第83話
直接的ではないですが、下世話な会話が出てきます。
実家に着いた時点で既に時刻は夜になっており、その時間を考えれば父も帰宅しているはずだし、多分祖父母も帰って来ているはずだ。父には母から話が言っているだろうし、祖父母も同様だろう。
とは言え、父と祖母はいいとしても問題は祖父、愁清だ。
見た目は飄々とした好々爺(俺にはそうは見えないが)だが、一言口を開けば小言のオンパレード。まさに小舅の権化といったものなのだが、そんな祖父が神崎をどう思うかわからない。
ましてや生徒とは言え女を実家にまで連れてくるということは、俺が覚えている限りでは数年前を最後に、最近では全く無かったことを承知している祖父だ。
絶対に変に勘ぐるに決まっている。
それに祖父は人を見る目が確かなのと同時に、敵味方をはっきりと区別する性格だ。
味方にはどこまでも優しいが、敵には本当に厳しい。
敵にも懐柔策を与える代わりに周りを囲い込むようにじわじわと追い詰めて行く父とは違い、一気に瀬戸際まで追い詰める祖父。
どちらがいいのかと言われれば一概にどちらもいいとは言えないけれど、やはり二人とも『遠藤』を背負っているだけはあるのだ。
願わくば、後ろでうとうとと船を漕いでいる女の子に牙を向けなければいいのだが。
ま、母と祖母が神崎贔屓な分、それはプラスにはなるだろうが。
静かに車で敷地内に入って、普段はもっと手前に停める車をもっと玄関に近いところで停める。
車が停まったことで控えていたのだろう、渡瀬がいち早く玄関から出てきて、俺が出ていくのと同時に後部座席のドアを開けた。
「おかえりなさいませ。」
「ああ、急に悪いな。おい、神崎。着いたぞ。」
俺達の声にぴくりと身を起こした飼い犬が、俺と渡瀬を見た後に主人を見上げたのだが、その主人はと言うと転寝が本格的に寝てしまったらしい。彼が前足で起きろとアピールするのだが、疲れからか全然起きる気配が無い。
きゅんきゅん鳴いている犬を見て、渡瀬が苦笑しながら俺を見てきたのでしょうがなく俺が座席まで乗り込んだ。この際、乗り込んだ瞬間に俺を見ながら唸った犬は無視だ。
「神崎!おい、起きろ。着いたぞ。」
「……ぅ~………」
「うーじゃねえよ。着いたぞ、起きろ!」
と大きめの声を出しても一向に目を開ける素振りすら見せない神崎に、いい加減痺れを切らした俺は仕方なく抱き上げて運ぶ事にした。
「渡瀬、悪いがこれ持って来てくれ。それと、この犬。確か名前はナイトって言うらしい。エサと水やってくれ。」
「かしこまりました。」
「ああ、そうだ。こいつが泊まるの、どこの客室だ?」
「………あの…それが…」
「渡瀬?」
言いよどんだ渡瀬を不思議に思いながら神崎を抱き上げた。
その際、一応熱が上がってないかを確かめるために額に手を当ててみたが、恭輔のところで打った点滴が効いているらしい。そう言えば処方された薬も飲んでいたし、それの効果で寝てしまったのかもしれない。
心配した熱もないようなので、唸る犬を引きはがしながら膝裏に腕を入れて抱き上げた。
抱き上げても起きる気配もないので、慎重に車から降りる。
それにしても、軽い身体だと改めて認識してしまう。
背もクラスの中では一番小さいみたいだし、最近の子は平均身長が伸びているって言うのにこれでは平均身長以下だろう。
それに端から見てもわかるが、こいつは全体的に細い。脚とか腕とか、真面目に肉が付いてるのかと思うほどだ。
ふと、前に廊下で話していた二年だか、三年男子生徒の会話を思い出した。
『やっぱ神崎可愛いなー。』
『ああ。今年の一年の中でダントツだろ。童顔なのがまた…』
『でもガードがすっげ固ぇんだよ。固ぇ分、誰かと付き合ってるとかって言う話聞いた事ねぇのがあれだけど。でもよ、あれで男いたとかマジで泣くぜ?』
『つか、その男マジ羨ましすぎだろ!あの胸触れるし、挟まれんだぞ!!』
『ホントだよなー。つか、何カップあると思う?』
『パッと見、Dじゃね?あーでも、身体が細いからなぁ。俺ケツ派なんだよー…』
『ははははっ!いいじゃん、桃尻かもしれねーじゃん。しっかし、いいねぇロリ巨乳。』
『せめて有紗ちゃんみたいな俺好みのケツしてたら!!』
バーカとケラケラと笑いながら去って行く生徒達の会話を実に高校生らしくて、本当に馬鹿だなと思ってくつくつ笑いながら聞いていた時を思い出す。
まあ、高校生男子なんてそんなもんだ。どうしても性的に興味深々な年頃だというのは自分も経験上わかっているし、それを叱責するつもりもない。
騒ぎ笑い合っていた生徒達も、いずれは男の本能として処理出来る年代になるのもそう遠くないだろう。
…そうなってもらわなければ困るが。
だが、今となっては神崎がそんな下世話な猥談の種になっていることに若干腹が立っているのも事実。
桐生家全員で真綿で包むように…まさに手中の珠のように育てていた娘が、まさか強姦未遂の被害者になるなんて誰が予想しただろうか。
これから社会に出て行けば、もっと男女のそういったことが増えていくだろうし、いずれは彼女も誰かを好きになって結婚し、その男の子供を産むだろう。
本当に、今回の事で男性恐怖症にならなければいいのだが…。
俺の心配を他所に、固く閉じられた瞼からは何の表情も伺い知る事は出来なかった。
「亨、お帰り。」
父のその声で、俺は一気に物思いから現実に引き戻された。
男子高校生の会話ってこんなもんですか?(笑)




