黒騎士とキメラ姫。【番外編1】~同じベットで休みましょう。~
―――いつもより空が高く感じる。
見上げる夜空は、弱々しくも輝く月に
覆いかぶさるような雲の流れ。
森のざわめき。
双翼をなびかせる冷たい風。
翼がある者として慣れ親しんだ空が遠い
まるで異世界のように。
窓辺に空を眺める一人の少女がいた。
少女と呼ぶにも、大人と呼ぶも難しい表情。
闇夜に溶けてしまいそうな蒼銀の髪に、ソコから生えている猫のような耳に
背中には、白い翼。
獣人や翼人を連想させるいでたちだが、水色の瞳がソレを否定する。
魚人でもない。
どの種族にも属すことを拒まれたかのような容姿。
春の季節と夏の季節が交じり合う、ある日。
私は失った。
また、失った。
家族を……。
春風のように暖かく、そして一瞬に過ぎていった日々。
枯れていく木の葉のように散っていった。
無気力に、ぼんやりと眺めていた窓という形で切り取られた闇色の風景に
光色が加わる。
「……?」
思わず、窓から身を乗り出し、猫のように瞳孔を広げ見入ると、金髪の女がこちらに向かって歩いていた。
はじめは、微かに見える程度の姿が、弱い月明かりの元、徐々に徐々にその輪郭を明らかにしてきた。
「……アイリシア?」
かつて、悪友ライアンの縁から始まった友人、アイリシアが深夜に一人こちらに向かい歩いている。
彼女は、黄金色に輝き波打つ髪に、翡翠のような透き通った瞳をもつ、美しく優雅な印象を与える女性である。
この地方に多い美形、金髪碧眼の容姿だが、彼女は一線を抜いていた。
ユーナが月下で映える美しさなら、彼女は太陽の下で輝く美しさを具えた美貌である。
性格はなかなか勝気で、奔放で、向こう見ずの、はた迷惑であるが……。
私の呟いた声が聞こえたのかのように、彼女は、微笑みかけ手を振ってくる。
のんびり散歩がてらに寄ったと言うには、遅すぎる時間帯の来訪である。
いくら治安が良くなったといっても女の一人歩きには危ない。
しかも、予告も無い訪問である。
目を見開いて驚く私に向かって笑顔の第一声。
「一緒に寝ましょ」
私は、アイリシアにクリティカルヒットでも食らわされたが如く玄関で無言脱力する。
その脇をすっと通り過ぎ、彼女は部屋へと進んだ。
「暖かくなったといえども夜は、まだ冷え込むね。窓閉めよっか」
「ぁぇどっどうぞ…・・・ぁ・・・・・・ぅ…………こんな時間にどうしたの?」
問う。
「まぁ~そんな細かいことは後で話すよ」
答える。
「でっでも……!?」
問い続けようとする私の目の前で
急にマントを脱ぎ上着を脱ぎ……そして、寝着へと。
男なら大喜びそうな風景である。
上品な白のネグリジェに着替えたアイリシアは振り返ると、
「さっ、着替えて、着替えて」
と、私を促し始めた。
せかされるようにシンプルな寝巻きに着替え終えると、首根っこをつかまれた猫のように宥めこまれベットへ連れ込まれた。
さっきまでお互い夜風に当たって冷えていた体だが
布団に包まるとあっという間に温まった。
その温もりに懐かしさを覚えた。
生活用品だけを取り揃えたかのような質素な部屋は、ランプの光で照らされていた。
布団の中では、闇色のように暗い姿の女と光のように明るい女が2人。
しばらくの沈黙に耐えかねての一言。
「で、あのアイリィ……どうしたの?」
再度質問を投げかけるが、返ってきた言葉は、また、答えになっていなかった。
「いま、何流行ってるか知ってる?」
会話のキャッチボールが成り立たずただ驚き混乱する私に向かい彼女は、
嬉々とさまざまな話を続けた。
流行りものに、仕事での失敗談、ライアンの近況、どれもが明るく愉快な話であった。
はじめは、唖然としていたが、次第に話の世界に引き込まれていった。
誰と誰が怪しいと、恋愛話で盛り上がってるその時、油が切れてしまったランプの炎が揺れながら弱々しくなり、そして最後の一瞬、大きく光を放ち消えた。
雲に隠されそうだった空は、いつの間にか晴れ、月は大きく輝いていた。
光が部屋に差し込む。
雲は風に流されていた。
「話し込んじゃったね」
「すっごく面白かった」
「そろそろ、寝よっか」
「うん」
話疲れたアイリシアはすぐ寝入った。
結局、答えを彼女の口からは聞き損ねたが、布団から伝わる暖かさから導きだされた答え。
「……全てを失ってしまった」
は、間違えだった。
寝息だけが広がる部屋で呟いた。
「ありがとう」
後で聞いた話、アイリシアはライアンに送ってもらい夜道をあるいてきたとか……。
行動派の彼女に心配派の彼氏。
大切な友人。
この世界で私は、今日も元気に生きてく。
きっと、これからもこの世界で大切な人は増えていくだろうと、胸に思いを浮かべながら。