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東方捨鴻天  作者: 伝説のハロー
第一章 誇り高き爪と牙
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第一章・第四羽「其は烏」

眠い……。

さぁて、今回の捨鴻天は―――秘密の一端を垣間見る……!

では、どうぞ。


私の仔が泣いていた。


私の愛おしい仔たちが、嬲られ殺される。

何度も生まれて、それを繰り返し、繰り返し、繰り返す。


賢く翼を強めた者、水地の恩恵を蓄えた者、闇の化生に堕ちた者。


我が身の自由が利けば、救えた筈であろうその命。


私は強かった。ただ喰らい殺す事を求められて生まれたから。

だが、それだけでしかなかった。強いだけで、護る事は出来なかった。


何度も己の無力さを噛みしめ、祈る事しか出来ない我が身。


唇を噛み千切り、血涙を流して幾星霜。

我が仔を如何にして救うかを考え、考え、考えた。


そして、思い至った。

我が愛し仔等を護る為のそれは、しかし博打に近い方法でもあった。


選ばれた者は私の名を継ぎ、『永劫の干戈』となる必要があるから。


―――それでも、諦められる筈はない。あり得ないし、選り得ないのだ。



――――――



それが今、遂に生まれ、地に立った。愉快だ、歓喜だ、狂喜だ。

これを待っていた、待ちに待ったぞ、愛し仔よ。それを保てる器、我が現身、我が愛し仔よ。


この■■(わたし)を許しておくれ、そして生まれてきてくれて、ありがとう。

何者に承らなくとも、私と彼女はそなたを祝福する。絶対に、賛辞を持ってして讃えよう。


「生きてくれ、私の愛し仔よ。―――私を継ぐ者」


どれほどの苦難であろうとも、この世にたった一つだけの羽根を授かった汝は―――。




光の輪が、悲哀を募らせる。己の焔を滾らせ、佇みながら哭く。


悲哀漂う彼の者はそれ(・・)を見て、瞠目してから―――微笑んだ。




◇◇◇




尻もちを着いた、異なる出で立ちの少年二人は唖然とし、雪色のその姿に見入った。

一方は美しくも儚げである背中を、一方は許せない相手を庇った姿を。互いが挟むような形で、視界に入って来た。

そこには、雪色の女狼―――榛が、小さな烏と己の弟の為に立って、そこいた。


「茅。彼―――劫戈君は誰も殺してはいないわ。彼を恨むのは筋違いよ」


榛は言い聞かせるように口を開いた。姉として、大事な弟を気遣う姿勢で諭すように、至って穏やかに。歳の離れた弟である茅を制するべく彼女が立ちはだかる。


「私達の両親を殺したのは木皿儀の血族ではあるけれど……この子ではないわ。正確には、彼の父である日方という男。歳から考えれば、劫戈君が生まれて間もない頃の筈だし……何より、彼は今までその事を知らなかった。彼は恨まれる子ではないのよ」

「木皿儀……日方、ぁ? そいつの父親が、殺した……?」

「そうよ」


信じられないといった茅と、理解して冷静でいる榛の問答。

叩かれて赤くなった頬をおさえて、詰め入るように訊ねる茅は立ち上がって歩む。それに反応して劫戈も釣られるように立ち上がり、どうなるのかを見守った。


「確証は……あるのか、姉さん。嘘をついているってことは?」

「私は彼を信じる事が出来たわ。知らなかった烏の内部事情も知れて、殺された意味も納得したから。……貴女もちゃんと、彼と話してみなさい。きっと、解る筈だから」

「俺は……―――違う、そうじゃない! 俺は、姉さんは悔しくないのかって言っているんだっ!」


それでも、削がれぬ勢いに、劫戈は思わず後ずさる。

憎しみを宿した仇敵を見る眼が劫戈に突き刺さって、視線を逸らさせぬ磔を呈した。逃げ場はないと、言わんばかりに。


「義兄さんが、帰ってこないんだ! 今まで……俺達がどれほど苦しめられた事か!」

「―――私だって!! 忘れてないわ……!」


言い返した榛の声は震えていた。穏やかに返していた榛は、抑え込んでいた感情を御し切れなかったのだろう。泣き出す一歩手前の表情をしていた。


一度締めた心の蓋は、完璧とは言い難い。封じ込めた封が開け掛かっているのが、ここまで観ていた劫戈でも十分に見て取れた。


(やっぱり……)


劫戈の中で暗い影が出来るのは、榛の泣き顔を齎した正体が己と関係している事にあった。彼はそれを解っているし、榛の気持ちを知ったからこそ、酷く心が痛んだ。


「あの(ひと)が、帰って来ないのは……来ないのは―――」

「もう良い、榛や」

「っ……おじいさまっ……」


いつの間にか、五百蔵が榛の隣にいた。

込み上がった愛別離苦を必死に抑える榛を、五百蔵はその寛大的な腕で抱擁する。すると、榛は堪らず、しがみ付いて嗚咽を洩らし始めた。

その場で(くずお)れる榛を、五百蔵はゆっくりと抱き抱えて、あやすように撫でてやる。その様子を大人達と狼達は心配そうに、気まずそうに見守っていた。


「―――茅よ。お前も、もう良い」

「……。わ、かりました」


歯切れが悪そうに頷く茅は、立ち去ろうと歩を進め、劫火の前まで近付いた。続いて怒りの眼差しを向けたまま、劫戈と同年代の顔を酷く歪める。


「劫戈と言ったな。確かにお前は殺してないんだろう。だが、お前の父親は、殺したぞ」

「お……俺は―――」


非難めいた言辞が、劫戈を捉えて離さない。日方が齎し、根付いた遺恨は簡単には消えない事が、劫戈の身に染みていく。

その憎悪が向けられた劫戈としては堪ったものではない。怯えるように、小さく呟くしかなかった。


「……やっぱり認められねぇ。お前だってあの烏の子供の一人なんだろうが。ここに来たのは、本当に偶然なのか? 彼奴らの仲間なら……間者か何かなんじゃないのか?」

「ま、待って……誤解しないでくれ。俺は、何もそういう事でここに―――」

「劫戈よ。お前さんは返答してくれるな。ややこしくなるのが眼に見えている」


言葉で割って入った五百蔵からの注意を受け、劫戈は口を閉ざす。穏やかさが消え去ったこの場で、顔も向けない事もあり、蛇に睨まれた蛙の如く縮こまった。


「なんで庇うんだよ……! なんで俺達の、白い狼の群れ(ここ)に、烏がいるんだ! 明らかにおかしいだろう! まさか、アンタに限って、言葉巧みに騙されたっていうのか、五百蔵爺さん!!」

「それについては、わしが、ここにいて良いと許しただけだ。騙されている事は無い」

「なっ―――正気か、五百蔵爺さん……!? こいつは、あの(・・)っ! 木皿儀の血族……射命丸の意志(・・・・・・)を色濃く継いだ汚い血族だぞ!?」


「―――……!」


ぐらり。

蔑まれた事だけでなく、後者に入っていた言を受けて視界が歪んだ。



なんだと、どういうことだ。射命丸の意志とは何だ。自分は、そんな事を知らない。



光躬、空将、津雲―――この三名の誰かに当て嵌まる事なのは確かな事なのだろうか。茅が言った事が頭の中で反芻されていく最中で、ひたすらその意味を考える。


総意か―――それは否。

であるならば、否定的な光躬、厳しさを感じ得なかった空将の存在が成り立たない。二人は除外対象になると仮定する。


木皿儀は現状、射命丸の右腕的存在の血族だ。主な行動として長の補佐に回り、群れを治める中で常に強者共を集めた精鋭を率いては他種族に己等の優位性を見せる。常に上位種である為に、外敵から群れを護る抑止力となる為に。


では、何故に榛と茅の親類を殺したのだろうか。


優位性を見せるという事もあるが、その必要があっただろうか。完膚なきまでに痛めつければ、それだけで済む場合も実在する。痛めつけられた者達が、周囲に口頭で注意するによって抑止力が強まる事もあるのだから。死んでしまってはその強さが明確に表れて来ない事もあるのに。


殺す必要など、必要はなかった筈だ。

いや、その必要はあったのだろう。現に犠牲となってしまっている。


―――では、何故か。


その答えは最も単純で、もう目の前にある。探す必要はなかった。

劫戈はすぐに解った。血肉を与えられた者だからこそ、理解に至ったのだ。


「―――……っ」


結果を考えた末、答えに至り、寒気がした。

息子すら手に掛けようとしたあの男なら、殺りかねない。つまりは傲慢さ故の誇示。たった、それだけの為にこんな事態が起きてしまった。


仕方がない事なのだろう。烏天狗は、他種族との小競り合いが大きくなった世を、巧みな情報網で逸早く察知している。


曰く、海を隔てた大陸の強力な妖怪が攻めて入って来た。

曰く、風水が妖怪の対抗手段として注目されるようになり、より浸透し始めた。

曰く、猛威を振るっていた大妖怪が、人の皮を被った怪物に敗れて死に体で北に逃げ込んだ。


―――等々、群れを持つ者達を震撼させるには十分だった。


それらを知るに至った故に、急いた対処で、遺恨が広がっていった。それが、五百蔵の群れに過剰な被害を齎していた。

そんな謂れ因縁を、劫戈は深い思案の中で思い知る。


だから―――







「―――烏天狗は、貴方たちの怨敵なんですね……」







その一言が―――場を鎮めた(・・・)


劫戈の言動は無意識(・・・)だった。

それは非常に妙で、形容し難いもの。憎悪を、糾弾を、受け入れたような情の深いもの。小馬鹿にするようなものではない落ち着き払った言辞。


「―――!」


劫戈自身でもそれに驚き、瞠目した。

己だけれど、己ではない何かが、どこか高みから呟いたような気がしてならない。思わず出た言葉にしては、清浄過ぎていて困惑ものだった。


(―――俺は、今……何を言った……?)


音が消えた感覚。澱んだ空気が澄んでいく。

その場の誰もが思った事だろう、青い空が降りて来たようだ、と。無数に広がった温かさが、その場に居合わせた者達に染み込んだ気がした。


「お前……何を……?」


劫戈が己に何か施したのか、相手が困惑しているのか、茅は甚だ疑問に思う。

先程まで吼えていた彼は先程の憎悪の眼を無くし、怪訝さを纏うものとなっていた。そう、まるで最初から恨んでなどいなかったように。

それは涙を流していた榛も同様だった。曾祖父である五百蔵の胸に埋めていた時、押し寄せていた悲しみが忽然と失せていた。それはものの見事に、綺麗に抹消されたかのように。


「俺は…………」

「劫戈君……今、何をしたの?」

「―――お前さん、今のはなんだ? どこかで会った御方に近いような気がする……。何をした、何故じゃぁ?」


「え……え?」


榛と五百蔵に問われても、劫戈は答える事が出来なかった。それは当然だ。

自分で言ったのか酷く曖昧で、無意識にしては何かが違うもので、どこかがずれていた。


それを見抜いた五百蔵は深入りせず、無理矢理納得する事で幕を閉じる事とする。


「……ふむ―――なるほど、無自覚か。まあ、良い。……皆は仕舞いじゃぁ、仕舞いじゃぁ!」


手を二度打ち合わせ、それが解散の合図と捉えて、狼達は各々の塒へと散って行く。人狼の者も最後まで気に留めていたが、親族と思しき狼等を連れて戻って行った。


「お前さんらは残れ。頷き通すまで話そうぞ」


暫くが経ち、火元に()べた薪が弾ける音のみが駆け抜ける。

未だにその場に居続けるのは、五百蔵と茅。そして、劫戈と榛に朴。火の明かりを受けながら、火元を囲うように座り込む各々は、去って寝静まった今、身体を温めていた。


「すっかり、気が削がれたのう。茅、続きはわしとで話じゃぁ」

「ああ、納得出来る答えをくれ」


先達と若き者の瞳が交差する。反する、老い故の落ち着きと、若さ故の慌てるような勢い。

二人は一対一で話す気でいるらしく、三名を残して対面して語りだした。


「……俺はどうすれば?」

「では、我らと。劫戈よ」

「ぁ……朴?」

「そっとしておくのが賢明な雄の判断だ。拗れるのは避けたい」

「……っ。そうだな……」


話の最中にも口を挟むな、と言われたばかりな劫戈。

群れには群れの方針があり、長の言葉は絶対だ。寛大で壁を作らぬ友好的な姿勢の五百蔵が、豹変したかの如く厳としたのだから、余計に遵守されるべき事であった。


「榛殿も、それでよろしいか?」

「ええ、黙って聞いていましょう」

「……ですね」


三者は、五百蔵と茅の問答を見聞きし待つ事とした。


今宵を見守る星は一つ。


そして、横に光輪が一つ。それは確かに、小さな烏を見て―――微笑んでいた。



――――――



茅は五百蔵の話を聞いては、何回か、聞き返す事を繰り返している。それに含まれるのは、機嫌が悪そうな表情と言動。食いつくように、真実と理由を一緒に話す五百蔵へと耳が注がれる。


「―――その理由は?」

「その前にこれに至るまでの事を話そう。―――劫戈の父、日方は……津雲の親友に当たる男の息子なのじゃぁ。津雲も十分過ぎるほど厳格な男だが、奴……劫戈で言う祖父はそれ以上でな。婆さんやわしでも拱くほどに高圧的な男じゃぁった。息子たる日方は鏡写し、と言えばよかろう」

「……それで?」

「ふむ。……長の右腕。群れの方針に口出しでき、最も他種族を殺して回っている者。十分過ぎる事じゃぁ……。彼奴が日方を右腕に置いたのは、兄の道を踏襲しているからだろうて。―――これで十分に解るかのう?」

「ああ。……日方は、傲慢……なん、だな……」


茅は怒りで震えた声を洩らした。


息子の劫戈を甚振った事実を知った時から、理由に至ったと語る五百蔵。そんな彼からの詳しい話を聞いた茅は実直に信じた。だが、ここで終わりとはいかない。


「殺され掛けて、五百蔵爺さんが助けた……と、いう事だな?」

「然りじゃぁ」

「そうか…………確かに恨むのは筋違いだったな」


無表情で呟く茅だが、瞑目の後に、強い意志を宿す紅い瞳を見せた。


「―――だが、信じるかどうかは別だ。烏天狗なんだ、信用に価する行動で示して貰わなくちゃ俺は信じられない」

「うむ。それで良い」


鵜呑みにせずに己で確かめるといった風の茅を、感心したように頷く五百蔵はそれで言葉を切る。

そして、あらぬ方へ顔だけを向けて、ほうと吐息一つを洩らした。


五百蔵の視線の先には―――隣山。烏天狗の根城。

それを睨み、老いを思わせぬ彼の眼が細められ、今まで見せなかった恨みの籠る眼を見せた。

周囲の劫戈達は、思わず身震いしたと思うと、各々が戦慄した。同時に悟る―――はやり、と。


「日方―――思い起こさせてくれよるのぅ」


―――ドン。


両肩に何かが落ちて来た。何が起きたのか、劫戈には解らなかった。


「ああ、そろそろ……重い腰を上げねばならねぇか」


一瞥して己の肩を確認するも、やはり、そこにはなにもない。故に、察した。

低音の重みが圧し掛かるのが解る。籠められたのは、果たして恨みか、怒りか―――言わずもがな。


「―――首を洗って待っていろ、塵芥(ゴミ)が……」


温厚な者ほど、怒ると恐ろしい。

口調が別人と成り掛けている。矍鑠さを通り越して、今にも喉を噛み切ってしまうようだった。


「―――っと、すまぬ。大人気ないのう……」


あっという間に、重苦しい空気が霧散した。

切り替えがうまいのも大妖怪だからだろうか。けらり、と心配させまいと笑った。


(……五百蔵さん)


長として、恨んでいるのは当然だろう。

かつて群れにいた末端として、複雑な心境である。劫戈は、内心でその気持ちを抑えていた。



ふと、仰ぎ見た空。黒の帳は、静かに己等を包み込んでいる。


今宵の夜空は、星一つしかなかった。



今回の話の要点はズバリ、劫戈の『兆候』。

そして、新しい作品の足場がさらりと誕生。怪物が云々です。実は案を温めています。


次回予告―――途中で茅君の視点へ移ります。(え、これだけry


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