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東方捨鴻天  作者: 伝説のハロー
第一章 誇り高き爪と牙
18/34

第一章・第十二羽「襲来と、犠牲と」

もう少しで第一章も遂に終わりを迎えます。これから始まる、劫戈の本当の飛躍にもうしばらく御付き合い下さいませ。今回は、大人たちのターン。

さあ、続きをどうぞ。


早朝、見事な晴れだというのに空気が重かった。


「――――――っ!」


その時、五百蔵は本能で危険を察知した。

全感覚で得た情報が脳へと伝わると同時に、眼を見開き迷わず意識を海岸に向ける。突然やって来た状況を理解したのだろう、温和な彼の表情からは感情が抜け落ちていた。

血肉が引き裂かれた音を、幼子の失意と恐怖の声を、聴く。見知らぬ大きな妖気を、余所者が縄張りに踏み込んだ事を、知る。


「起きよッ!!」


空を裂かんとばかりに吠えた。


「―――アオオオォォォォォン!!」

「皆起きろぉ!!」


一番早く反応したのは朴、続いて茅だった。

寝静まっていた群れの上方の面々が目を覚ますと、誰もが顔を顰めて何が起きたのかを悟る。耳が無意識に跳ね、眼には怒りの意志が灯る。


「……ぅ、う……ん?」


慌ただしく覚醒していく狼たちの中で、誰よりも意識がはっきりしない劫戈が塒からふらふらと出て来た。

愚鈍に染まった顔で辺りを見回すも、朝に弱い彼は、周囲が騒音を起こしているとしか認識していない。何が起きているのか、間違いなく解っていなかった。


「ん~……?」


首を傾げながら、その場に座り込もうとして―――そこへ、慌てた榛がやって来た。


「ぼさっとしないで、劫戈君! 敵襲よ、逃げる準備をして!」

「え―――?」

「早く!!」

「……は、はい!」


真正面から榛に肩を揺さぶられ、漸く目が覚めた劫戈は事態の理解に及んだ。榛の慌てた声を聞いたのは新鮮であるが、今はそんな悠長な考えは放棄する以外に選択肢がない。

駆け足で共に女性陣が固まっている方へと向かった。


「女子供は先に壕へ移動させろ、早くせんかぁ!!」


慌てる事はなく、しかし早口な声には余裕がないと取れた。


「我に続けぇええ!!」


いつの間にか先頭へ移動した朴が一声上げた。聞き付けた者は一目散に行動を開始する。


向かう先は、掘って造った奥深い穴―――豪。

山の至る所に点在する逃げ場であり、もしもの時を想定して造られた隠れ穴である。保存の利く食料や道具などを置く倉庫としての意味もあった。


先に三匹の雄の狼を行かせ、雌たちと人型の者がその後に続き、雄はその周囲を守るように円を描いて配置に付く。以前、襲われた事を活かしたのだろう、迅速な動きで向かわせた。


ところが―――


「―――沙羅ちゃん!?」

「鵯! 鵯、どこに!? どこにいるの!?」

「沙羅ちゃん、戻って!」


突如、榛の制止を振り切って沙羅が引き返してしまった。これは不味い、と茅が連れ戻そうと逆走する。


「沙羅、何やってる! 戻れ!」

「鵯が……鵯がいないの! 匂いしか残っていない! 茅、茅ぁ!」


理由は至極単純。彼女は姉であったが故に、血を分けた妹がいない事で情緒不安定に陥っていた。

烏天狗が襲ったという過去にも起因するのだろう、また悲劇を繰り返されるのかもしれない。そんな恐れを抱いていると、それを見ていた劫戈は眉を歪める。近くにいた榛もまた、そんな彼の顔を見て眉を歪めた。


「なん……こんな時に―――」

「ちがやにいちゃん、こうかおにいちゃん、ひよちゃんがいないよ!」

「こわいよぉっ! なんかくるのぉ!?」

「なんだって!? 本当に誰も見てないのか!」

「鵯ちゃんっ! 聞こえたら返事をして、鵯ちゃん!」


劫戈は、心配げな親たちにしがみ付く子供たちに鵯が本当にいないのか、その他の子供たちに声を呼び掛けて確認して回る。榛も参加し、移動しながら周囲に気を配った。

沙羅と同じく白い髪に耳、尻尾を容姿の一部として持つ子等は、皆鵯よりも幼く、茅の腰に届くかどうかという幼だ。


鵯がないのは一目瞭然だろう。

しかし、僅かな焦りと入り乱れた気配や匂いが邪魔をしてしまう。見渡し、少し間を置いて、現状が更に深刻になると理解した。


「爺さん、鵯が―――!」

「聞こえておる! こちらで探す、早く行かんか!」


五百蔵に伝えなければと声を張り上げるが、既に聞こえていたらしく即座に催促が飛んで来た。

その間に、茅が離れた子供たちの緊張は盛大を超えてしまう。事態が、彼らの冷静さをゆっくりと削っていった。


「おきたらひよちゃんいなかったんだよ!」

「なにがくるの? こわいのやだぁ!」

「ぼくみてないよ!」

「いやだよぉぉぉ……こわいよぉっ!」

「大丈夫。今は逃げる事を考えて? ちゃんと探すから、ね?」

「大丈夫だ! 俺たちだけでも早く行くぞ!」


感情を統御出来ず激しくなった幼子らの反応を、慌てる事無く上手く対処する榛。劫戈も努めて表に出さないように続く。


「近くにいりゃいいが……」


顔を悲痛に歪める沙羅を強引に引っ張って来た茅は、周囲に意識を向けて千里眼を放った。

ところが、海から山一帯に進む禍々しい妖気が帰って来るだけ。鉄がこびり付いたような胸が気持ち悪くなる臭いも感じ取った。


「ええい! くそっ!」


茅は八つ当たり気味に、走る最中で眼前に突き出た枝を殴り飛ばし、破片への引導を渡した。珍しく苛立っているのは誰でも解った。

そんな悪態を付くしかない茅の悔しそうな顔を、劫戈は尻目にしていた。

群れを襲った何かに対して、不穏な何か感じ、それが表情に現れ出る。恐怖とは違う、胸に渦巻く嫌悪感が、心を落ち着かない。半分、上の空に近かった。


そんな劫戈は、榛たちと共に己よりも幼い子供を連れて急ぐのだった。




◇◇◇




豪へと避難する一行を背に、古株の五名―――(かじ)(しきみ)(かば)(いさ)(あし)を含め群れ長の五百蔵を筆頭とした男連中が殿として残るものとした。

凡そ十数の命を非難していくのを尻目で確認し、海岸から近づいてくる気配に眼を向け直した。

海岸から磯の匂いと、邪気の混じる妖気や鉄の臭いが、鼻を刺激する。実に腹立たしい気分になるのを抑え、声も発さずに視覚に入らぬ敵を睨んだ。


感じ取れた気配は三つ。

一番強いと思しき者は、ただならぬ妖気を振り撒きながら先頭を進む者だろう。


静かになった木々の中から、草木を掻き分ける音と荒れた息遣いが聞こえてくる。


「この邪気に紛れる血の匂いは、鵯……か……」


無情のようで、だがこれでも十分に感情を露わにしている震えた声を吐き出す。五百蔵に怒りの火が宿るのは当然だった。

温和な程、逆なる感情は非常に強くなりやすい。故に、今の彼は腹の底に宿った怒りに震えている。


支配されはしない、逆に支配する。怒りは何よりも大きな力を生むが、付け入る隙になり兼ねないのを解っての事だ。


「どこの誰だが、知らんが―――潰す」


怒気の孕む意志。それに応えるかのように迎え打たんとする者等が現れた。


感じ取れる妖気が一層濃くなる。迫り来る暴力の塊を体現すると同時に、発されている妖力は妖怪を妖怪とする要素としては、邪すぎて異様な揺らぎを呈していた。


それは、酷く醜い姿の三匹の樋熊だった。

いや、見た目の“二足の獣”の姿形ならば、という推測に過ぎない判断で樋熊とした。大きさは大体、大の大人が三人分固まったくらいだろうか。

海水に浸った毛は妙に逆立ち、四肢に備えられた鎌のような四本の爪は、余計に異形としての姿を際立たせている。血走った双眸は焦点が合っておらず、ギョロリギョロリと周囲を忙しなく動かしっぱなし。息は荒れ、吸った瞬間には吐き出しているという、最早生き物としての正気は終わっているかのようでもあった。


見るに悍ましい狂獣、表現はそれに尽きた。


それを見た者達は、各々に忌まわしげな視線を向けた事だろう。五百蔵も内心で、とんでもないものが来た、と思いつつ視線を鋭くする。


「長……」

「どうした、(いさ)よ」


緊迫する中、しわがれた女性の声が五百蔵に問う。


発したのは(いさ)と呼ばれた古株、人型の妖狼。五百蔵と同じく、色素の抜けた白い毛色の耳と尻尾を携えた老婆は、腰まで伸ばした髪を背の半ばあたりで一つに束ねており、どこか包容力のある御婆ちゃんを思わせた。

ゆったりとした雰囲気の中に気品を感じさせる彼女は、いわば副長の立ち位置にいる。後を任せた榛の夫が死去した後、再度その地位に戻って五百蔵を陰ながら支えている。群れの中で最年長の五百蔵を抜きにすれば、次に彼女が来るだろうという程に高齢で、下手をすれば足手纏いになり兼ねないだろう。

だが、副長の地位は伊達ではない。若者には劣るものの、他の同年代でも抜きん出た実力が、副長に足る証拠であった。


「貴方は、あれを止められますか?」

「あれ、とは奴らの頭か」


そんな彼女の言辞に、顎で指しながら五百蔵は問う。

悠長にしている時間はないが、しっかりとした打算を聞くべく、彼女は隣へと歩み出ていた。問うた本人にも解ってはいるが、相手の底が知れない為に長の判断を煽ったのだ。


奇妙な樋熊。

見据えた先の三匹は明らかに正常な様子ではない。かといって、互いに傷付け合う事は一切ない。気が振れても尚、厄介な事に仲間意識はあると見て取れた。実に性質の悪い事だ。


「ええ」

「決まっとる……頭はわしが抑える。他の者は、取り巻きを任せる」


五百蔵は即決し、真ん中の樋熊を標的に選び踏み出した。それに続くのは気さくで豪快な性格の葦と勝気な態度の姉御で知られる樒、そして誠実そうな細身の男性―――楫。


「久しぶりに暴れる訳だ、遠慮は要らんよな?」

「いいんじゃない? 随分と頭逝っちゃっているみたいだし、あれ」

「―――浅慮無く潰す。それだけだ」


陽気な言辞の二人に対して、楫は誠実そうな顔に似合わず物騒な発言をする。切れ長な双眸が、冷酷に敵を捉えた。


「おうよ、任せてくれや」

「足を引っ張らないようにね」

「葦だけにって? はっ、笑えないねぇ」


獲物を狙う笑みを浮かべる三人に続いて、斑と体格の良い壮年の男性を思わせる樺の両名が歩み出る。


「―――行くぞ」


合図は一言で十分。十数の人狼は一斉に行動を開始した。

地を駆け、風を切り、獲物を囲む。群れらしい狼特有の取り囲む群狼的戦術が繰り広げられ、三匹の樋熊は唸りを上げて歩を止めた。

取り囲む群狼は殺気を飛ばしては抑えるという威嚇で他方から刺激しつつ、相手の標的を大きくずらしていき、隙を付いては徐々に相手の体力を欠いていく戦法だ。


狼達に囲まれ、されど先程とまったく変わった様子を見せない樋熊。

訝しんでいるのか首を傾げ、顔を周囲に向けるが、やはりその眼は不気味なまでに焦点が合っていない。

ただ、鬱陶しそうにしていた。


「―――ァァァアア?」


声―――否、瘴気のようなものが吐き出された。

すると、あれほど静かだった気配が、打ち壊される。三匹の身体から突き破るように、妖力が雷の如き音を立てて噴出した。

いや、厳密には音を立てている訳ではない。噴出した妖力は実に禍々しく黒く染まっており、それによって弾き出された空気が音を鳴らしているのだ。


「……ォォォォオオオオオオ―――ッ!!」


一気に高ぶった咆哮。

四足で這っていた三匹は、漢書を現すかのように両腕を力強く天へと振り上げる。所謂、宣戦布告の姿勢だった。

眼に見えて、それは酷く単純なもの。樋熊達は、狂っていながら最小限の理性が残っているという、厄介極まる状態に陥っていたのだ。


たったそれだけで、気圧された。


唖然と、動きが止まる一同。カタカタと手足が震える男連中は、完全に呑まれてしまっていた。


「わしと同等か、それ以上だと……!?」


そう吐露したのは唯一気圧されなかった五百蔵のみ。

冷静に分析するのは、戦いにおいて優劣を決定付ける要素でもあるが故に、僅かに驚き次にどうすべきかを思考する。



 なんだ、これは。なんなんだ、こいつは。



五百蔵を除く一同は、眼を張り、戦慄すると、各々がそう思っただろう。息を飲む事が叶わずに、掠れた息しか出来ずに硬直する同胞達の様子を知覚した五百蔵は、同胞の胸中を察した。

そのどれもが五百蔵に僅かに勝るか劣るかの領域で、腐ったような邪な妖気と存在感は共に嫌悪を催した。古株の者も、各々の顔を険しくさせているのも無理もない。


それが―――仇となる。


「―――いかん! 伏せろ!」


千里眼を以ってして感じ取ったが、時は既に遅い。今起きている不測の事態を早く悟れなかった事に、内心で後悔する事となる。



ぐちゃり。



羽虫を叩く仕草を思わせた。

三匹は囲いの中にいない。いるのは肉体を炸裂させた同胞の隣だったり、首を無くした同胞に組み付いていたり、呆気なく同胞を黄泉の彼方へと送らされた。


しかも、大将格の一匹は―――己の眼前へ。


「―――ぬぅぉぉおおお……っ!?」


振り下ろされる寸前の両腕を、手首を掴む事で受け止め、腰を落としつつ踏ん張る。軋む音と共に、両足に掛かる負担に耐えられなくなったのか、地面が陥没し始めた。

千里眼で見えていた筈なのに、身体で対応するには遅かった。つまり、こいつらは大妖怪級に位置するのだと判断出来る。


「く……抜かった……!」


ぎり、と歯を食いしばる音が口内で響く。

何故気付けなかった、と後悔の念が渦巻くも、それどころではない。こんな奴をあと、二匹も相手取らなければならないという現実に、それを他に任せてしまった事実に、焦りを覚えた。

ちりちりと肌を刺激する、禍々しい妖気が樋熊の体表の上を踊る。触れている手にも伝わって来る異常な妖気―――邪気が冷汗を齎す。


「―――退()けッ!! お前らでは相手出来ん!!」

「そういう訳にはいかんよ、長ぁッ!!」


不味いと感じて声を荒げるも、反論するように葦が声高らかに叫ぶ。葦は、首を失い事切れる同胞を陰にして、樋熊の鼻を狙い手刀を繰り出していた。

それに反応し、首を傾げるだけで回避して見せる、同胞を爪で切り殺した裂き熊(てき)。仕方なく、悪態を吐きながら離れた。


「子らを守れずして何が先達かぁ!? やるしかねぇだろぉ!!」

「それで死んでは元も子もなかろうが!!」


長と葦が意見をぶつけ合う中、葦に加勢するように楫は、次々と飛来する一撃必殺を、来る矛先を読んで右へ左へと軽やかに躱していく。遂に、楫は血走った眼を見据え、反撃に出る。

互いの爪と手刀が残像として、間を埋めていく攻防が行われた。


「言っている場合か……っ!」


しかし、侮るなかれ。

相手も弱点を重々承知しているのか、回避に徹している。

反撃の応酬量は、傾きつつあった。体格差も相まって、避けるのが大きくならざるを得なくなる楫。遂に避け切れなくなり、頬を掠めて耳を横半分に裂かれてしまった。


「楫……!!」

「よそ見するなよ、大将!」


鮮血が散ってもお構いなしに声を荒げる楫に、だが、と五百蔵は喉から出掛かった反論を止める。


「あんたの相手は、樋熊の大将(ソイツ)だろう……!」

「……っ。―――任せるぞ」


楫の強い言辞に五百蔵は、情けなさに痛めつけられながら引き下がった。


情愛深さは随一だが、それが祟っている。長寿故に残酷なものを何度も見て来た事もあるから、失いたくない思いが勝ってしまうのだ。


そうしている内に、押し切れない事がじれったいのか、樋熊の大将(あいて)は噛み付きに移行し、むせ返りそうな生臭さのそれを突き出して来た。


「チィッ!」


首を動かし抵抗。薄皮一枚、持って行かれる程度に済ませる。

すると、視界の端で、樒と斑が震えて動けない男連中の背を叩いている光景が映った。すぐに樋熊の元へ移り、戦線に参加していく。


「心残りの者は下がりなさい! 無駄死にするわ!!」

「貴方達はまだ若い……死ぬ順番を間違えないようにね」


案じた樒が首取り樋熊(あいて)の横薙ぎをしゃがんで回避して叫び、斑が不意打ちの手刀と共に男連中を注意しつつ同胞を爪で切り殺した裂き熊(てき)を狙う。それは結局、どれも避けられてしまう。

それを見て、格の違い差に怯えた様子の男達には段違いな強さだと十分解っただろう。


古株の言葉を聞き、無念といったように、歯を食いしばり、背を見せる事無く後退していく同胞を尻目にして、五百蔵は内心で胸を撫で下ろす。


だが、安心は出来ない、古株の者がまだ残っている。意識を向け直すと、各々は戦闘を止める事無く奮闘していた。


樒は首取り樋熊(てき)の背へ回り込み、放って来た裏拳の如き一撃を飛び越えた。その隙に爪で目を狙うも、間一髪で首を傾けられてしまい、耳を持っていくだけに終わる。

耳を奪われたのを気にしたのか、薙ぎ払うように大きく爪を振り回す。


「致し方ない。我らが引き受けねば、なッ!」


楫が、首取りの樋熊(てき)が放った大振りの爪戟を、的確な動きで踊るように安全圏へ回避する。なんでも無さ気に言うが、その言辞には万感の覚悟が宿っていた。


「当然よねぇ!」

「最期までお供しますよぉ、長ぁ」


樒と葦が笑って返した。

くはは、と声を漏らす気さくな男は、五百蔵が望まぬ死に立ち向かおとする。他でもない群れの為に。


「残ると……いうか?」


最早、戦法は瓦解した。どう足掻いても、策は意味を成さない乱戦状態。


ならば全力衝突しかない。悲しいが力及ばぬ者は放置するしかない、この状況では止むを得ないと皆が思うだろう。


「当然だよ、五百蔵様」


丁度、突進した樋熊の顔面を踏みつけて跳躍した樺が答える。脳天から体重を加えられた樋熊はそのまま、前のめりに地へ滑り込んで無様を晒した。


五百蔵は、頷いて反論しない古株の判断を受け入れた。



―――我らだけでも残ります、という言外の意志を。


「お前たち……」


己には勿体無かった。なのに、現実は非常で許してくれない。


五百蔵は徐々に押し込んで来た爪の脅威を、眼前に陣取る樋熊の脇を通り抜けて避け、脇腹に回し蹴りを見舞う。


「ぬぅぅうううん―――ッ!?」


が、まるで鋼鉄を蹴ったような感触を感じ、その反動で大きく後退した。


何の冗談だ、と目を見張る。

岩すらも粉砕する五百蔵の蹴りを受けて尚、毛が切れる程度の掠り傷で済ませているのだ。樋熊の体表の防御が如何ほどか、目の当たりにした斑や楫が、すぐに理解に至る。


故に、頭へ集中した爪戟を開始すると、樋熊らは見事に避ける動作を繰り返していた。


「なんと厄介な……ぐぅっ!」


振り向きざまの一閃が襲い来る。

悪態を吐くが、樋熊の大将(あいて)の猛攻に押され始め、頬や肩を切り裂かれてしまう。しまいには、懐に爪の刃が届き、僅かに後ろへ仰け反っていても、深い傷となった。



 これでは奥の手(・・・)を出さずにはいられんかっ!



脳裏に、本来の姿が()ぎる。

だが、被害が大き過ぎるのが難点だ。下手をすれば同胞を巻き込み兼ねない。

惑いつつも、樋熊の大将(あいて)が放つ怒涛の爪戟を躱し、掠め、後退していく五百蔵は数舜、周りを見渡す。

他の樋熊もまた、楫、葦、樒、樺、斑の五名に猛襲と回避を幾度となく攻防を繰り返している。打破する道を閉ざされていく事に対する焦りに、舌を巻く他なかった。


奥で、血が空を舞う。


「くぅ……」


肩口を押さえ、怯む斑。爪の一撃が深かったのだろう、年による衰退も混じって苦悶の表情が浮かべていた。


そこで、少し距離を取った樺が―――


「ならば―――頼んだ、姉上!」


斑に声を掛けた樺が裂き熊(てき)の懐を目指す。その大きな体格故の剛体を活かし、突進を繰り出し突っ込んだ。


「か、樺……待って……何故―――貴方が先に……!?」


これからやろうとしている事を悟ったのだろう、斑が青褪める。

悲痛に顔を歪ませる斑を無視し、構う事無く突っ込んで振り下ろされた腕を左手で受け止める樺。が、左腕が何条にも切り捌かれた。

樺が脆いのではない、樋熊の爪があまりにも強力過ぎるのだ。抑え込む事が出来ないくらいの、馬鹿げた切れ味の爪は容易く、樺の腕を一瞬で肉片へと変えた。


「樺……!?」

「……おぉ、おおおおおおおおおおおお―――ッ!!」


目の当たりにした斑が叫ぶが、樺は釘付けにせんと叫ぶ。

切り裂かれ、血肉が吹き飛んでも飛び込んで、それでも強引に距離を詰める。近ければ近いほど、腕は脅威にならない。爪の脅威を脱し、弱点に届き得る間合いへと潜り込んだ。


ただ残る脅威は一つだが。


「―――取ったぞ」


その一言を発し、樺は―――首から下の胴を噛み砕かれた。



ぐちゃ。



音が死んだ。五百蔵は、瞠目する。


「―――」


誰もが絶句する。そして、血塗れとなった樺は力無く吊るされ、樋熊に咥えられながら事切れた。


あと一歩というところで、彼は散った。
















―――瞬間。


「――――――ッ!?」


樋熊の、言葉すら壊れた悲鳴が血飛沫と共に上がった。




それは、脱力からの一撃。

樺の右腕が、樋熊の眼を貫通し、反対側の眼を突き破っていた。


近距離ならば、回避は困難。まさしく必中の神速斬撃。

死しても尚、意志宿る肉体が腕を振るわせ、完全な致命傷を負わすまでに昇華された爪が、樋熊の眼を穿っていたのだ。

噛み付かれたのは、この為の布石。


故に、それはまたとない大きな隙となる。


「死ぬ順番を間違えるなと、あれほど……!!」


斑は涙を流しながら、瀕死となってのたうち回る樋熊の首に手を据え、振り上げる。

めきょり、と音が響くと当時に、白い靄のような妖力を纏った手刀が降り抜かれた。それだけで、樋熊は物言わぬ木偶と化す。


絶好の隙を、()に与えたのは、勇敢な()だった。


「馬鹿者……」


五百蔵は見ている事しか出来なかった事を悔いるが、この場で心に最も多大な衝撃を受けているのは斑だろう。群れに貢献して来た親しい姉弟だからこそ、その心情は見ていて居た堪れない。


親の仇を見るように鋭く、声に出して言わねばならない。


「オ、オオ、オォォ……」


沈黙を破るのは樋熊の方だった。

同胞を殺された事に気付いたのだろう。今まで五百蔵と相対して来た樋熊は、頭を振る動作の後、五百蔵を葬らんと飛び掛かって来た。


「貴様等……」


振り下ろされた腕を今持てる膂力で殴り飛ばし、絞り出すように問う。


「何が目的で、此処へ来た?」


殴った際に切った拳から滴る血を気に留めず、再度、反対から振り下ろされた腕を殴る。殴られた腕は有らぬ方へと向き、苦悶を感じているように後退る樋熊。そこから、暴れようとする樋熊の大将(あいて)を抑え込んだ。


「何を求めて、此処へ赴いた?」


樋熊は答えない。

代わりに、噛み付こうと頭を突き出して来た。


「答えんのか。言葉を捨てたか?」


瞬間、跳ね返すように頭突きを繰り出す。


「わしは、のう……」


ごきり、と相手の牙が数本折れる音が聞こえ、己の頭に刺さった事で額を伝う血が顔を濡らした。


身体が震える。

悲しみ―――もある。

怒り―――もある。



 もういいだろう。同胞は、この憤怒を察しているだろうから。



優しい、慈しむ、愛情、容赦―――それらを頭の中から排除する。


オレ(・・)は……なぁ……」


頭が憤怒を受け入れた。理性で以ってして憤怒を支配し、力へと転化する。

胎動する我が身をそのまま、本来の姿へと肉体が造り替えられる。しわがれた身体に、今まで封じていたものが溢れて来るのを感じた。


かつて神から生まれ、“地を揺らす者”を冠した暴力の塊。

子孫として受け継いだそれへ―――


『―――テメェみたいなヤツが、一番(きれ)ぇなんだよォォオオッ!!』


―――巨大な白い狼の姿へと。


長いので半分に切りました。五百蔵が遂にブチ切れ、本来の姿へ戻ります。

今回の犠牲者。

裂き熊と呼称された樋熊(名前は無い)

その他、白狼モブ


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