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第71話

神崎を保健室に送り届けた後、すぐに職員室へと向かおうとしたが一向に怒りのボルテージが下がらない。

神崎のクラスの担任ではないものの、図らずも事件の関係者になってしまった手前、一応の立ち位置というものの線引きをはっきりしておかないければいけない。

その為には、今の頭に血が昇っている状態を一旦冷却しておく必要がある。どちらかに肩入れしすぎもいけないし、だからと言ってこのまま有耶無耶に、ましてや被害者である彼女がされていた事を無かった事にするべきではない。


悪しき者には罰を。それが正解だ。



とは言え、目の前で起こっていたあの『悲惨』の一言で尽きる出来事をそう易々とは忘れられそうに無かった。

谷野に圧し掛かられた神崎の脅えた表情と、(パパ)に言わないでくれと懇願していたさっきの必死な顔。どちらも子供がする顔ではなかった。


それを考えれば、自然と眉間に皺が寄るのがわかった。またしてもイライラが募る。


そう言えば車の中に煙草が入っている。冷静になるために、とは言い訳がましいが一本吸って、このイライラを解消しておこう。

思いついたが吉とばかりに、車を置いてある駐車場へと足は向かっていた。


駐車場に向かっている時にふと、考える。



いつもは滅多に吸わないタバコ。


吸うのは大概女を抱いた後。


口に残る抱いたばかりの女の味を忘れたくて。




タバコを覚えたのは、高校卒業と同時だったような記憶がある。

俺の当時の記憶は酷く曖昧で、タバコを吸い始めたのと時を同じくして女遊びを始めた。大学に入ったばかりだった俺は、そこから短期間の間に酷く荒れた。


『遠藤』の名前に寄って来る女なんて大した事は無い。綺麗だと言われている、可愛いと評判。そんな女に限ってがめつく、笑顔なのに腹の中では何を考えているのかわからない。全く持って女という生き物は本音と建前で生きているなと思う。

事実、俺の容姿がいいのも相まって寄って来る女は尽きることがなかった。それは今も変わらないけれど、あの頃は誰でもよかった。


付き合っている、そうやって毎日が過ぎると思っても、現状に納得しない女が望んだ言葉だけは絶対に言わなかった。


言う必要も無かった。


欲している言葉を得られない事への憤りは、そのまま女の浮気へと発展。結局はなんの言葉も口に出さないまま、付き合う・別れるを繰り返した。


苛立つ毎日と若さゆえの性への興味。そんな事を続けているうちに、だんだんと喫煙量も増えた。


そんな荒れた生活を繰り返していた俺が、女関係もタバコも落ち着くようになったのはひとえに、祖母のおかげだと思っている。



「亨、貴方随分とご盛んのようねぇ。」


「…おばあ様、これまた随分と下品で…」


「あら。こんな事で動じる私ではありませんよ。」


「そうですか。」


「そうです。とは言え、亨。貴方タバコの吸いすぎですよ。もう寄ってくるだけで匂いが…私がタバコ嫌いだと言う事を忘れたのかしら?」



祖母は根っからの嫌煙者で、その影響なのか、祖父も父も非喫煙者である。叔父だけは隠れて吸っているようだが、やはりこの家では吸わないように気を使っているらしい。あのガサツさな感じからは全く見受けられない気遣いを考えると、やはり祖母には誰も勝てないようだ。


祖母がタバコ嫌いだと言う理由だけではなく、毎日派手に遊びまくっていた俺は実家に帰ることが滅多になくなり、自然と家族との時間も減った。一応大学が同じな翼とは会っていたが、学部が違うためにそう密に会っているわけではなかった。

この時はたまたま実家に用があって帰って来たのだが、その短い帰省時間に祖母に捕まったのである。



「亨、貴方がこんなに荒れていては、あの子も浮かばれないわよ?」


「……っ!…放って置いて、くれませんか…」


「そうしたいのは山々なんですけどね、貴方がこんなにも苦しんでいるのを見るのは忍びなくて…。心配しているのは私だけではないのよ。愁清さんもそうだし、蒼偉も雅さんも。翼だって心配しているの。亨、見て見ぬふりは止めなさい。」


「それが、余計なお世話なんですよ。俺の事は放って置いてください。」


「放っておけたらいいんですけどね…。だけどそんな事はしないわよ。私は貴方の祖母であり、味方なのだから。だからこそ、亨にはしっかりと現実から逃げないで立ち向かって欲しいの。ちゃんと貴方には側にいてくれる家族がいるの。それを下らない虚勢を張って拒否するのは許さないわよ。」



いつもはぽわぽわしている祖母の厳しい口調に、瞠目する。だが、それに対して出た俺の言葉はまたしてもそんな祖母の想いを真っ向から否定するものだった。



「俺の、何がわかるって言うんですか。俺の何が!」


「亨、もうあの子は…真尋(まひろ)はいないのよ。真尋の事を本当に想っているんだったら…」


「煩い!!真尋の事は…あいつの事は口に出さないでくれ!もう放っておいてくれ!!」



そう言って豪雨の中、実家を飛び出した記憶が今もなお忘れられない。


あの後、頭をしっかりと冷やした俺はすぶ濡れで実家に戻り、祖母に謝罪した。そんな俺に祖母はどこか泣きそうな顔で頭を拭いてくれたけれど、大学を終えるまで…教員免許を取得し、今の学校に入るまで派手な女関係は止む事は無かった。


だけどこのお陰で、タバコの量は減った。以前のように日常的に吸うことが減り、大分俺の精神状態も落ち着いたが、それでも何年も経てもなお、女を抱いた後は吸う癖が残っている。




昔の事を思い出していると、いつの間にか駐車場に着いていたらしい。キーで開錠し、タバコの箱を取り出した。あいにく後二、三本しか残っていない。今日の帰りにでもコンビニで新しいのを買うか…。

そんな事をつらつらと考えながら、タバコを口に咥えて火を着けた。

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