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第60話

『カサブランカ』のコレクションの日が毎年同じ日なのは有名で、それはレーベルが立ち上がってから今まで変わる事がない不文律。それを聞いた瞬間は信じられないように思ったものの、記憶の中を辿ると確かに千歳先生達の結婚記念日は年明けだったような事を思い出す。


千歳先生と親友だったという、桐生総一郎。そして、千歳先生の妻だった祥子さんを、自分の後妻へと選んだ。傍から見れば、親友の妻を寝取った裏切り行為にも見える。それなのに、自らのブランドの発表日は親友の結婚記念日で…。

そう考えると、三人の関係というのはなかなか複雑な人間関係だったのかもしれない。さすがに詳細を聴くのは憚られるが、ふと、この歪とも取れる関係のせいで神崎が千歳先生の実家から嫌われているのかもしれないと思った。



「それで…翼も亨もやっぱり出る気はないの?」


「え…?ああ、出ませんよ、おばあ様。翼、お前は?」


「遠慮しておくよ。ステージに上がるだけで緊張しそうだから。」


「じゃあ、俺桐生さんに電話してくるから。」



母と祖母が相変わらず残念そうにしていたが、俺は二人には構わずに自室に戻り桐生さんに電話をかけた。



『もしもし?どうかした?』


「この前の返事、『カサブランカ』のモデルの件ですけど。翼にも聞いてみました。やっぱり嫌だって言ってました。すいません。」


『えー!?マジでか!!うわー、香港行く前に決めておきたかったのに!!』


「桐生さんやればいいんじゃ…」


『僕は駄目だよ、もう裏方に徹してるから。』



良く言う。

裏方があんなにメディアに出るもんかと思いながら苦笑する。



「香港?桐生さん香港行くんですか?」


『うん、明後日から。』


「さっき桐生さんの親父さんに会いましたけど、親父さんもN.Y行くって言ってましたけど。」


『あー、そうそう。忙しいんだよね、今の時期。それなのにパリにクリスマス休暇がてらに唯と一緒に行くってどういう事なんだろうね!あー、僕も行きたいのに!!…って、ん?いつ父さんに会ったの、お前。』


「ディナーに誘われたんですよ。ラファエル・ガネッティの店に。」



「レイフの?」と言って桐生さんは少し驚いたようだった。そう言えば美奈にも会ったな…。

すげーな、俺。今日一日で桐生家制覇だぜ。



『今日は唯が世話になったな。お前の家の皆さんにも感謝してるって言っておいてくれない?』


「いや、それはいいんですけど…。桐生さん少し聞いてもいいですか。」


『何?』


「神崎って……妹さんって千歳先生の娘なんですよね。」


『………は…?お前、何で千歳さんの事知ってんの?』


「千歳先生と祥子さんと知り合いなんですよ、俺。と言っても、本当に偶然知ったんですけど…。」



そう言って、俺が千歳先生に出逢った経緯などを話すと少しだけ驚いているようだった。電話口で唖然としているのがわかったが、すぐに気を取り直したように元の口調に戻っていた。



『はー…なるほどねぇ…。』


「祥子さんって亡くなったんですよね?」


『一年前にね。ガンが発見された時にはもう手遅れって言われたんだけど、余命宣告の半年より長く生きたんだ。これ、あんまり唯の前で言うなよ。唯、一気に顔から表情無くなるから。』



桐生さんに厳しい口調で言われた通り、確かに祥子さんが亡くなった話をしていた時に神崎の顔から表情が消えていたような気がする。

母親である祥子さんを亡くして一年。まだたった一年。

唯一の肉親である母親と死に別れた事というのは、あの子にとってまだまだ生々しいものなのだろう。

小さな身体のくせに、神崎は色々と抱えている。


その支えがこの家族達なのであろうが…。



『え、待って。ていう事はなに。お前と翼は唯の生まれた時の頃を知ってるわけ?』


「生まれたっていうか…祥子さんのお腹にいるころか『いいなーーーーー!!!!!!!!』…声張りますね…。」


『僕も美奈も唯の生まれた時の頃知らないんだよ。父さんは知ってるんだけど…ていうか、父さんの場合は失われた二歳から四歳の頃まで知ってるからね…。本当にズルイよな。そう思わない?』


「思いません。」


『あー…可愛かっただろうなー、赤ちゃんの頃の唯…。』



桐生さんがうっとりと脳内パラダイスにトリップしたところで、この電話を切ろうと確信した。



滔々と妹が赤ちゃんの頃は可愛かっただろうなと連呼する桐生さんに愛想を付かして電話を切って、少し息を付いた。

なんだか、今日一日で随分な事があった気がする。大した事ではないと思っていたはずなのに、それが自分の尊敬する千歳先生の事だったと思うと、自分が思っていた以上に気を張っていたのかもしれない。


ふと古いアルバムが目に入り、思わず一冊を手に取った。

アメリカにいた頃の写真が修められているそれは、両親は知らないだろうが千歳先生と祥子さん夫妻と一緒に撮った一枚が修められている。もちろん唯もいるのだが、まだ小さい頃の写真なのであいつは絶対覚えていないだろう。


千歳先生に抱かれた生まれたばかりの唯と、その隣に寄り添って幸せそうに微笑む祥子さん。

この二人がもうこの世にいないなんて信じられない。

それに、こんなに幸せそうに微笑んでいる祥子さんも、一年前までは先生の親友である桐生総一郎の妻としてその隣で笑っていたはずだ。なかなか複雑な三角関係だったのだろうか。

まぁ、それを知っているのは桐生総一郎と千歳先生と祥子さん達の、当事者達だけなのだろうが。


パラパラとアルバムのページを捲っていると、パラリと色あせた一通の手紙が落ちた。


懐かしい。これは、日本に帰ってから半年後に千歳先生から届いたエアメール。

今の様にインターネットがそんなに普及していなかった時代、忙しい先生とは頻繁に手紙のやり取りは出来なかったけど、確かに一通の手紙が届いた時には飛び上がるほど嬉しかったのは覚えている。

返事を書いたけれど返事は来なかった。それを酷く寂しいと思ったものだが、ドクターの仕事が忙しいものだと思って我慢していたけれど、実際は亡くなっていたのだと思うと胸が痛い。


届いた手紙の内容事態はすごく力が抜けるような内容だったのだが、その中に一枚の写真が入っていた。


幼い時の唯の渾身の一枚と思わしき、笑顔満開の写真。

考えてみれば先生も相当な親馬鹿だったのは間違いないと思う。女の子だったというのもあるかもしれないが、それでもこの写真は力が入っているように思えてしょうがない。


ふと笑みが零れた。

今の娘の姿を見れば、千歳先生は喜ぶだろうか。それとも嘆くだろうか。

あんな美形家族に囲まれて、美形音痴に、そして鈍感に育ってしまった娘を。



「でかくなったな、唯も…。」



ぽつりと呟いた声が部屋に反響する事は無かった。

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