#4
リリーナ姫の剣術の上達は、楓よりも早かった。
楓も後で城内の者から聞いたのだが、公女も嗜みとしての剣術の基礎は幼少より学学んでいたとのこと。
「姫もお年頃ということか」
基礎ができている人間が、他流派の者から稽古を付けてもらうと上達が早くなるようだ。全くの素人だった楓よりも気づくことが多いのだろう。
なかなか様になったものである。
姫の呼吸が乱れた頃、明はまた刀をさやに収めた。
「まだまだ休憩はいりませぬ」
君には姫なりの下心があって、明のそばにいたがるのだが、こういった訓練に臨んでは強がりも見せるところが可愛らしい。
「姫、他者を斬ることの迷いを捨ててもらいます。どうぞ存分に、隙あらばおれを殺すつもりでかかってください」
「……わかりました」
(え、姫?)
少し迷ったものの、凛とした声が響く。考えてみればどっちにしても、万が一にも明に手傷を負わせることなどできないだろうことから承知したのだろう。
「行きますよ」
リリーナ姫がもともと身に備えていた剣術は、楓から見れば西洋剣術に他ならないが、説明を試みようとすると東洋的な剣術の要素もあることに気づかされる。
立ち会う瞬間こそは、楓もよく知るフェンシングの構えをとるが、 すぐに刃先を現に向けて上段の構えになるところなどは日本の剣道を思い起こさせる部分もあった。
「イヤア!」
鳥が鳴くようなよく通った上品な、それでいて迷いのない掛け声が響く。
縦に振り落とされる刃を右左軽々と明は避けた。
横薙ぎの一閃は、いかに術達者であっても後方に下がって避けねば、腹部または胸元を切り裂かれてしまうだろう。
明が「斬られた!」ように楓には見えたが、それは残像であった。
後ろに下がるのも早い。そしてリリーナ姫が振りかぶるよりも早く彼女の目前に戻る。
縦に斬り付けようが、横に斬り付けようと、軽やかにかわしていく。左右だけでなく、自分の腰の高さにまで即座に体を反らせて、さぞかしリンボーダンスは得意だろう。わかりやすく説明するなら、いわゆるマトリックスよけって奴かしら。
「こんなことしてて、わたし本当に能力を自由に使えるようになるのかしら」
後に楓は思い知ることになる。こんな穏やかな日々が続くことなど望むべくもないということを。
風雲急を告げる知らせが届いた。
「リーダー、王がお呼びです」
ローズウィップが部屋に駆け込んできた。
「国外からの急な知らせが入ったそうです。リーダーはすぐ来るように、と」