第一章・第五羽「脆い羽根」
気が付いたら少し長くなっていたわい。
栄養ドリンクを飲み干して、今までにない集中力を発揮。どんだけ(笑) いつもこうだったらいいのに……精進あるのみ、ですね。
その小さな烏、脆い羽根に込められたもの。
では、どうぞ。
美味い羊肉を堪能してから、雲一つない晴天な翌日。
「さて、修業と行こうか!」
「……へ?」
夜明けと共に告げられた唐突な五百蔵の発言に、寝ぼけたままの劫戈は素っ頓狂な声を上げた。
差し込む日差しは間を眩ませる。が、照り付けるほどでもない。それでも劫戈には非常に辛いものであった。
何せ、今までのこの時間帯は寝ている時である。彼の眼は開いていても頭が冴える事は無い。烏は鳥の仲間、その上位種である烏天狗も同じなため、仕方のない事だった。
突っ立ったまま、今にも閉じそうな重い瞼を持ち上げるも、欠伸の連発で余計に眠気を誘う。
「ふぁぁ~……眠いぃぃ~……」
「これ、寝るな。飯を抜きにされたいのか?」
「俺は烏ですよ、ぉぉ……」
ふらふらと、眠気の波に乗って頭という船が揺れ動く。
「しゃぁあないのう。昨晩、器量を測ると言ったのを忘れたか」
「んむ…………俺の……?」
言風を受けて波が傾いた。
そう、遡ると寝る前に言われた言葉。器量を測るという、劫戈としては突発的なものだった。
それが今、行われようとしているのだ。周りから偉大と称される者からの教授なのだから、今まで味わった事のないものとなるだろう。
そうだ。なにを甘えている暇がある。こんな機会を失って良いものか。
強くなりないという念は、凡愚が染み付いた劫戈自身、捨てていなかった。
故に、突き動かされた。
「―――はい」
すぐに了承した。甘えは許されないと思い出し、気を引き締める。
与えられた塒から出ると、複数の白い生き物が視界の中で横切る光景が飛び込んできた。
狼達が起き始めた辺り、皆の起床時刻なのだろう。通り道の隅で、朴がさり気無く長に対する挨拶として頭を垂れていた。
「行ってくるぞ」
「御気を付けて。劫戈も、な」
「おはよう、朴。行ってくるよ」
朴と挨拶を交わして、五百蔵に続く。
五百蔵に連れられた劫戈は朝飯を取る事もなく、すぐ近い縄張り内の森へ向かう事となる。烏故に、朝に弱い彼は早朝の眠気に耐えながら後を追った。
「榛が飯を作るまでじゃぁ。戻ったら食う事になる」
「はい」
最初は辛い様子の劫戈だが、活力源たる朝食は事を終えてから榛が用意するとの事で、当然ながら御預けである。軽く返事だけして、二人は寝床を離れて行った。
木々が生い茂るところまで進み、行き止まりかと思いきや、林の中へ入り込んで雑草が倒れた獣道を直進。五百蔵は見当も付かない場所へ案内させる気だった。
「……?」
不安げに周囲を見渡しながら後を着いて行くが、老練な五百蔵の事である。何かの算段があっての事だろうと、劫戈は回らない頭でそう判断した。
そう思っている内に案内されたのは―――
「ここじゃぁ」
「おぉ……すごい」
修行場と称する、手を加えて一変させた場所だった。
林の合間を爽やかな風と共に通り抜け、太陽の光を遮る事は無い。林の中なのに、あらゆるものが直に入り込む不思議な空間だ。
切株が無数に並んだ地へ来た二人は、丁度良い台として切株に乗り立って対面する。
そこは、修業の場。雑草一本も生えていない切株だけの場所。まるで遮られた別空間のようだった。
さて、と一つ間を置いて、五百蔵が切り出す。
「始めようかのう」
「……どんな修業をするんですか?」
「うむ、簡単じゃぁ。妖力を操ってもらうのじゃぁよ」
「は、はぁ……」
期待を込めて問うたものの、五百蔵の大層な事ではないとでも言える態度に、劫戈は微妙な返事しか返せなかった。
「妖力を、操る……ですか?」
どう考えても初歩じゃないか、と唸る劫戈の反応は当たり前だった。
妖力とは、基本的に妖怪の在り方を決める源である。各々の意志や思いに応じて起伏し、その強度や濃度が変化したりする力なのだ。
妖力は妖怪の力故に、持ち主の意のままに操る事が出来る。一点に集めて向きを持たせて放ったり、膜にして広げ纏ったりと、妖力はそのような多様さを見せる。妖怪によって様々だが、五百蔵は、極めれば基本どんな事も出来ると言う。
これを前提にし、操る修行を行うとの事だった。
はっきり言って遍く妖怪が笑い飛ばすであろう。そんなの初歩である、と。
「初歩でもあるが、されど侮るなかれ。意味はあるのじゃぁ」
「でもそんな、ただ操る、と言われても……どのようにすればいいんですか? 俺は成功した事がないので、出来るかどうかなんて……」
「むぅ? そう、か……。まずは手本でも見せようかのう。そうじゃなぁ…………お? あれが丁度良いのう」
五百蔵は劫戈の疑問に、顎に手をやって暫し考えると端に立つ木に向かう。
ひょい、と一っ跳びで、瞬間移動の如く近付いた。
「き、消え……!?」
「たとえば……このような、のう」
五百蔵は劫戈の驚きを余所に、目当ての木を指差した。
それは、劫戈の胴体よりも太く大きな木。天に向かって立派に生えた緑の象徴は、五百蔵よりも何倍も十倍も高かった。
そんな木に対して、五百蔵は人差し指で軽く突く。
「よく見ておれー」
瞬間―――触れた木が弾け飛んだ。
「―――は?」
木片が頬を掠め、夢などでなく実際に起こったと理解させた。
未だ生命が宿っている証を残した木葉が、風に乗ってゆっくりと落ちていくのが解る。無理矢理に力が込められて、痛々しく損壊した木の音が耳に残っている。
あまりに衝撃的だった。幹も、根も、木を構成する全てを―――跡形もなく爆散させたのだ。
実に呆気なく、そして恐ろしい行為である。
そんな馬鹿な、彼の胸中はこれ一つだろう。
触れただけで木が粉々に爆散するなど、誰が予想出来ようか。言葉で表すのは簡単だろうが、劫戈にはそんな出鱈目が出来てしまう事が信じられず、ただただ驚愕していた。
「木が……え、そんな……」
「わしくらいになると、これは朝飯前になるのじゃぁ。まぁ、危な過ぎてお前さんには教えられんがのう。どうしても、というなら―――」
「覚えたくないですっ!」
「うむ。賢明な判断じゃぁ。それで良い」
関心ものじゃぁ、と頷く五百蔵を見ながら、実直に返答した劫戈の背には冷汗が伝っていた。
「何故見せたんですか」
「先達の芸くらい見たいじゃぁろう?」
「…………」
「くっくっく……」
五百蔵はその様子を、喉で笑う。
劫戈は思わず血の気が引き、己もいずれああなるのか、と慄きながら息を呑んだ。
「気を取り直そう。緊張は解れたかのう?」
「ぁ…………御蔭様です。有難う御座います」
「良い、良い。構わん」
五百蔵は更に笑って返した。
無意識だろうか、劫戈も釣られて口元で小さな笑みを浮かべていた。この老爺、子供を十全に解っている、と劫戈は内心で驚く。
「まずは言わせてもらうぞ……お前さんは妖力が極端に少ない。そこで、じゃぁ……。一番効率の良い方法で鍛えようと思ぅとる」
「……それは、どんな方法なんですか?」
「これじゃぁ」
劫戈の問いに、五百蔵の両手が彼の眼前に突き出される。それは何かを持っているようで持っておらず、掌間の中央で細く光る何かがあるだけだった。
「これは……糸?」
「そう。お前さんにはこれをやってもらう」
「糸を妖力で作れ、と……?」
「うむ、まずはやってみよ。間違いは途中で指示を出すからのう」
眼を凝らせばすぐに解る、蜘蛛の糸と見紛うほどの細い糸を、五百蔵は作れと要求する。
修業の内容は、単純明快。掌間で妖力を注ぎ込んで細い棒を作り、更に細くして糸にしていくという作業で、実に単純としか思えなかった。
「ふー……。よしっ」
余計な事は忘れ、気合を入れて励む事にする劫戈。
彼の少ない妖力が、腕を伝わって掌へ。集まる黒い何かが掌から溢れ、燐光となったそれはどんどん線状として密集していく。
だが―――
「あ……」
糸が出来る前に、太いまま捩じ切れた。
これが、この修業の落とし穴である。
一見、聞くと単純な行為ではあるが、それが真に意味するのは妖力制御の精密さを要求する事。たかが小さな妖怪が見様見真似で簡単に出来る芸当では、決してありえない。
故に、二度目は細過ぎて切れた。
「っ! まだ……っ」
「待たんか。そんな一度に多く注いでは逆流する、急いてはいかん」
「は、はい……」
しかし、今度は。
「力むな。肩に力が入り過ぎておる」
「こう……?」
「指に力を込めるな? 手の腹で良い」
「……!」
すぐに直せと指示が来て、すぐに指示通り実行する。
なんと厳しく、なんとも嬉しい指導だろうかと誰もが思う事だろう。弱小妖怪ならば、各々が畏怖し憧れる大妖怪が自ら細かく教えてくれるのだから、劫戈の熱心な食らい付き様も当然だろう。
まだ、と意気込む中で、今度は破裂する。
(……落ち着け。焦っちゃ駄目だ!)
己に存在する小さな力。己の力にして、己を器とする妖怪の象徴。
ただ集中するのみ。引き出して、両腕へと持っていき、ゆっくりと手と手の間で繋ぐ。
「……よし」
手への経過から繋がったなら、今度は細くする作業。
これに最も集中力を要する。決して欠いてはならないものだ。
「―――っ」
指の細さまでは順調だが、それ以降がどうも上手くいかなかった。
ぐにゃり。
妖力の棒が、無視するように乱れて揺れ動く。引き延ばして余分な量を腕へと戻していくものの、言う事を聞かない。己の一部でありながら、なんとも反抗期な事か。
髪から滴った汗雫が、黒が―――。
「うぐっ」
―――霧散するかのように弾けた。
何故、少ない。何故、言う事を聞かない。何故、俺だけ。何故、何故、何故、なぜ、なぜ、なぜ、ナゼ―――。
ぶわ、と汗が噴き出す。
額には玉のような汗が浮かび、凄まじい疲労感が身体を駆け巡った。重くなる身体が、それを自他ともに伝える。
「つっ。はぁ……はぁ……」
「ふむ……」
それでも、再度妖力の糸を組み上げる―――千切れ、棒が出来て、千切れ跳ぶ。
「―――ぬ……?」
それでも、と懸命に励む劫戈を見守る中で、五百蔵は何かを感じ取る。普段前へ垂れている耳が微動した。
「えっ? な……何か拙い、ですか?」
「む……おお、相済まぬ。なに、茅も修業しておるようでな。少し気になってしもうたのじゃぁ」
「―――っ。……茅君が?」
「気にせんで良い」
「……はい」
茅の事に関して露骨な反応を見せた劫戈だったが、五百蔵からの一言で気にしない事にした。
それ以降から何度も続ける劫戈だが、線の出来は区々で雑。最終的に千切れる事を繰り返した。
そんな時、見かねたように五百蔵が口を開く。
「のう……お前さん、前にこれと似たようなものをやった事があるなぁ?」
「うっ……!?」
五百蔵の確信の籠った指摘に、劫戈はびくりと反応する。
これ、とは言わずもがな。本来ある筈の戸惑いがない事から見事に見抜かれた。
生まれもしない戸惑いの無さは、五百蔵の指摘通り。別に恥と言う訳ではないが、劫戈はどこかで迷っている節が見受けられていた。
どうしてそれを、と賢明な顔を焦りと驚きに切り替え、五百蔵の静かで長く待つ問いに口を開く。観念するように、吐き出すように。
「……前に何度か、試した事があって……。でも、糸を作るのは、初めてです……」
「なるほど、道理で……順応が早いわけじゃぁのう」
納得する五百蔵は、一時中断して息を整える劫戈を見た。彼の灰色の隻眼には、期待が半分、焦燥が半分混じった雑念が浮かんでいる。他にも、根付いた曇りがあった。
「……今日はこれで良いじゃろう」
「え? 五百蔵さん……?」
「さぁ、飯じゃぁ。食べに行こうかのう」
まだ始まったばかりだと言うのに、突然の中断を言い渡す五百蔵。
困惑する劫戈を促し、五百蔵は顎に手を添えて朝食を取りに戻るように言いつけた。
「疲れたじゃぁろう。明日に向けて、今日の反省を考えておくのじゃぁ。発展経過を見る」
「は、はい……。わかりました」
お天道様は、いつも通り過ぎて気味が悪い。
その日は、五百蔵は劫戈に特に何もさせず、暫し考えると伝えられて、ただただ夜が明けていくのだった。
◇◇◇
「今度は緩い。力を籠めろ」
「はい!」
翌日明朝、昨日と同じ場所。
五百蔵は劫戈の発展経過を見て、指示を飛ばす。
同時に、思考に耽っていた。
考える内容は勿論の事、はぐれ烏こと、木皿儀劫戈である。
彼の妖怪としての弱さは、実力主義の世の中では底辺でしかなく、逆らうなど出来はしなかっただろう事は、劫戈の話や性格で判明済み。
烏天狗の長である射命丸津雲の方針は、“強き者で在れぬ者は不要”を掲げている。劫戈が追放されたのは定めであり、覆しようのない彼自身の弱さが元凶。
この弱さと先日の焦りを見れば、五百蔵はその理由を思い至り、長らしく頭を捻る事となった。
劫戈は一見、大人しい良い子に見えるが、内面でも冷静を装ってはいるが、荒れて消耗しているだろう。考えれば、十分に思い至れる事。
(ああいう子は、良くも悪くも怒りを溜め込みやすい。故に、危うい。そろそろかのう……)
劫戈は耐える子供であるが、同時に脆い面をひたすら隠す傾向にあった。初見から向き合っていたからこそ、言動と思考の把握が容易である。
既に五百蔵は、劫戈の在り方を看破していた。
心の在り方は、少し不安定。されど打ち込む姿勢は好ましい二律背反。
危ういと言える心境があり、それ故の焦りがある。
彼は大物になってくれる気がする。芽吹いた期待感が、底知れぬ何かがあるという思いが膨れていく。
だが、先の焦りが邪魔をする。子供には、明らかに悪影響なものだ。
ならば―――
払拭せねば、と考え始めた傍ら、彼の千里眼に雪色が入り込む。
(ん? ふぅむ……お前もか)
五百蔵は呆れ返って、それを齎した者を見やった。
彼の眼は千里眼なる特殊なもの。かつて、妖怪を極めた先に会得した慧眼。
実際の眼に映る修業場の風景と、眼にしていない塒近辺の様子を見る事が出来ていた。
榛に一言伝え、そのまま早歩きで塒から離れていく一匹の人妖。
思考の渦から戻った五百蔵の矍鑠とした赤い眼に映ったのは、いつものように修業場へ向かう、干し肉を咥えた若い曾孫の後ろ姿。ここの所、仏頂面しかしていないのが顕著だった。
「……修業どころではないのう」
全く、と内心で愚痴を吐きつつ、はぐれ烏に眼を向け直す。
間違いなく引き摺って、心中を窘めている。それが今の両者だった。初日以降、会っていなくとも、互いに己を諌めているのが丸解りである。
丁度、頃合いか。
「さて……劫戈よ。一度止めて、わしと話そうかのう」
「……え?」
五百蔵は、二人の懸念を払うべく切り出した。
◇◇◇
日差しを受けて緑が反射し、嬉しそうに木々が天を昇る。
その逆も然り。対する日光は、それを是とするそんな彼等を助長させるべく、静かに佇む木々に降り注ぐ。耳を澄ませば川の音や小鳥の囀りすら聞こえてくるのも、いつもの後景だった。
そんな生い茂る林を背に、一人開けた場所で揺れ動く者がいた。
雪色の耳と尻尾を携え、紅い眼で前に置き据えた丸太を睨む少年―――茅。
彼は白の纏いを装い、機敏に拳を前へ弾き飛ばす。半袖に通された腕が、視認できない程の速度で、何度も繰り返した。
「……ッ!」
突き出した拳が空を切り、全身の肉を伝った汗が散る。
汗が地に着くまでの間、そこにあった風が唸りを上げて弾き飛ばされ、風切り音が響いた。
「―――はぁッ!!」
瞬間に次撃、右から左の拳へ切り替える。
早業というよりも、彼にとってはそれが当たり前の速度で繰り出されていた。膂力が余す事無く引き出した上で空気に叩き付けられる。
轟、と周囲に伝播する。その後、汗一滴が地に落ちた時、事が終わっていた。
僅かな間を置き、―――派手な音を立てて、丸太が石を割ったように砕かれる。下半分は衝撃に耐えられずに横に倒れ転がり、上半分は小さな木片となって勢いよく宙を舞った。
彼の前方にどっしりと構えられていた丸太は、彼の胴体並みの太さである。
拳を直撃させた訳ではない。拳には風を切る程度の負担しか掛けられていないのだから。
「よし、上出来だな……」
そう、拳を突き出した際の拳圧で、ものの見事に砕いていたのだ。
まだ若いながらも日々を練磨に注いでいる茅は、今日も数百を超えた回数を熟している。故に引き締まった肉体は、次代の若者らしい頼もしさを備えて、このような事も平然と行えた。
「ふう……この辺でいいか」
溜息一つ洩らし、傍に置かれた丸太の上に茅は腰掛ける。一時の休憩を取ろうとした時、不意に、気に入らない男を思い出した。
(木皿儀劫戈、か……)
五百蔵が連れて来たはぐれ烏。ここ数日間、五百蔵に連れられて力量を測る日々に明け暮れていると言う。
若手の中で年長の彼は毎日の修業を怠らないが、奴も奴で怠るどころか食いつく姿勢を見せたと、様子見に行った姉から聞かされた。それは好ましいのだが、個人的には烏に長が教え込むと言うのは些か行き過ぎているのでは、と考えてしまう。
他の者が立ち会っても気まずく円滑に修業出来ないというのも頷けるが、やはり長が出るほどの事ではないだろう。とはいえ、他にやりたがる者はいないのも事実。
だからこそ、長の五百蔵が直々に教授しているとの事だった。
「烏の癖に……」
実に面白くなかった。いきなり現れた者が、怨敵の息子で、尊敬する長に見込みがあるからと言われては。
「所詮は烏だろうが……何を仕出かすか解ったものじゃないのに。……くそっ」
これは己が嫌う嫉妬なのだが、やはり認めたくない気持ちが強かった。なんとも苦しい二律背反。
姉は許した。長も許した。では、己は―――。
「チッ……苛立つなぁ……」
舌打ち、顔を顰める。
本当は知っている、劫戈に罪はないのだと。それでも木皿儀の血を継いでいる者を許す気にはなれない茅は、どうしても認められなかった。
五百蔵の教えに従い、修業中の身に私怨を混じるのを嫌う彼は、邪念を払おうと立ち上がった。
「滝行でもやるか……―――あ?」
川を上った先にある滝へ向かおうとしたところで、瞠目した。
眼に飛び込んでいたのは、先程まで罵っていた対象だったからだ。
男の子らしい短さで、ぼさぼさな上に汗でやや濡れている黒い髪。同じく、腕くらいに長い黒一色の羽根。閉じられた右眼の跡は、外見的にも喪失させるだけでなく、蟀谷から上に向けて刻まれた痛々しい裂創跡の中央に晒されている。
姉の榛によって新調された衣服は、烏天狗の麻衣裳ものではなく、白い狼一族独特の白い布へ変えられている。
言うまでもない、木皿儀劫戈、その烏。
何かを決心したような眼で見てくる彼は、茅を唖然とさせた。
「お前、何しに―――」
「俺の……」
来た、と問おうとしたが、先に言われて遮られる。いきなり来てなんだと思う茅だが、子等の年長者としての矜持故に怒鳴るような事はしない。
「俺の話を聞いてくれませんかっ?」
「……はぁ?」
真面目な内容らしい劫戈に対し、茅は頓狂な声を上げて戸惑った。
ようやく、劫戈の実力が公開出来ました。
当初は、劫戈と茅だけの視点にするつもりが……何故か五百蔵の視点が入っていた。集中していた筈なのに、意図していないのに入り込んだ。―――流石、五百蔵。大妖怪パネぇ(アホか
今回のお披露目はこんなもんですね。では、次回もお楽しみに ……。( -_-)ノシ




