第92話
一部同性愛について、差別的な部分があります。嫌な気分になられる可能性がありますので、あらかじめご了承下さい。
1/14 理事長について少し書き足しました。
この学校の理事長室は生徒達の学び舎である校舎からは離れていて、しかも理事長専用の入り口が存在している。俺達教師や保護者等の来客がある時に使用されるドアの他に、また別のドアがあって、そこからいつも理事長はこの部屋に入るのだそうだ。
その普段使われるドアから既に漏れ出ている甲高い声の持ち主は、ドアをノックする前から考えずともおのずとわかった。
俺がノックをすると一瞬その声は収まって静かになったものの、これからその分を取り返すほどの文句を言ってくるだろうことも想像に固い。俺は一呼吸置いて、悠生を隣に伴ったままドアを開けた。
理事長室の中には、校長と一年の学担、それと神崎のクラスの担任と吉川のクラスの担任の四名の他に、ソファーに腰掛けている保護者と吉川の計六名がいた。
俺と悠生を見るなりどこかホッとした表情の教師達とは違い、明らかに不満顔の保護者はあからさまに溜め息をついたのに、内心イラッとする。その苛立ちが顔に出なかったはいいものの、吉川の母親はまたしてもキャンキャンと吠え始めた。
「まったくなんなの、理事長だと思ったのに。あのね、校長先生。他の人を呼んだって、理事長が来なかったら話にならないでしょう!」
「あ、あのですね、吉川さん。理事長は今こちらに向かっている最中でして…」
「だったら早く連れて来なさいよ!うちの子の事に関する事なのよ!?普通直ぐに駆けつけるのが筋ってものでしょう!」
バンッとテーブルを叩いた吉川母は、それきりイライラとした様子で腕を組んでふんぞり返った。
おいおい、噂で聞いてたより遥かにすげぇな、この母親…
呆れ半分、ムカつき半分と言った心境で彼女達親子を見ていると、やはり親子なのだろう。憮然とした表情がそっくりで、自分の最大の味方である母親と言う切り札を使った娘に至ってはニヤニヤと笑みさえ浮かべている。
内心盛大に溜め息をつきたいのを我慢していると、ノックの音がした。まさか桐生さんか?と思ったのだが、その予想は外れ、生徒会長である龍前寺だった。
「遅くなって申し訳ありません。理事長ももうすぐ到着すると連絡がありましたので、もう少し待って貰えますか?」
「あなたは?」
「高等部生徒会長の龍前寺です。」
龍前寺が吉川母に礼をしたのだが、それを見ていた娘の方はと言うと…
「ほら、ママー!!あたしがいっつも言ってるじゃない!ね?カッコイイでしょ?」
「あら、この子がそうなの?ま、本当だわ、優子ちゃんの言ってた通りね!」
「でっしょー!?こんなにカッコイイのに浮いた噂とかないの!ストイックって感じじゃない?」
「本当?ね、君。聞いてもいいかしら。」
「は、はい?なんですか?」
「君ってちゃんと女の子が好きなのよね?まさか男の方の方が好きとか、言わないわよね?」
「やっだ、ママ!!何言ってるのー!?ごめんなさい、翔様!あ、でも、本当にどうなんですか?まさか本当に…?きゃー!だとしても、逆に萌えるんですけどー!!」
「あら、駄目よ、優子ちゃん。男が好きなんて、あくまでも許されるのは二次元だけ。現実世界ではそんなこと駄目!」
「ええー?だって、今おネエとか当たり前じゃないの。」
「駄目よ!!あれはあくまでも一部!同性愛者なんて、私考えただけでもぞっとするわ!!」
勝手に話を進めて行く吉川親子を、俺達教師と生徒会長は唖然として見守っていた。
問われた龍前寺にしても、答えを言う前に勝手に話を進められ自分の答えを挟む暇が無い。龍前寺としては否定しておきたいところだろう。
何せ、神崎を狙っていると言う噂だから。
とは言え、吉川母の偏見に満ちた考えに俺は心底吐き気がしていたのも事実。
俺はストレートだが、友人ではそれに悩んでいる者もいるし、海外にいる外国人の友人では『ゲイ』と公言している人も少なくない。
宗教によって同性愛は禁止されているし、自由の国と謳われるあのアメリカでさえも同性婚は違憲判決が出たりする。
だが、生憎俺は同性愛を否定する宗教を信じているわけではないし、それを認めていないわけでも無い。
俺の一方的な考えを押し付けるわけにはいかないが、かといってこうも嫌悪感たっぷりで言われるのもどうかと思う。
まだ入室して何分も経っていないのにも関わらず、既にこの場を後にしたくなった俺はふと横目で悠生を見てみると、悠生もまた既にうんざりとした表情をしていたのに少しだけ救われた。
だが、相変わらず吉川親子の馬鹿らしい会話は続いていて、遂に…と言えばいいだろうか。
ようやく被害者である神崎の名前が出てきた。
「でもね、ママ!こんなに完璧な翔様の彼女面してるのが、あの子なの!!」
「ま、なんてこと!」
「ね!?ママもびっくりしちゃうでしょ!?あいつ、すっごいんだから!『何にも知りませんよー』って顔していながら、翔様の側にべったり!」
「なんて厚かましい!ねえ、優子ちゃん。その子ってどんな子なの?」
「えー?超ロリ系でさ、如何にも!って感じのなっがい黒い髪でー…あ、そうだ。ママ、今年の入学式の代表覚えてる?」
「え?……えー…っと…どんな子だったかしらー…覚えて無いわぁ。」
「あはっ!ま、記憶に残りにくいような子だもんね!」
流石に理事長室にいた誰もがこの会話に口を挟もうかと思った時、ようやく理事長専用のドアが開かれた。
「遅れて申し訳ない。」
どこか愛嬌のある風貌をした中肉中背の壮年男性が澄んだ声で、それでも圧倒的な存在感で入室すると、騒がしかった理事長室がピリッと引き締まった。
この学校の理事長、龍前寺孝明。
学校全体の創始者一族でありながら、『龍前寺グループ』という飲食業界では知らぬものはいないほどの
有名企業の娘婿。
婿でありながらもその手腕は素晴らしく、それは学校経営についても同様だった。
ようやくその人が姿を表し、その愛嬌のある顔に笑顔を滲ませながら、手前にあるソファーにどかりと腰を下ろした。
「さて、今回の件についてですが、詳しい話を聞かせて貰いましょうかね。」




