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第53話

話中の『』会話はイタリア語です。

ラファエル・ガネッティの店までは、家から車で三十分。実家に自分の車で来ていた俺が、翼と神崎を同乗させる形で店まで車を走らせた。

乗り込む際に神崎が、不思議そうな顔をしていたのは、多分こいつが乗った事のある車と違ったからだろう。わざわざ学校に、こんな車を乗って行かないだろうと思いながらも、今乗ってきている車は大分派手なのは自覚していた。



BMWの左ハンドル。

神崎が乗り込む時に、居心地悪そうにしていたのを見て見ぬフリをして、助手席に翼を乗せた。万が一誰かに見つかったら危ないと思っての事だが、ガネッティの店にそうそう見知った顔がいるとは思えない。いくら、金持ち学校と裏で揶揄されようが、それはあくまでも一部の生徒で、ほぼ大半は一般的な家庭環境の生徒ばかりだ。それにガネッティの店は予約が一年待ちらしい。母情報だが。


車を走らせていると、神崎が俺の車について聞いてきたのだが、何故か俺ではなく翼が答えていた。



「亨はね、他にもう一台持ってるよ。駐車料金だけでも月相当払ってるはずだから、唯、聞いてみれば?」


「先生、いくら?」



おい、遠慮無しかよ。

その言葉をまるっきり無視して、話の話題を桐生さんの事にすり替えた。



「桐生さんの車の方が凄いだろ。マセラティ乗ってるじゃないか。」


「マセラティだかなんだか知りませんけど、私あの車嫌いなんですよ。ついでに言うとパパの車も嫌いです。いかにもな車なんで。」



意外に思い、バックミラーで神崎の方を見た。不思議に思ったのは翼もだったらしく、後ろを振り向いて理由を聞いていた。

曰わく、独身男が女を引っかけるために乗る車だからとの事だった。



「なる程ねぇ。」



翼がくすくす笑いながら神崎の話に頷いていた。と言うことは俺の車もそうだが、翼の車も当てはまるんじゃないだろうか。翼の愛車はジャガーだ。しかもスポーツタイプ。

いやはや、神崎は全く女子高生らしくない。ま、車に興味持つようなタイプじゃなさそうだし、それで別に構いはしない。そう思いながら他愛の無い会話をしていると、道が空いていたのもあって、思ったよりも早く店の前に着いていた。



「あ、パパの車ありますね。」


「どれ?」



神崎が駐車場に停まってある車を見て、声を上げた。桐生総一郎が、女を引っかけるために乗る車ってどんなのかと思っていると、彼女が指を指した先にはベントレーがどんと駐車されていた。



コンチネンタル・スーパースポーツ。



「「…派手だな」ね」


「でしょ。」



思わず二人で呟いた言葉に、神崎は即座に同意した。その派手な車の隣に駐車して、後ろのドアを開けてやる。すみませんと言いながら出て来た彼女が入り口に目をやると、一瞬で笑顔になった。こんな風に笑った顔は子供みたいだと思ったが、気分を悪くするだろうなと思って言わないでおいた。



「レイフ!!」


「ボナセーラ、ユイ!!」



あっという間に俺の側から居なくなったかと思ったら、いかにもシェフっぽい外国人とぎゅーぎゅー抱き合っていた。

なるほど、あれがラファエル・ガネッティか…。写真ではチラホラ見たことあるが、根っからのマスコミ嫌いで有名なガネッティの写真は、大概が若い頃のものだ。今現在の実物は、その頃より大分横に広がっている。言っちゃ悪いが樽っぽい…。呑気にそんな事を観察していると、翼が入り口にもたれてその熱烈な歓迎の様を見ていた長身の男に気付き、俺を小突いた。



「亨、あれが桐生総一郎だ。」



そう言われて、思わずマジマジと見てしまった。


あー…なるほど…。十人中九人は卒倒しそうな程の色気が漂っている。言うなれば、歩くフェロモン。しかも、円熟味を増して更にその深みを増している。

確か、五十代だったよな。うちの父親と対して変わらないはずなのに、何だろう。この差。自分の父親を悪く言うつもりはないけれど、明らかに桐生総一郎の方が若く見える。男から見てもいいオトコ。なるほどなぁと納得するより無かった。自分の父親も年の割には若く見える方だが、桐生総一郎がもっと若い。


日本ファッション界の雄と言われた桐生総一郎。身につけている時計もそうだが、高価そうに見えないのに、絶対高い。洗練された大人の男って感じ。

これがもしも自分の親だったらどうよ。自分に彼女いたとしたら、絶対オヤジに靡くと思う。親と女を巡って対立って、ありえないだろう。修羅場すぎるし、そんな女は手を出さない。


これがもしも、有紗だったとしたら。だけど、あいつはそれでも翼の事を諦めたりはしないだろうな、と目の前の光景を見ながら、ぼんやりと思った。



…しかし、自分の娘が(義理だが)いつまでもあんなに密着していていいのか?確か親バカだって聞いたが…。それに、見てみぬフリをしたが、ガネッティの頬にキスしてたぞ、あいつ。海外の挨拶だとは知っているが、一応ここは日本だろう。それに、レストランの敷地内とは言え、ここは外だぞ。


そんな考えが伝わったのか、神崎とガネッティがハグしている所から、俺達が突っ立っていた所に視線を寄越した桐生総一郎は、俺達の顔を見るなり、微笑ともとれない笑い顔を向けて、俺達の方に歩いてきた。



「初めましてと、久しぶり。悪いが、どっちがどっちだ?おい、唯、こっちに来て紹介しろ。」



「はーい。『レイフ、もういい?』」


『まだ抱きしめたりないなぁ。だけど、相変わらず小さいんだね、ユイは。』


『これでも成長したんだよっ!まぁ身長は止まっちゃったけどね。』


『ははははっ!可愛いのは変わらないんだから、そのまま変わらないでくれると嬉しいね。さぁ、僕にも彼らを紹介してくれるか?』



おいおいおい…イタリア語が喋れるのか、こいつ。

俺も、英語とイタリア語とスペイン語はわかる。だけど、イタリア語に関しては喋れる程度のものでしかないのだが、それでも神崎とガネッティの会話は理解出来る。

訝しげな表情をしていた俺と翼の顔を見た桐生総一郎は、あぁと破顔した。



「唯は英語とイタリア語、フランス語が出来るんだ。後者二つは会話が出来るだけだと唯は言うが、識字も出来る。謙遜は日本人の美徳だが、あいつは自分の事を卑下しすぎる傾向にあってな。」


「そうなんですか。」


「おい、唯。どっちがどっちなんだ?」



きゃっきゃきゃっきゃとガネッティと戯れていた神崎が、ようやく俺と翼の側に来た。頓着なく俺と翼を見分けた神崎に少し驚いたが、とりあえず桐生総一郎に挨拶をした。



「はじめまして、挨拶が遅れましたが、遠藤亨です。娘さんの学校で教師をしています。」


「はじめまして、桐生だ。娘が世話になってるな。君だろ?唯の日本史の先生って。」


「えぇ、はい。」


「悪いな、赤点取らせて。しっかり叱っておいたから、追試で頑張れるようにしてくれ。」


「わかりました。」



ふっと笑って俺を見た桐生総一郎は、次いで翼と久しぶりの挨拶を交わしていた。神崎の方を見ると、しっかりガネッティに肩を抱かれていて、しきりにイタリア語で通訳していた。ガネッティにも挨拶しようと思って、イタリア語に頭を変換した。



『はじめまして、トオルです。』


『おや、君もイタリア語が話せるのか?』


『少しだけ。「神崎、通訳しなくていいぞ」



意外そうに俺を見ていた神崎が、ガネッティに通訳しようとしていたので、それを止めさせた。まぁ別に通訳してもらう程、言葉に不自由はしない。ガネッティと握手を交わして、皆で他愛のない挨拶程度の会話をしていると、神崎がくしゃみをした。その途端、桐生総一郎がガバッと神崎に覆いかぶさった。



『レイフ、中に入るぞ。唯が風邪引いたらどうする。』


『相変わらずお前は過保護だな。ま、中に入るのは賛成だ。さあ、ユイ、温かい食事を用意したからいっぱい食べるんだよ。ユイはもう少し太った方がいいんだから。』


『太るのはいやだけど、レイフの作ったものは美味しいから好き。楽しみにしてるね。』



……二人とも、桐生総一郎が覆いかぶさっている状況を見事にスルー…。嫌がる素振りすら見せない神崎に、大物の予感がする。相変わらずっていう言葉が怖い。まさかいつもこうなのか?


いや、考えるまい。考えるな、俺。

見ろ、神崎なんて文句すら言ってないじゃないか。


ふと翼を見ると、翼も唖然としている。スキンシップにしては親密すぎる密着状況に二人して驚いていると、神崎が「何してるんですか、寒いから入りましょうよ」と声をかけてきた。もちろん、桐生総一郎に抱き付かれたまま。そうだなと気の抜けた返事を二人でして、レストランの中に入る直前になってようやく桐生総一郎が神崎を離したのだが、今度は頬にキスしていた。一瞬だったが間違いない。しかしそれでも、微動だにしない神崎は、全く気にしない風だった。



「…突っ込むべき…?」


「言うな、言ったら、何かもっと知りたくない事が出てくる気がする。」



メディアに出ている桐生総一郎のイメージがガラガラと壊れていく。全てではないが、既に半壊くらいしている。食事が終わるまでに俺達は無事でいられるだろうか。

そんな俺達の必死の思いを知る良しもない神崎は「パパ、しつこい」となおもハグしようとしている父親を一蹴して、再び大物感を感じさせた。


圧倒された遠藤兄弟。だけど総一郎パパからしてみれば、まだまだ軽いジャブ程度の愛情表現だったり…(笑)

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