第七十九話
リビングに設置してある固定電話から着信を告げる音が鳴っている。それに気付いてリビングの方を振り返る。
「あ、電話……先生、ちょっとすいません。」
先生に断って急いでリビングまで行って、表示も見ずに近くに置いてある子機の方の電話に出た。大概こちらはキッチンカウンターの方に置いてあって、玄関に近い。
「はい、桐生です。」
『唯か?良かった、帰ってたか!』
「あれ、パパ?どうしたの?」
『「あれ、パパどうしたの?」じゃないだろう!!何回電話したと思ってるんだ!携帯に出ないわ、マンションに帰ってると思って電話しても出ない!心配するに決まってるだろう!!』
うわ……お、怒ってる…!
しかもすんごい機嫌悪いし!!
思わず電話を耳から離して恐れおののいていると、離しているのが解っているのか物凄い大声でこちらを呼ぶ声がした。
『唯!!お前ちゃんと聞いてるのか!!』
「き、聞いてるよぅ…。でも…まだそっち朝でしょう?」
『朝って言うか、まだ早朝だけどな。』
「…う。早朝なのにそんなに大声出しちゃ駄目だよ。血圧上がっちゃうよ?」
『その大声上げさせてるのは誰だ。ったく……唯、Skype繋げ。顔見ないことには話が出来ない。』
「………すかい……なにそれ?」
すかいぷ?
新しいゲームか何か?
かと思ったら、電話口の向こうから盛大なため息が聞こえてきた。
『前に秀人が繋いでやっただろう。インターネットでテレビ電話出来るやつだよ。』
「…そんなのあったっけ…?」
『…………』
「………え、だって、私機械苦手だし。『すかいぷ』なんて言われてもわかんないよ。…あ、でもちょっと待って!玄関に先生がいるから聞いてみるね!」
『…おい、ちょっと待て。先生って誰のことだ。』
「え?パパもこの前会ったでしょう?遠藤先生だよ?」
そう言うと、何か静かになったのをおかしく思ったけれど、その『すかいぷ』だか何だかを解明する為には機械音痴の私では駄目だ。絶対に。
何せスマートフォンだろうがi podだろうが、基本的に操作方法がわからない。最近の…って言っても私が育った世代は既に世界はハイテク機器で溢れていて、それが私には全く合わなかった。シンプルイズベストとはよく言ったもので、私は携帯もほとんど通話かメールしかしない。一応中学の時に持たされた携帯だけど、それを今も使っているのは何も新しい機種にするのが面倒なわけではない。実際、地味に機械オタクのお兄ちゃんにもスマートフォン持たない?って言われているけど、使い方がわからないって事で断っている。
最新機種!って躍起になって、頻繁に増設している綾乃とは本当に真逆だなー。
インターネットもたまにするけど、それは家にお兄ちゃんが持ち込んだ…と言っても最新モデルの格好良いパソコン(VAIOのデスクトップって言うやつらしい)で細々とやっているだけ。流石にパソコンは使いこなせないとヤバイと思っているので、何とかエクセルとかは使えるように頑張っているけど、基本興味が無い。歴史と一緒。
その歴史の先生と言えば、相変わらず玄関先でナイトに唸られていた。
私が来たのがわかると、すぐさま足元に纏わりついてきたので電話を持っていない方の手でナイトの頭を撫でてやると、お礼!とばかりにべろんと手を舐められた。それに微笑んでいると、先生が「どうした?」と声をかけてきた。
電話口を押えて先生に『すかいぷ』って言うのを聞く事にする。
「先生、『すかいぷ』って知ってますか?」
「スカイプ?Skypeの事か?」
「インターネット使うやつらしいんですけど…知ってます?」
「ああ、知ってるけど…。それがどうした。」
「パパがその、『すかいぷ』って言うのに繋げって言ってるんですけど、意味がよくわからない…」
「………電話、桐生さんか。ちょっと貸せ。」
手を差し出して電話を要求すると、先生がパパと話始めた。最初こそ、受け答えだけだったみたいだけど、なにやら専門的な言葉が行き交っている。うん、駄目。私の許容範囲外。
だからパパと話をしている先生をナイトの身体を撫でつつ見ていると、それまでは宙を見ていた先生が急に視線を私へと寄越した。
ん?
「…出すわけないでしょう。貴方、俺を一体なんだと思ってるんですか。………っちっ………いいえ、何も。じゃあ、いいんですね。はい…はい…じゃあ五分後に。はい、わかりました。」
そう言うと、先生は電話を切った。
あれ、いいの?と思ったその時、先生が口を開いた。
「俺がSkype繋いでやる。悪い、少し入って良いか。」
「え?あ、はい。何かわかんないですけど、やってくれるんですか?その、『すかいぷ』…?」
「ああ。桐生さんにも許可取ったからな。繋いだら俺外出てるから。」
先生はそう言うと、「お邪魔します」と言って靴を脱いだので急いでスリッパを用意した。
Skypeについてはよくわかってません。間違ってたらすいません…。




