第61話
週末にいろいろとあったものの、週の始まりは律儀にやってくる。
久しぶりに実家に泊まった。相変わらずな両親の様子に安堵し、また祖父母の元気そうな姿も見られた事にほっとする。
なんだかんだ言いつつも、うちの家族は仲がいいと思う。それこそ、俺の友人なんかは親子関係が破綻している奴も結構いる。資産家と言えば聞こえはいいが、普通の家より金と人と権力が絡んでいる分、親子と言えど複雑な関係になるのも珍しい事ではない。
祖父は色々と画策するのが好きだが、父の方が策を弄する事では上を行く。あの何を考えているかわからない表情を読み取るのは、生み育てた祖母でも無理なのではないかと時々思う事がある。俺も翼も父からは実際的に害を与えられた事がないので安心しているが、敵に回すと色々と厄介な人だとの共通認識で一致している。
祖父が先代から守り育てた遠藤グループは、父の代で更に巨大なものになった。あの巨大企業を率いるには、やはり父が相応しいのだと思う。
そんな父もそろそろ孫の顔が見たいのか、少しばかりそう言った事をチラッと話すようになったのだが、俺は例に漏れず聞かなかったふりをして過ごし、翼も翼で苦笑するに留まっていた。
――コンコン――
授業が無い空き時間、次の授業の資料を探していると部屋のドアがノックされて来客を知らせた。
「はい。」
「おはようございます、亨さん。」
「悠生、お前授業は?」
「俺も空きなんですよ。暇なんで遊びに…」
「暇って…。仕事しろよ。」
「まーまー!!あ、これ差し入れです。食ったことあります?」
差し出された棒は、一個十円の駄菓子。苦笑しながらもそれを受け取ると、悠生も持っていた一本をもさもさと食べ始めた。
「亨さんって、こんなの食います?」
「食うぞ。って言っても、最近は滅多に食わないけどな。」
「意外!お坊ちゃまってこんな駄菓子食わないで生きてるのかと思ってた。あ、怒んないでくださいね。」
ちゃっかりと俺を貶して、すかさずに謝りを入れた悠生を呆れたように見やり、ため息をついた。
お坊ちゃまって…。ま、確かにそうなんだが。
家は金持ちにしては比較的寛容な方で、そもそも祖母と母があまり金持ちな考えをしていないせいで、色々とさせてもらっていた。買い食いもその一貫で、ちゃんと手伝いをして駄賃を貰ってから駄菓子屋まで翼と二人で買いに走ったのは懐かしい思い出だ。まあ、警護のメンバーがしっかりと後ろに付いていたのもなかなか異様な光景だったと思うが。
「うちはそんなに縛りきつくないからな…って、お前なにその雑誌。」
「あ、俺、桐生美奈が表紙なんで買っちゃいました!」
「……好きなのか?」
「好きですねー。すっげー綺麗なカラダしてますよね。しかもこの雑誌、兄の桐生秀人も載ってるんですよー!同じページではないですけど。」
「……………」
「桐生秀人も凄いですよね。中学まではイタリアに居て高校・大学は日本でしょ。よくこっちの学校についていけましたよね。確か高校は超進学校で、大学は国立の最難関学部!顔も頭も良くて、更に才能まであるなんて、神は二物も三物も与えましたよね。」
「…そうだな…」
「しかし、凄い美形兄妹ですよねー、この二人。父親の桐生総一郎も相当ないい男だって言う評判ですけどね。本物見てみたいなー!」
お前の好きな神崎の家族だぞ。
とはまさか言えないので、黙って悠生の桐生家談義と大人しく適当に相槌を打つことで歪む顔を何とか誤魔化した。大学も少し調べれば俺の出身校だとわかるはずだが、さすがにそれはなさそうだ。
確かに桐生さんは機転が働くし、頭がいい。零先輩がいなかったら首席だって取れたと思うが、それは記憶の中だけに書き留めておく。過ぎた事をあれこれ言っても、しょうがない。
なんでも悠生は、美奈がモデルを始めた頃からのファンなのだそうだ。高校生の時に始めたはずのモデル業を無難にこなしていた美奈が、ある雑誌での一枚が美奈の仕事に対する気持ちを変えた。
…のだそうだ。
力説する悠生の話を流して聞きながら、次の授業で使う資料を再び探し始めた。
「あの当時は所詮父親の七光りだとか言われてたし、兄の秀人も『Dupont』の広告で伝説作ってたでしょう?その見方が大勢を占めてた時に、いきなり変わったんですよね。後のインタビューで、あの一枚の事話した事が一度だけあって。何でも、自分のお姫様が撮影所に来ててその撮影を見てたとか…。いやー、あんなに綺麗なのに不思議ちゃんって!これが所謂ギャップ萌えってやつですかね!?」
神崎だ。
間違いない、神崎がその場に居たはずだ。じゃなきゃ美奈がお姫様がいたとかっていう不思議ちゃん発言をするはずがない。あいつは不思議ちゃんキャラなどでは断じてない。
あいつはもっと強かな女だ。それでいて、グレイシー柔術も身につけている猛者だ。
そんな美奈にやる気を出させた神崎。
やはりあいつは凄い。
桐生家全員の力の原動力に違いない。だがらこそのあの溺愛っぷりなのか。いや、違うか。
「つかぬことを聞くが…神崎はどうなんだ?」
「神崎ちゃん?神崎ちゃんと桐生美奈を比べてどうするんですか。あくまでも桐生美奈は芸能人じゃないですか、実際付き合うんだったら迷う事無く神崎ちゃんです!」
「…へー…」
遠い目をしてる自覚はある。だけど悠生はと言うと、美奈の載ってる雑誌を熱心に読んでいるし、声をかけないままにしておいた。
美奈のファンでありながらも、神崎を選ぶこいつ。
だが美奈も美奈で、桐生さんから大切な妹だと大切にされているし、父親の桐生総一郎だってそうだろう。
もしも。
現実にはありえないだろうが、美奈を蔑ろにして神崎と付き合うような事があったら、確実にあの二人の強烈な視線だけで射殺されるのではないかと危惧してしまう。
なかなかコイツも茨の道を歩むなと、どこか皮肉気な頭でぼんやりと考えた。
次は唯に戻ります。