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第55話

「デザートはミルフィーユだよ」



神崎の明るい声がなんとなく重い雰囲気を打ち破った。その事に何と無くほっとしつつも、神崎が置かれている状況を考える。

身内である神崎家から父親を参る事を許されず、従兄弟達からも距離を置かれている。踏み込むべきではないとわかっていながらも、どこかで昔の幸福そうな三人を思い出して、今のままではいけないのではないかと思うのだが、それは俺が口を挟む事ではない。

俺は神崎の担任ではない。単なる一教科を教える教師だ。そこまで俺が一人の生徒に親身になる必要はない。ないと思っているのに、気になって仕方が無い。



「ミルフィーユ~さくさく~♪」



見ろ、悩みなんて何にも無さそうな顔でデザートを頬張っているじゃないか。どことなく調子っぱずれな鼻歌まじりのご機嫌モードだ。

そう、俺が心を砕くことなんてない。例え、それが昔可愛がっていた唯であろうとも。



「唯、俺のもやる。ほら、あーん。」


「む。あーん。」


「美味いか?」


「んー!!」


「良かったな。」



しっかし…



「本当に仲いいんですね…」



俺より早く翼が言った。さすが俺の片割れ。考えている事は同じだったか。

しかし、翼がそう言ったのにも関わらず、桐生総一郎は至ってけろっとしていた。神崎も少しだけ恥ずかしそうにしていたが、否定はしなかった。

この状態で育ったのだとしたら、神崎が美形音痴になったとしてもおかしくない。むしろ、同情すらしてしまう。これからこの先、神崎に彼氏なんて出来ないのではないのか…。可哀想に…。

思っていた事が表情に出てしまったのか、神崎が怪訝な表情で俺を見ていたが、黙っていた。


雛鳥に餌付けするように、自分のデザートまでせっせと食わせていた桐生総一郎だったが、携帯が鳴ったらしく、すまないと断って席を立った。

どうやら仕事の話なのか、頻繁に業界用語らしい言葉が飛び交っていたが詳しくはわからない。

そのまま視線をテーブルに戻すと、デザートを二人分平らげ満足そうにしている神崎をどうやら呆れた目で見てしまったようだ。あれだけ食って、あの細さはどういう事なんだろう。



「お前、細いくせに意外に食うのな。」


「そう、それ僕も思った!唯って痩せの大食い?」


「いや、別にそう言うわけじゃないですよ。普通だと思いますけど…まぁ、先生やお兄ちゃんが知ってる女の人とは違うかもしれませんけど。」



へっと吐き捨てる様に言われた言葉にムカッときた。どうしてこいつは、チクチクと…。隣を見れば翼は声を殺して笑ってやがるし…!



「おい…」


「ぶっ!ヤバい、亨お前、当たってるじゃないか…っ!くくっ!あーヤバい、腹痛い…っ!」


「でしょー?あのー、先生とお兄ちゃんって類友でしょ?絶対そう!」



至極無邪気に問われたが、流石に俺の堪忍袋がキレかけた。



「おい、お前いい加減に…」


「まーでも、お兄ちゃんは今彼女いないですけど…いたことあるのかな…でも、先生って彼女いるでしょ?」



サラッと桐生さんについて凄い事を聞いたが、あえて聞かなかった事にする。でも、俺に彼女はいない。だけど、なんで一生徒に私生活に口を出されなきゃいけないんだ。

神崎が言う彼女。有紗の事だと容易にわかった。



「お前に関係ないだろ。」



自分で思ったより冷たい声が出た。目に見えてビクッと怯えた神崎を翼が宥めるように声をかけたが、俺は謝る気も宥める気も無かった。

校内で有紗との噂があるのは知っている。だからこそ迂闊な事は言えない。別にこいつがベラベラと喋るような類の子じゃないのはなんとなくわかる。しかし、どこから波及するかわからない。既に有紗との関係は切ったし、彼女とは恋愛感情も無かった。それを今更外野にどうのこうの言われるのは正直言って、ウザイ。



「亨…唯が怖がってるぞ。」


「だから?いちいち俺の私生活にまで口を出されるなんざ不愉快なんだ。それを詮索されるのを嫌がって何が悪い。」


「ご…ごめんなさい。調子に乗りすぎました…」



しゅんとし、ビクついている神崎を宥めている翼を見ながら、なんだか俺が悪者みたいな気持ちになった。別に悪い事をしたつもりはない。俺と神崎はあくまでも、教師と生徒なのだから。



「悪い、急に仕事の電話が入った…って…空気悪いな…。何かあったか?」



電話が終わって、戻ってきた桐生総一郎が席に着いて一応場は落ち着いたように見えたが、流石は娘バカ。すぐさま娘の様子がおかしいと気付くと、問い詰めはしなかったが、訝しげにしていた。そんな義父に不自然なまでの笑顔を貼り付けて、食事の感想を述べている。その様子を見ていて、少しだけ罪悪感がこみ上げたが、謝る気は無かった。



『食事はどうだったかな?』



ガネッティが食事の感想を聞きに来て、今度こそ本当に笑んでいるようだったが、桐生総一郎はそんな彼女の様子をつぶさに見ていた。



『レイフ、今度はいつ来日するの?』


『うーん、わからないなぁ。今度はユイがイタリアにおいで。ついでだから、ヒデトとミナも一緒に来ればいいよ。』



そんな会話を交わしている二人を見ていた桐生総一郎が、俺を見た。



「で?」


「で?…って何ですか?」


「何でうちの唯が怯えてるのか説明しろ」


「…別に何でも。俺の私生活を突っ込まれそうになったので、注意しただけです。」


「ふ~ん…。」



納得していない様な口調だっが、それ以上は追求されなかった。何となくだが、この人は気付いている気がする。



「さて。唯、悪いが、急に仕事が入った。明日朝一の便でN.Yに行かなきゃならない。だから、今日これから会社に戻っていろいろやらなきゃいけなくなったから、」


「あぁ、うん。わかった。気を付けて行ってきてね。」


「何か欲しいものあるか?」


「ない。」


「ティファニーのネックレスだな。わかった。」


「いらないって言ったじゃん。」


「はいはい、じゃあ気を付けて帰れよ。再テストもちゃんと頑張れ。じゃないとマリベルが悲しむぞ。」


「わーかってるよ!いってらっしゃい。ティファニーとかいらないからね!!」



文句を言いつつも、俺達が見ている中で麗しき義父と娘が、ぎゅーっとハグしている。んでもってダメ押しで頬にキス。

黙って何も言わないまま目の前の光景を見ていると、名残惜しそうに手を離した桐生総一郎が俺達に目線を寄越した。



「と言うわけで、悪いが俺はこれから仕事でな。すまないな、慌ただしくて。」


「いえ、いろいろ貴重な話が聞けて良かったです。N.Yまでお気をつけて。」


「僕からも、ありがとうございました。久しぶりに桐生さんと話が出来て良かったです。唯の事も聞けましたし。」


「そうか。じゃあ、迷惑ついでに唯を送ってやってくれ。マンション知ってるんだよな?」



外野で反対の声が上がったが、それは無視らしい。こくりと頷いて肯定を表すと、じゃあ頼むと言われた。

正直、あの気まずい空気で神崎を送るのは気が進まない。だからと言って、夜になってからあのマンションまで一人で帰らせるわけには行かないし。途中で翼を実家で下ろしてから、神崎を送って、それから俺のマンションに帰ろう。

そう算段を付けていると、桐生総一郎に肩を組まれた。何事かと思って隣を見ると、とても五十代とは思えない男の顔が近くにあった。色気がありすぎる。



「お前、何だか嫌な予感するんだよなぁ…」


「何の事です…って何なんですか、これ。離してくれませんか」



必死の攻防虚しく、がっちりと組まれた肩が外れずに、耳元でやけに低い声で囁かれた。



「唯に手ぇ出したら、俺がお前堕とすからな。覚悟しとけ…バンビ。」



バンビと呼ばれたその瞬間、俺の腰が落ちた。

近くに椅子があったから良かったものの、無かったら確実に床に崩れ落ちている。そんな俺を楽しそうに見下ろしていた桐生総一郎は、ガネッティとも二言、三言交わして、固い握手をして去っていった。

去り際に娘をハグして行ったのはご愛嬌ってところだろう。



「亨?大丈夫か?」


「くそ…腰にきた…」



多分顔は真っ赤だと思うが、構っていられない。耳元であの声は反則だ。

男の俺でも腰にくる。



『先生、どうしたのかな?具合悪くなったの?』


『ユイはわからなくていいよ。だけどまあ…ソウの威力が効かない存在も珍しいね。』


『?意味わかんない。』



わからなくていいぞ。

神崎に心の中でそう呟いて、赤くなった顔を覆い隠した。そうして、俺と桐生総一郎の初対面は幕を降ろした。

次からは唯

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