第89話
二話アップ、二話目。
一晩明け、出勤前に実家に電話を入れた。勿論神崎がどうしているかを聞く為だ。
この時間だ。多分父は出勤しただろうし、母も祖父母も起きているだろう。
実家に電話をすると渡瀬が出た。
「もしもし、亨だけど。」
『おはようございます、亨坊ちゃん。唯様の事でございますか?』
「おはよう、渡瀬。それで、神崎は大丈夫そうか?」
『は、はあ、それが…』
「渡瀬?」
渡瀬が言い淀んだ。
どうしたと声をかける前に、後ろから母の声が聞こえてきたので渡瀬に代わるように言った。
「もしもし、母さん?」
『あら、おはよう、亨。』
「おはよう。神崎は大丈夫か?」
『んー……大丈夫…でもないかもね。』
渡瀬と同じく言い淀んだ母に、思わず眉が寄った。
どうしたのかと聞くと、言いにくそうに母が教えてくれた。その事に寄っていた眉間が更に寄ったのがわかった。
俺が帰った後、神崎が風呂に入れないために母と祖母が身体を拭いてあげようとしたらしい。
その時に母達は神崎の身体にある、痣を見たのだと言う。
『もう、本当に酷いものよ。腕やら手首やらだけかと思ってたら、あろうことか胸もなんですもの。背中なんか直視出来なかったわ。きっとまともに打ち付けられたのね。』
そんな自分の身体が酷い状況にある中、当の本人は必死に涙を堪えていたらしい。懸命に自分に起きた事を耐えているとは言え、やはり彼女にとっては相当な恐怖だったのだろう。本人は大丈夫だと思っていても、一番無防備になる睡眠時には魘されていたようで、それには祖母が対応したという。
『お義母さんが宥めてくださったけど、始めはお義母さんすらも寄せ付けなくてね。本当に泣きじゃくって、すっかり脅えてて…可哀想って言葉では表せないくらいだったわ。』
「……今はどうしてる…?」
『お義父さんお義母さんが側に付いているわ。どうしてか、不思議とお二人が側にいると落ち着いてるのよ。蒼偉さんも心配してたわ。』
「そう…わかった。俺も今日顔見に行くけど、神崎に何かあったら電話かメールをくれればいいから。多分だけど、桐生さんも今日こっちに帰って来るらしいから、それまで宜しく。母さん。」
『わかってるわよ。じゃあ、貴方も仕事でしょう。いってらっしゃい。気をつけてね。』
母の言葉にふっと笑んで電話を切った。
どうやら予想していた通り、神崎の精神状態はかなり悪いようだ。
だが、俺がどうこう出来るわけではないし、これで学校で悪い噂になったりでもしたら、彼女の立場は悪くなるだろう。ましてや、彼女の方から誘ったとされるいい訳をしていた谷野の言葉が広がりでもしたら最悪だ。
朝から重い溜め息をついて、学校へ急いだ。
いつものように学校の駐車場の指定場所に車を停めて、いつものように職員室へと行く。
途中挨拶してくる生徒達に挨拶を返しつつ、注意深く周りを観察する。やはりいつもように昨日のテレビの内容やら、今日の授業で当てられる等という変わる事ない日常会話だったことに一安心した。
どうやら神崎の事はまだ広がっていないようだ。だが、こう言った話題はどこからか表に出て、爆発的に広がる。それも事実ではない、悪意じみた戯言も混じるからなお悪い。
職員室の前まで来ると、向こうから歩いて来た生徒の厳しい顔に内心面倒だなと思ったが、それを顔に出すなんてことはしない。
「遠藤先生、おはようございます。」
「おはよう。」
「すみません、お時間いいですか。まだ朝の職員会議始まりませんよね。」
「ああ。って言っても、あと十分もしないうちに始まるから早くな。」
「はい」と短く答えた生徒に促されて連れていかれた場所は、生徒会室で。
そこには生徒会役員全員が集まっていた。
「……龍前寺…お前…」
「すみません、遠藤先生。でも役員こそ、知っておかなければいけないと思ったんです。ナツ、人払いは出来てるよな?」
「勿論。蟻一匹でも入ってこれないわよ。で?あたしの可愛い神崎ちゃんに何があったって?」
「……篠宮…お前、神崎の何たらって言うやつの会長らしいな…」
多少ウンザリしながら篠宮を見ると、篠宮は盛大に頷き。そして何故か周りの役員連中も同じ動作をした。
まさかと思った俺の勘はどうやら外れなかった。
「翔以外、全員姫会メンバーです。」
「全員………」
「案外知られて無いですけど、神崎ちゃんって下手なアイドルより人気ありますからね。それこそ高等部だけじゃなく、中等部・大学部までも幅広く!」
「はい、副会長!周辺の高校にもファンクラブあるらしいですけどー。」
「え、マジで?」
「芸能事務所からも目付けられてるって聞いた事ありますよ。」
「えー、芸能人になった神崎は嫌だな。」
「そうよねぇ。あたし達が愛でてるだけでいいのにねー。」
………。
さて、職員会議が始まるな…。
そっと生徒会室を出て行こうと思ったのだが、龍前寺に目敏く止められた。
篠宮を始め、他の役員連中は神崎の事で盛り上がっているのでそれを止めずに、龍前寺と話す。
「唯、大丈夫ですか?」
「一応な。」
「一応?」
「精神的にヤバイらしい。」
「……そう、ですか…。」
「理事長はなんて?」
「今日中に帰って来るらしいです。」
「今日…。って事は、今日修羅場か…」
「え?」
「神崎の父親も今日来るらしいぞ。」
「て、帝王が……!」
目を見開き固まった龍前寺が言った帝王と言うのは、いわずもがなのあの人だと言うのはすぐにわかった。
「龍前寺?」
「やべぇ、オヤジ共々殺される…っ!」
青い顔でぶつぶつと呟いている龍前寺をしばらく見ていたが、約束の十分が過ぎ、そろそろ本当に職員会議に出なくてはならない時間になっていた。
一応声をかけようと思ったが、銘々青くなったり赤くなったりで盛り上がっていたので何も言わずに生徒会室を後にした。
俺は思った。
こんな奴等が生徒会役員で大丈夫か?
一抹の不安を抱えたまま、俺は職員室に向かった。