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人を喰い 生き血をすする鬼達はいる

はじめに

この小説は、実際に起きた事件を情報を下地にし、創られた物語であり、実際の人物、会社、団体などとは関係ありません。


1954年東京、有楽町。

「怪獣か…」

男は、高架下に貼られた映画のポスターを凝視した。

それには巨大な怪獣が牙を剥き、東京の街を破壊している様子が描かれていた。

だが、男の鋭い眼差しの焦点は、ポスターの恐ろしげなモンスターを突き抜け、その裏に秘められた平和への願いに向かっていた。

映画では、ジュラ紀の巨大怪獣が、水爆により太古の眠りから目覚め、日本を壊滅の恐怖に陥れる。

映画は架空だ。しかしこの時、実際に恐ろしいモンスターが世界を覆い尽くそうとしていた。

映画の中の水爆実験が、実際にアメリカによって行われていた。

唯一の被爆国で有る日本。その被爆国の漁船「第五福龍丸」や多くの人々がアメリカの行ったビキニ環礁の水爆実験に巻き込まれた。地域住民や多数の人が被爆しついに死者まで出た。原爆と放射能の恐怖が、世界中を駆け巡った。全世界の人々の心に、生々しい戦争の恐ろしさが、広島、長崎の悲惨な記憶が蘇った。そして、東西冷戦が加熱する中、世界中で多くの紛争、対立が起きていた。

いつ世界を滅亡に追いやるモンスターが使われるか、予断を許さない状況だった。

「第五福龍丸事件」は、まさに人類滅亡のカウントダウンの開始だった。

当然、日本を中心に反対運動が起こり、世界で反原水爆運動が巻き起こった。そうした潮流、願いからこの映画は生まれた。

「簡単だな」

男はモンスターの不気味な目を睨むと薄笑いを浮かべ、ゆっくりと踵を返した。

男の前には、文明を象徴する街路灯の光が並び、闇の中に幾つもの構造物を浮かび上がらせていた。整然と並ぶビルの壁と一直線に伸びる路面に反射する光は、戦争の悲惨な過去を忘れさせ快適な未来を暗示している様だった。数年前まで残っていた戦火の跡はもうそこには無い。男は、背広のポケットに差し込んでいた大日本新聞を手に取り、大日本の社名がハッキリ見える様に持ち直すと、通りに面したビルの2階にある喫茶店に入った。

窓から復興した有楽町の街並みを照らす灯りが綺麗に見え、客の多くが窓際の席に座っていた。だが男は、窓には眼もくれず奥にある席を目指した。奥には金髪で明らかに白人と判る背広姿の大柄な男が、他の客と離れて座っていた。

白人の眼の動きから、入って来た男とは面識はないようだったが、手にしている新聞を見つけると立ち上がり、席を後にした。男は、白人が出て行くのをまるで確認する様に、白人の座っていた席に一瞥をくれると、その向かいの席に座った。

男は、コーヒーを注文すると、新聞を広げた。反原水爆運動の記事と第五福龍丸の関連記事が一面を飾っていた。男は、そこには眼もくれず共産主義の台頭を危険視する社説の「反米運動の危惧」を一字一字拾い読みした。

社説は、米国の庇護下にある日本に、隣国の共産主義が浸透すると、復興に悪影響があり、日本を舞台にした資本主義と共産主義の戦い、戦争が起こる危険性が増大すると言う内容の物だった。

この記事を読み終わると、男は喫茶店を出た。男は、ビルの裏に広がる繁華街をぶらつく様に歩くと、一軒の寿司屋に入った。男は、店主に会釈するとそのまま奥の座敷に上がり込んだ。そこには、すでに先客が座っていた。胡座を崩し、慣れない様に座っている先客は、喫茶店を先に出て行ったあの白人だった。

「先崎さん」

白人は、笑みを浮かべ男に手を差し伸べた。

「お待たせしました」

男は、白人の手を握り、軽く会釈すると向かいの席に座った。二人が日本語で会話したのはここまでだった。

男は大手新聞社、大日本新聞の顧問を務め、新設されたばかりの日本で初めてのテレビ放送会社の社長をも兼務していた。この会合も、表向きはアメリカの大手雑誌社の紹介でこの白人と逢った事になっていたが、実際はアメリカ政府の支持によるものだった。マスコミが、国や権力者の影響下にあるのは世界共通の事で、男も当然の様にその指示に従った。敗戦国のマスコミに選択の余地は無い。相手の力を巧く取り込み、自分の利益に如何に活かすか。男は、それしか考えていなかった。この白人も自分が巧く立ち回る為の道具にすぎない。男は、相手が何を話そうとしているかすでに知らされていた。今日、ここで逢うのは、相手を確認し、今後の方針と連絡方法を決める為だった。

この後の日本で、原子力の安全な平和利用キャンペーンが、大日本新聞と傘下のテレビ局を中心に、大々的に行われた。

アメリカは、水爆実験に関連して出た死者は水爆とは関係無いと発表。同時に、アメリカの著名な科学者を使節団として送り込み、日本全国で、展示会、講演を開催した。

新聞、テレビで原子力の安全性と輝かしい未来が語られた。原子力は、人体に悪影響与えるものでなく、食品の殺菌にも使える等、無限に使える新たなエネルギーとして、人類に素晴らしい未来を与える。全国で未来社会の模型や想像図などを展示し、多くの人々を集めた。同様のキャンペーンは、世界中で行われ、展示会は大人気となった。この広まりと同時に、反原水爆運動は、急速に消えて行った。核を持ちたい一部の人間の思惑通りに…。

そして、一年後には、原子力発電への期待が全世界に拡がっていた。

白人と寿司屋で語っていたこの男が、その中心にいた事は間違いない。



2000年8月

秋田県秋田市向浜の防砂林を、二人の中学生がボラ釣りの為海岸の堤防を目指して歩いていた。

猛暑と呼ばれる熱気がこの日も日本を包み、人々をイラつかせた。朝から照りつける太陽は、大気温度を上昇させ彼らの神経を逆立てする様に肌をも焼き続けた。眼も開けられない程の眩しい光線は、流れる汗さえ直ぐに蒸発させる。更にサンダルに入り込む熱砂が不快感を増幅させた。プラスチック製のサンダルと肌の間で砂がざらつき、追い打ちをかけるように彼らを刺激し続ける。最初は、数歩歩いてはサンダルを脱ぎ砂を払っていたが、途中から砂を払うのを諦め、そのまま歩くしかなかった。暫く歩き、堤防が見える地点まで行った時、先を歩く少年が突然立ち止まった。

「オイ、あれなんだ…アレ…」

少年は、海釣り用の竿を持ったまま防砂林の松の一本を指差した。釣った魚を入れるプラスチック製のクーラーを肩から下げた友人は、足を止めて、示された方向を見た。人の背丈ほどしかない低い松の一本に明らかに異様な物がぶら下がっていた。黒い糸の束のような物と青っぽい人の衣服らしい布が見える。

少年は、これから向かう釣り場へのルートから外れ、異様な物へ歩み寄ろうとした。だが、五歩程歩いただけで彼の身体が硬直した。

「祐太ッ」

少年の叫び声に、祐太と呼ばれた友人は彼のもとへ駆け寄った。

「人…」

二人が立ち止まった先の木に、白いビニール紐が枝からぶら下がっていた。その紐から、人間が着る青い上着が垂れ下がり、その下につながる衣服は、腰の部分から「くの字」の様に曲がって地面に着きそのまま足元まで伸びていた。脇には半分砂に埋まった茶色の革靴がふたつ並んでいる。中にある筈の肉体はすでに朽ち果てている様に見えた。異臭が漂う事もなく、砂地から乾いた布が所所露出していた。遠目に、黒い糸の様に見えた髪の中に僅かながら頭蓋骨が見え、人間である事を伝えていた。

発見されたのは、帝都電力の社員で、原子力発電の設計技師 金木遼一だった。

少年達は、釣りの事など忘れ、慌てて警察に通報した。通報を受けた警察は、発見から十分後に到着。そしてその日の内に早々と自殺と発表した。事件は、翌日の新聞に「向浜防砂林で自殺」と小さく記事が載っただけで、特に関心を呼ぶ事もなく人々の記憶から消えて行った。






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