第五話
表情を消した私を不思議そうに眺めていたお兄ちゃんだけど、NYから1ヶ月ぶりに帰ってきたんだから、疲れてるはず。そう思って、少し休んでもらうことにした。
「お兄ちゃん、ご飯出来るまで少し休んでたら?出来たら起こすから。」
その言葉を聞いて、お兄ちゃんは満面の笑みを浮かべる。
「唯が作ってくれるの?外に食べに行こうと思ってたけど、そっちの方が魅力的だね。何作ってくれるの?」
「うーん。久しぶりの日本食でしょ。だから鯖の味噌煮でも作ろうかなと思って。」
「あぁ、いいねー。楽しみだ。」
ニコニコと笑うお兄ちゃんは、少し仮眠するために客室へ行く。
さぁて、ご期待に沿うように腕を奮っちゃいますか!!私はエプロンをして、腕まくりをする。
しかし…このエプロンはどうにかならないものかね…と思う。お姉ちゃんの趣味が多分に入ったフリフリエプロン。お姉ちゃんだけじゃなく、パパもお兄ちゃんも「よくいいの見つけたな、美奈!!」と大絶賛の代物だ。自分達はデザイナーなんだからもう少し機能性のいい物を作ってくれてもいいのに…と内心ごちりながら、それでもありがたく使っている。
お米を炊飯器にセットし、鯖を仕込み始めようとしたら、携帯がメールを受信しているのに気付く。
送信者は『お姉ちゃん』。内容を確認すると
『今日パパと一緒にご飯食べよう♪フレンチがいい?イタリアンがいい?』
とお姉ちゃんからのメールだった。
お姉ちゃんとパパもか。お兄ちゃん帰って来てるの知らないのかなーとのん気に構え、『今日はお兄ちゃんが帰ってきて、もうご飯作ってるから行かない。ごめんね。また次の機会に誘って。』と返信する。
返信してから1分も経たずにお姉ちゃんから電話がかかってきた。うわぁおっ!!
「もしも『唯、あたしとパパの分も用意して!!唯のご飯が食べたい!!唯のご飯がたーべーたーいぃぃぃぃーーーーー!!!!!』」
この人は間違いなくお兄ちゃんと血が繋がってる。DNA検査なんてしなくてもわかる。確信できる。
「お姉ちゃん…減量しないといけないって言ってなかった?」
『いいのよ、そんなの。唯のご飯が食べれないなら減量なんてしても仕方ないでしょ!!』
あっけらかんと言い放った言葉にため息をつく。その理屈は一体どこから…。呆れながら返事をする。
「もー、しょうがないなぁ。何時ごろに来るの?パパも一緒なんでしょ。」
『そうそう、パパが唯と食事したいって言ってたからね。一番喜ぶわよー、うふ。えーとね、パパと一緒に唯のマンションに行くからー…だいたい19時ちょっと過ぎたあたりかな。で!今日のご飯は何作ってるの?』
「19時ね。わかった。今日はお兄ちゃんが帰ってきて日本食食べたいだろうなと思って、鯖の味噌煮だよ。あーとは…ほうれん草の胡麻和えとか作ろうかなって…。あ、そうだ!お味噌汁の具はお姉ちゃんに決めてもらおうかなー。何がいい?」
『本当にー!!早く帰りたーーーい!!!マチさーん、早く帰りたーーーーい!!!(後少しガマンしなさい!!)』
あ、お姉ちゃんのマネージャーさんのマチさんの声がする…。マチさんも高橋さんと同じく大変そうだなー。
『(美奈さんお願いしまーす)あ、ごめんね、唯、行かなきゃ!!具はワカメとお豆腐!!じゃああとでね!!』
「はーい、わかった。あと少し頑張ってね。マチさんに迷惑かけちゃ駄目だよ。」
『わかってますよぅ。じゃあね!!』
電話を切って、ふーと一息。パパとお姉ちゃんも来るのか。ご飯もう少し炊かないと。さてさて鯖さーばっと。お姉ちゃんのリクエストのわかめとお豆腐のお味噌汁も作らないとねー。
鯖を煮込んでいる最中に、手早くほうれん草の胡麻和えも作ってしまう。しばらくすると、キッチンにお味噌のいい香りが漂ってきた。うーん、いい匂いー。んふー。顔も綻ぶってもんでしょう!!
と、冷蔵庫を見るとお豆腐がなかった。
あれ?買い置きなかったっけ…。うーん…今18時かぁ。うーむ…ちょっとコンビニ行って買ってこようかな。コンビニはすぐそこだし、お兄ちゃんは起こしちゃ可哀想だし。さっさと行って買ってこようかな。
そう思って、財布と携帯、念のためキーを持って部屋を出て、コンビニへ向かった。
シスコン兄に負けず劣らずのシスコン姉登場。