第七十六話
二人エレベーターに乗り込んでみたものの、やっぱり無言で。もうこの居たたまれなさって、半端ない。
私の住んでいる部屋は五階にあって、今はまだ三階の表示が出ている。早く着け!って思うけども、こればっかりはしょうがない。
あまりの居たたまれなさに思わずため息が漏れそうになった時、先生が口を開いた。
「身体の方は大丈夫か?」
「あ、はい。なんとか。やっぱり点滴打ったのがよかったんだと思います。元々寝不足だったって言うのもあったので。」
「寝不足?」
「はい。パパが今N.Yに居るので時差が…」
「…ああ。なるほど…」
どうやら先生にはそれだけでわかったらしい。
N.Yと日本では時差が結構あるので、あっちから電話がかかってくるときは時間が遅いか早いか。なるべく仕事で疲れているパパに負担が少ないように夜に取るようにしていたのだけれど、やっぱりそれが悪かったみたいだ。それに、忘れてたけど再テストの勉強も頑張ってやってたし。
…そう言えば…。
「あ、あの、先生。私の再テストってどうなったんですか?」
「あ?ああ、あれか。後から早乙女に解答用紙渡されたけど、採点はまだだ。って言うか、この状況でよくテストの事思い出したな。」
「…だって、クラスの皆が一生懸命教えてくれたし…。それに先生にも休み潰して教えて貰ったのに…なのにこんな、事になっちゃっ……」
そう。頑張らなければいけなかったんだ、私は。なのに、こんな状況になってしまった。
本当はテストの事もどうでもよかった。でも、谷野先生が私がテストの答えを教えて欲しいから。誘われたって言い張ってた。つまりは、私が悪かったと。
そんなの冗談じゃない。あのテストは皆が私に一生懸命教えてくれた結果であって、私が不正を働いたという証拠になっては全員に申し訳がたたない。
だからこそ、あのテストで汚名を返上する必要があるのだ。
幸いにして、谷野先生が来る前には最後の一問を残していただけだったし、その一問だって押し倒される前に解答欄を埋め終えていた。
採点はまだだって言ってるから点数はわからないけど、私が記入した答えは皆から教えて貰った答えだ。何も私は恥じる事はない。
そう、頭ではわかっているのだけれど、やっぱり身体が谷野先生について考える事に拒否反応を起こすみたいだ。
全部言いきろうとしたのに、声が詰まった。
目が熱い。
あれだけ泣いたのに、涙腺は留まる事を知らないみたいだ。思わず俯いて涙が流れないようにしていると、頭に何か重さを感じた。
「…え?」
「お前の言いたい事はわかってる。だけど、今はそんな事考えなくていいから。とにかくさっさと荷物取って、人の居るところで安心してろ。とりあえず恭輔が言ってた通り、明日は学校休め。…つーか…今週ずっと休んでろ。身体の方も本調子じゃないんだから。」
そう言った先生に、ぐりぐりと乱暴に頭を撫でられた。髪の毛が静電気を纏ってふわーと浮いている感じがしたけど、なんでだろう。別にいいやって思えた。
「とりあえずオヤジさんにはメールでもいいから連絡入れて置けよ。うちに泊まるにしても、保護者の許可貰わないと…」
頭に乗ったままの手の平で相変わらずぐりぐりと撫でられていると、ポーンという電子音とともにエレベーターのドアが開いた。
反射的に開いたドアの方を見ると、そこにはお隣さんが私と先生を見てきょとんとしていた。