第88話
二話アップします。
マンションに帰ったものの、やけに落ち着かない。とりあえず飯でも食おうと思ったのだが、冷蔵庫を開けるまでもなく食料が入ってないことを思い出した。そのことに溜め息をつくと共に、そういえば今日帰りに買い物をしてこようと思っていたのも思い出す。
無いものはしょうがないので、仕方なくデリバリーを頼むことにした。
明日何か買ってくればすぐに週末だし、それからまとめて買うほうがいいだろう。面倒くさかったら外に食いに出ればいいことだ。
デリバリーが届くまでの間、ひとまず持ってきた仕事を片付けよう。そう思ってカバンを開けると、『神崎唯』と書かれた紙が真っ先に目に飛び込んできた。
長い一日になってしまったせいですっかり忘れていたが、そう、この再テストがあったのだ。
パッと見、くしゃくしゃになってしまった紙だが、その紙は解答用紙で。その解答用紙にはきちんと書かれた答えがある。
しかもざらっと目を通すと、ほとんどの解答が正解。
ひとまずその解答用紙を持って普段使っているデスクの前に座り、採点用のペンで丸をつける作業を開始する。
半分ほど採点し終わってみると、ほとんどの解答が合っていることに驚いた。あれほど悲惨な結果になっていた期末の結果を知っているからこそ、この出来はまさに奇跡だ。
まあ、だけどまだ半分だ。そう思って一旦席を立ち、コーヒーを淹れて一息着こう思ったところで携帯が鳴った。
表示を見ると『早乙女悠生』の文字が。こいつもあの現場を目撃し、神崎を心配していた一人だ。
「もしもし?」
『あ、亨さん?』
「どうした?今日CAと合コンだったんじゃなかったか?」
『いや、そうだったんですけどー…あんな事あって、すぐ合コンって言うのも何かなーって。しかも断ろうと思ってたら、どうやら女の子の方が人数揃わなかったから無くなったって。はは、なんか、ラッキーっていうか、何て言うか…』
お。
あれだけ顔を綻ばして楽しみそうにして居た合コンを断った…もとい、無くなった事に対してラッキーとは。
でも、こいつの電話はこのことを報告して来たのではなさそうだとわかった。だからあえてその事を深く追求しなかった。
「ふーん…で?」
『で…ですねぇ……亨さん、神崎ちゃん大丈夫でした?あの後病院に連れてったでしょ?』
「点滴一本打って貰った。解熱剤も貰ったから熱自体は大丈夫だろう。」
『そ、そうなんですか。よかったー……ん?よくない?いやいや、いいのか?』
「何ごちゃごちゃ言ってんだよ。」
『だってですよ?身体は大丈夫でも、精神的に傷負ってたらって考えたら…神崎ちゃん、一概に何もなかったって言えないじゃないですか。しかもそれ、必ずしも吉川がやったって言えないし。一番悪いのはあの変態だって解ってるんですけど、なんか釈然としないなってずっと思ってて…』
「まあ…確かにな。でも、本当に悪いのは神崎に手を出した、谷野だからな。吉川が何を言ったのかはわからないが、その甘言に乗った谷野が悪い。」
電話の向こうで黙った悠生も思うところがあったのだろう。そのまま黙り込んだ悠生が口を開くのを待っていたら、チャイムが鳴った。どうやらデリバリーが届いたらしい。
悠生に「ちょっと待て」と断って、デリバリーを受け取った。温かいそれを片手に抱え、もう片方の手で携帯を持つ。
「悪い、今デリバリーが届いてな。」
『あ、何頼んだんですか?』
「近所のレストランのデリバリー。」
『そこ、普通ピザとかって言いいませんか、亨さん…』
「一応イタリアンだぞ。」
ええー!?という大げさな悠生の反応を聞き流し、温かいイタリアンをテーブルに乗せると冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「さて、俺今から飯食うから切るぞ。」
『あ、はい。すいません、こんな時間に。』
「別に気にして無い。まあ、お前が神崎の事を気にしてることはわかった。だが、一先ず理事長が帰って来るまで俺達は何も出来ない。お前もそれ、ちゃんとわかってるよな?」
『は、はい!』
「変に肩入れすんなよ。特に、あの吉川の母親、軽いモンペアだからな。」
『え、マジですか!?』
「持ち上がりの中で一番の煩さ型だ。父親はそうでもないらしいが、中学ん時も相当大変だったみたいだって聞いた事がある。」
『うわ、最悪…神崎ちゃんのご両親大丈夫かな、そんなモンペア相手に…』
悠生が心配そうに言った言葉に、俺は無言で首肯した。
あの帝王が、モンペアごときに負けるわけが無い。
しかも、あれだけ娘を可愛がって大切にしている男が、だ。
さて、桐生総一郎が学校に来るであろう、明日。
何事も無いわけがないだろうと思いながらも、あの帝王がやり込められる場面を思い描けずに悠生との電話を切った。
一応クリスマスなので二話!