられないと言ったように訊ねる空将は、開いた口が塞がらなかった。


「どうやら、五百蔵様が救命なされた御様子。その後の樋熊来訪の件に置いて御存命なされ、今日に至るまで大事なく生きておられるようです。渡りの烏と雀達から齎され、私が再三確認を行った情報ですので、間違いはないと断言出来ます」

「そう―――」

「光躬、解っておろうな?」


空将は長女の声を鋭い声で切り離し、隣で感情を打ち震わせている彼女を見つめる。言葉にせずとも、何を言いたいのか、娘である光躬は十分解っている様子だった。


「……解っています。御心配には及びません。でなければ、彼に顔を合わせる事など出来ませんから……」

「うむ……」


ならばよい、と言わんばかりに剣呑な雰囲気を霧散させる空将は、正面で怯えるように縮こまってしまった次女の文を見て、強張った顔を緩める。文もそれを見て、安堵したのか濃い目の溜息を吐き出し、胸を撫で下ろした。


「今回で一度、偵察を打ち切る。暫くの間、ご苦労だった。しばし時を持って、再開するものとする。―――戻って良いぞ、文」

「あ……は、はい。失礼しました!」


やや緊張も解れたと思ったが、そうでもないらしい身体を立ち上がらせる文は、ぎこちない動きで退出していった。空将はそれを見届けてから、間もなく憂い顔を露呈する。


「……他者を矮小と見下し、己の矮小さに気付かない者はいずれ落ちる、と言ったな」

「…………」


文に次いで、空将に背を向けていた光躬が立ち止まる。光躬の顔は空将には見えないが、見透かすように背後を一瞥する。


「光躬……お前が至った考えは、群れの大半が敵に回るだろう。だが、この父は否定せんし止めもせぬ。誰とは言わんが、彼を受け入れるだけでなくお前自身を受け入れてくれるよう努めよ。私は……ただ、お前の幸せを願っている」

「そうですか……では、この光躬―――為出ずるべく、行って参ります」


光躬が発した、背筋が凍りかねない、しかし甘い声音。その冷徹な言辞に応える者は、濃い溜息を吐いた。




◇◇◇




少女―――光躬はただ静かに、絶壁の頂点で佇み、見据えていた。そこはかつて、生き別れたと思っていた想い人と最後にいた場所である。


言葉は要らなかった。眼に焼き付いた過去の惨劇と、視界に入り込む薄暗い雪の流れを見て、幼い小さな烏が無惨に吹き飛ばされた空に視線を注ぐ。


諦観が入り混じった悲しげな表情が脳裏に焼き付いて離れなくて、何度も想起させる。這い蹲ってでも、手を伸ばそうとして、けれども届く事はなかった。想い人が名を呼んだというのに、胸の内に沸き上がる感情は、決して歓喜などではない、心を苦界に染める情念が占めていた。


あの日より数年経った今、胸に抱いた禱が形と成し得る身となった今。

烏天狗の群れは相も変わらず、人に畏れられ山一つを根城にしている。栄華を誇っているとは言い難いが、住まう天狗一同としては十分な安息を得ている。序列による支配ではあるが、外敵に対する節制、結束を高める集団活動は見る見る内に拡大していき、今では妖怪種最大の勢力と化していた。

近年になって天狗に成ろうと苦行をこなす人間も現れるようになり、天狗の存在が大きくなっていく様子は、いずれは天下が取れそうなほどだった。


多くの天狗達は鼻高々に誇示する。




 だから、なんだというのか。




今の体制が気に食わない。受け入れられない。

最早、一番優れた種族とか、誰が誉れある優秀な存在とか―――そんな事は心底どうでも良かった。


過去の思いを馳せらせ、脳裏を数多の思い出で埋め尽くしていく。


幼い頃、少年に恋をした。

身分や自力の差もあったが、それでも恋をしていた。

周囲に否定されても尚、頑なに愛を注いだ。唯一、固く閉ざされかけた暗闇の中、光明を見せてくれた無二の存在故に。


欲しくもない才能を持ったが故に、大人達に期待されて無言の応えを強いられる。肩身が狭く、苦しい身に落とされた。


そんな時に、少年は見本を見せるかのように生き方で示した。群れに役立ちたいという夢を持って、がむしゃらに努めようと必死に向かう―――そんな姿に惹かれたのだ。


時間を重ねて、多くの思い出を集め、互いに想いを共有した。声を掛けあって触れ合い、励まし合いながら、幼少を少年と一緒に過ごす。

何よりも満たされていた。比べるまでもなく、非常に満たされていた。



―――そんなある時、少年は己の前で排斥されてしまった。



己は勇気がなかったと、思い知った。

大人達に歯向かう意思が、思考が、理想が、一切合切欠けていたという事。少年へ延びる救いの手は気休めとなり、己が現実から逃げる術と化した事。

どこかで安堵し、無意識に納得し、結局は救う事を途中で放棄してしまっていた。


つまり己は、大事な人を苦の道に追いやったのだ。

少年が否定されたのは己の至らぬ行動の所為だという事。彼に注ぐ愛も、否定される程に弱かったという事。

それ故に、不要と断じられ、苦痛を胸に隠し、耐えた少年は排斥された。


失って気付いた。


―――全ては己の我が身可愛さ。


なんと浅はかで身勝手な事だろうか。


実に浅はかなり、それは甘え。

故に、己は気付いた。それは―――ただの逃げだと。恋でもなければ愛でもない、異物が胸の内に育っていたのだと。少年を愛していながら、救う道を奔走すらしていなかったと。

愛した少年を苦しませ続け、己の逃げ隠れる盾として扱ったのだ。無意識であったとはいえ、救いに価せぬ醜い卑劣な己に、心底絶望した。結果がどうであれ、救えなかったのではなく、救わなかったと言えるだろう。


だから。


だから―――変わった。


「たとえ貴方が許しても、私自身が許せないわ……」


思わず零れたのは、悲痛に染まった言辞と生温かい雫だった。


「これは贖罪……」


理想を胸に、己は立ち上がった。今まで陰で力を蓄え、少年と同じような境遇の賛同者を募らせてきた。

たとえ、長と血の繋がりがあったとしても、覆したい反抗の意志と今の群れへの憤慨が勝っている故に、矛を握るとした。


古い体制を滅却し新たな基盤を作る為に。

虐げる弱者を無くし、互いを守り、共に支え合える群れにする為に。


「必ず……」


それを成し得るまでは、自信を許せない。成し遂げなければ、己は下種である。


己の中に抱いた思惟や感情を、対立する二つの内、どちらか片方として具現させる能力。


悲憤、感嘆などには“滅び”を齎し。

歓喜、礼賛などには―――“栄え”を齎す。


まるで地祇の如き所業を、我が物のように見舞う事を是とする力。

古い体制に縛られる不要な者には“滅び”を与え、より良き体制を望む者には“栄え”を与える。無慈悲極まりない破滅と、願ってもない思考の栄華を振りまいてしまう、気に恐ろしき代物であった。


ある程度、己の範疇にあるこの無比な力で、日方を呪って以降、怠る事無く下準備を行って来た。少年を想う故に、敵対者に慈悲は無い。

賽は投げられた、この日から、改革が始まるのだ。


「……劫戈」


想い人の名を呼ぶ。胸を剣で抉られる気分だった。

妹からの情報で、嬉しい事に少年は生きていた。愛しい少年は無事に生きており、今はかつてより対立している白い狼の群れにいる。


「……待っていてね、必ず変えるから」


会いたくて、会いたくて、迎えに行きたくて堪らない。会って、己のすべてを吐露して、和解したい。


でも、今は迎えに行けない、行けるなど許される筈もないだろう。理想を成し得るその時まで。

でなければ、会わせる顔もない。それだけでなく、納得もいかないのだ。


内に秘めた想いを凍てつかせ、しかし今は温かく微笑む。


「時が来たら迎えに行くから……―――」


それが―――彼に捧げる贖罪なのだから。



一陣の風、草木が一揺れする。降り注ぐ雪が地へ向かうのを止め、空へと逆戻りするように舞った。


「―――お姉様」


そこで不意に声を掛けられた。首だけ振り返ると、妹の文がいる。彼女の後ろにはまばらながら、若い子達、近くにはその子らの親と思しき大人が揃っていた。その数、三十人は下らない。


「何かしら」

「すべての準備が整いました。間もなく、待ちに待った決行の時が来ます」

「……解ったわ。皆、宜しいですね?」


返答はない。集った者達は、すでに意を決していたようであった。


「皆、異論無しとするならば、覚悟は宜しいと見なします」


少女―――光躬は、今こそ立ち上がった。これから始まるのは、下剋上。

仮初ではなく、本当の愛を捧げる為に。かつて苦しんでいた想い人が、安心して戻って来られるように。

落雪の時、完全に振り返る光躬の顔に怜悧さが宿る。没する日を払うような氷を纏い、冷酷な顔を現出させた。鋭い真紅の瞳が、集いし者達を見据える。


「祖父……いえ、津雲を排除します。殺さなくても構いません。長の座を失墜させ、父様と我々の監視下にある地に追いやります。さあ、行きますよ」

「はい、お姉様の御心のままに……」


文以外はただ静かに首を垂れ、賛同の意を表した。

各々が剣や鉾を携え、いつでも出陣可能な姿で待っている。後は、改革派の女頭たる光躬の掛け声を俟つのみだ。


「―――容赦は要らぬ、奴らは敵だ。敵は殺せ」


感情を殺した冷たい声に、一同は黒い翼で羽搏き応えた。




―――その日、天狗達は未だかつて無かった、内紛を味わう事となる。




光躬が一世一代の大勝負に出る……!?


烏天狗の正装である衣装は、香霖堂天狗装束と思ってくれれば幸いです。

更新速度に関してですが、なんとか遅筆悪化は逃れました。読者の方々には、お付き合い頂いている事に感謝の旨と同時に、これからもこの小説をよろしくお願いしたく思います。


追記:某聖人二人が幻想卿へ来訪する動画を見て、思わず涙腺崩壊。と、同時に悟りそうになりました(笑)

レミィ、美鈴、椛、映姫の個人エピソードは……全く以って感涙させられました。本当に、東方には素晴らしいキャラがいっぱいいますね。彼女らをいとも容易く救済なさる開祖様には、頭が上がりません(笑)。


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