#3
コンコン。ドアをノックする音が響いた。
「誰も入れるなと言ったぞ」
「あの、リーダー……お客様です」
ローズウィップが顔だけ出して答えた。
「お邪魔をして申し訳ありません」
「ああ、リリーナ姫さま」
「お邪魔だなんてそんな、どうぞどうぞ、おーい椅子とお茶の用意を」
(立入禁止じゃなかったのかよ)
明の豹変ぶりに、むっとする楓。
「お二人で訓練をされているとお聞きしました」
リリーナ姫の姿に驚く。姫殿下に似合わぬ活動的な装いだった。
「鷹狩りにでも行かれるのですか? 城の外へ出るのは賛成できませんね」
見慣れたドレス姿とは異なる、男性的な狩猟服とでもいうのだろうか。上半身は細身のシャツに皮のベスト。ボトムスにはひざ下までのズボンをはいていた。足元はタイツらしき生地の上にすねを全て覆うブーツに覆われている。楓はリリーナが明に、城からの外出の供でもしろと言うのかと思った。
「わたくしには公女として事の成り行きを見守る義務がございます」
「……といいますと?」
「楓どのの能力の成長のほどを知っておきたいと思います。できれば訓練にわたくしも参加させていただければと」
「見ていただくのは構いませんが……面白くもありませんよ」
「いえ」
姫は腰の刀をすらっと抜いた。細身のサーベルは姫の身長と手の長さににバランスが良いあつらえだった。鏡面仕立ての刀身は、実戦的と言うよりは美術的な価値が高いように思える。
「ぜひ、わたしにも手ほどきを」
(ははーん)
楓は思い返していた。ここ数日、リリーナと顔を合わせると、いつも明の動向を尋ねられていた。
「公女自らが剣を取ることのないようにお守りするのが私たちの務めです。腕利きぞろいですからどうぞご安心を」
「いえいえ、決してそのような意味では」
明たちの実力に不信を抱いていると思われたのであれば本意ではない。
「剣もたしなみの一つとして身に付けておきたいということでございます」
「そうですか、ならばおつきあいください」
楓は知っている。明は楓に毎夜、この世界で生きていくための知識をマンツーマンでレクチャーしてくれているため、いっしょに行動していることが多い。
昼間、宮中では気づくとリリーナが自分のことを見ているような気がしていた。そのことは不自然でも何でもないが、その視線の先を追うと自分ではなく明を見ていたのだと気づく。
「そのお姿からして今日今より訓練を開始するおつもりのようですね」
リリーナはうなずいた。
「では、さっそく基本的な構えからお教えいたしましょう。まず剣を置いてください」
明は足を開いて腰を落とし、半身をひねった。朝日に向かって足の向きを垂直に、右肩を前に向けながら、前かがみになる。リリーナが同じ動作で続く。
「あごを引いて、腸に力を込める。力をイメージしてください、このように」
両手でバレーボールを抱えるように、空間を作る。
「気の塊をイメージします。見えないボールがあるように。ここにため込んだ力を前に突き出すイメージで放つ」
「う、うん(え、これって……)」
楓は、今リリーナのしている構えが、何か見覚えのある気がした。
「両手を左肩の方に引き、そしてこう唱えて」
「はい」
(まさか、ね?)
「ではいきます。か〜、め〜、は〜……」
「それ、さっきやったでしょ!」