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第五十二話

しばらくそのまま糸を解していると、全て解き終わり毛糸玉になっていた。これから一から編み直す事になってしまったとはいえ、私は特に苦ではない。珠緒さんはわからないけど…。

エコだなんて言うと大袈裟だけど、馴染んだ糸の具合は好きだし、また新しく生まれ変わる工程が好きだから。とは言っても、これは珠緒さんのマフラー。ちゃんと編み上がりを見届けねば!



「あ、じゃあ始めましょうか。とりあえず、編み始めまでは出来ますよね?」


「えーっと、こうだったかしら?」


「う、はい、そうそう、ここに糸をこうかけて…」



一度は失敗したものの、今度は慣れたのか、順調に編み上げていく珠緒さんを見ていた雅ちゃんが、はぁ~とため息をついた。



「凄いわー、お義母さん、しっかり編めてますよ!」


「うふふ、やっぱり唯さんの教え方がいいからかしら。わかりやすいのよね。」


「あはは、あんまり誉めると舞い上がりますから、その辺で…っと、珠緒さん、そこ外れてますよ。」



そんなやり取りをしつつ、結構早いペースで編んでいく珠緒さんに感嘆しつつ、たわいのない会話を楽しんでいた。



「ねえねえ、唯ちゃんは彼氏いないの?」


「いませんよ。私、義兄や義姉と違って全くモテないんですよー。」


「あら、こんなに可愛いのに。」


「あはっ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ。」


「お世辞じゃないわよー、ねえお義母さん?唯ちゃんは可愛いですよね?」



同意を求めるように雅ちゃんが珠緒さんを見ると、凄い真剣に編んでいて、声をかけられる雰囲気じゃなかった。

と、その時翼さんが一冊のアルバムを手にリビングに入って来て、私と雅ちゃんの座っているソファーの隣に腰かけた。



「翼さん?どうかしました?」


「うん、唯に見せたいものがあって。千歳先生の事…今話しても大丈夫?」



翼さんに心配そうに顔をのぞき込まれたけれど、さっきまでの動揺していた気持ちはパパに少しだけ吐露していたから気持ち落ち着いていた。

だから大丈夫ですよと答えると、翼さんはほっとしたような笑みを浮かべた。



「そう?さっきはごめんね。つい、思い出してはしゃいじゃって…」


「いいえ、さっきは私も失礼な態度を取ってすみませんでした。」


「ふふ、いいよ。でもね、僕達が記憶にあるのは、本当に小さい頃の唯だったからね。こんな奇縁って滅多にないし、この機会に僕達を兄だと思っていいよ。秀人さんの他に兄、いらない?」



翼さんはそう言うと、身を乗り出して私の頭を優しく撫でた。

なんだかくすぐったい気持ちがするけど、こんなお家の人を兄だなんて恐れ多い。て言うか、先生もそれに含まれるんだよね。

…遠慮したいなぁ…。と考えていると、顔に出てしまったのか私の顔を見て、翼さんが苦笑した。



「そんな嫌そうな顔されると傷つくなぁ。ねぇ、母さん、こんな妹欲しくない?」


「欲しいわっ!!!!」



雅ちゃんに、がっと両手を掴まれた。びっくりして、思わず目を見開いて雅ちゃんを凝視すると、凄い勢いで抱き締められる。



「そうよ、うちの子に…あぁ、どうしてあなた達は三十前なの!?唯ちゃん、一回り離れた彼氏ってどーお?駄目よね、嫌よね、やっぱり。でもでも、翼は彼女持ちだけど、亨は彼女いないはずだから、どうかしら?あー、でも可愛い唯ちゃんを亨の毒牙にかけるのは酷よね。どう思う、翼。」


「うーん、亨次第かなー。でも、その線もありかぁ。いいんじゃない?小さい頃、唯は僕より亨の方に懐いてたし。亨もね、まんざらでも無かったんだよ。だから千歳先生の方に唯が行っちゃうと、不機嫌だったんだからね。」



雅ちゃんに抱き締められたまま昔話を聞いているけれど、どうもおかしな方向に話が進んでいる気がする。

…私と先生がどうしたって?



「唯が名前呼ぶのだって、亨の方が早かったし。さっきも言ったけど、僕は最後まで『たしゅく』だったんだからね。最後に別れる時、唯は泣かないくせにずーっと亨にくっついてたよ。あんまり離れないから、祥子さんが困って引き剥がそうとしたんだけど、よちよち歩きの赤ちゃんの癖に凄い力で亨にしがみついてたんだ。」



ひーーーー!!!!!は…恥ずかしすぎる!!

何でそんな子供…赤ちゃんか。の頃の赤っ恥を晒さないといけないの。しかも、その話じゃあ私が先生にべったりだった様に聞こえるし!いや、べったりだったんだろうけどさ!

だけど、だけどぉぉ!!

わたわたしたまま、珠緒さんを助けを求めて見ると、こんな騒がしい状態なのに、我関せずで真剣にマフラーを編んでいた。凄い集中力…。


あ。



「珠緒さん珠緒さん、一つ編み目が外れてますよ。それから、ここまで編み上げちゃったら少し編み方変えましょうか。」


「あら、そう?えっと…」



と言いながらせっせと編んでいく。

どうやら大丈夫そうだなとそのまま様子を見ていると、テーブルの上にアルバムが広げられていた。中に収まっていたのは、お父さんと一緒に写っている翼さんと先生だった。



「ほら、これが生まれたばかりの唯。ちっちゃいでしょ?」


「うわー…なんか恥ずかしすぎるんですけど…。」


「きゃー…って…翼、この写真って生まれたばかりじゃないの。まさか病院にいたの、あなた達。」


「あー…そうなんだよね。ちょうど日曜日で、亨が遊びに行ってたら祥子さんが産気づいたらしくてね。しかも、運悪く千歳先生が仕事中で。で、亨が急いで千歳先生に連絡したらしいよ。」



…先生ってそんな時から…。



「で、駆けつけた千歳先生の車に同乗して、そのまま生まれてくるのにも立ち会ったんだって。あ、もちろん待合室でらしいけど。僕はその後に病院へ訪ねたら、呆然としてる亨を見かけて、どうしたって聞いたらこれだもの。驚いたってもんじゃなかったよ。」



それで撮ったのがこれ。と言って、一枚の写真を私に差し出してくれた。

この写真は見たことがない。と言うか、生まれたての私を撮った写真というのは、せいぜいおくるみに包まれて寝てるやつとか、お父さんかお母さんが抱いているやつだった。まさか、こんなシワシワの小猿みたいな写真があるとは思いもしなかった。



「…お父さん嬉しそう…」


「泣いてたからね。」


「泣いてた…?お父さんが?」


「わんわん泣いてたよ。あんまり泣くから、祥子さんに叱られてた。それから、この人…えー…っと…なんとか外科部長?にも、困った奴だなって言われてた。」



この人と写真を指さされた先にいたのは、今のパパぐらいの年の人で、白衣を着てお父さんとお母さんと他のスタッフらしい人達と一緒に写っている。病院のドクターや看護士達と写っているその写真は結構数があって、その中の一枚に、見知った人が写っていた。



「外科部長って言う人はわからないですけど、この人はわかりますよ。キース・ケネディ。心臓外科の権威って言われてるドクターです。」


「唯ちゃん、ドクターケネディを知ってるの?あの有名な?」



有名…。まあ、そうか。あんな変人でも一応は権威だし。



「あー…知ってると言うか何というか…。パパのライバル?みたいな…。お母さんが好きだったらしいですよ。よく知らないですけど、父が亡くなってモーションかけられたんだけど、タイプじゃなかったからフっちゃったのよねーって母が。だから来日した時にたまに会うと、凄い勢いで僕の娘にならないかって…あれ、どうかしました?」



なんか見られてるんですけど。

さっきまで凄まじい集中力を発揮していた、珠緒さんまで手を止めて私を見てるんですけど。



「祥子さんって…。」


「?よく知らないですけど、モテたらしいですよ。パパ曰く、ですけど。パパは母と結婚する時、大変だったってよく愚痴ってますよ。まあ、パパと再婚した母の方がやっかみとか色々凄かったですけど。私にもいっぱいイヤミとか言われましたしねぇ。」



懐かしいなぁ。

美人なモデルさんとか、綺麗な女優さんとかいっぱい…邪魔よって言われたなぁ。と言っても、そこで引き下がるお母さんじゃなかったから、倍にして返してたけど。しかも、お母さん見た目が若いから、自分より全然若い女の人達より、年下だと思われてた事もあったなぁ。



…あれ?どうかした?

何かさっきにも増して見られてる気がするんだけど。



「どうかしました?」


「…いえ…凄いのねと思って。大変だったわね。それじゃあ唯ちゃんも大変だったでしょう?」


「子供だったので、そんな事は大した事は無かったですよ。今は桐生の姓を名乗っていないので、昔より全然。」



もう全然比較にならない位!

昔はもう、お兄ちゃん狙いの人だとか、お姉ちゃん狙いの人だとか凄かった。取り入ろうなんて考えの人はまだ良かった。あからさまにキツい事言ってくる人とか、普通にいたし。

それを考えると、今は穏やかな物だと思う。同じ中学出身者は綾乃しかいないし、そもそも名字を変えているから同中生でも、名前だけでは私と判断出来ない…はず。まだ卒業から一年も経っていないけど、中学の友達と遊ぶって言うことも無いわけではない。だけどそこで、逐一私の名字の事とか聞かれないし、話す事も無い。他校の生徒に関しては個人情報に対して厳しいらしい、今の高校を選んだと言うのもあるので、他校生から声をかけられると言うこともない。

そもそも、私はモテないし。ナンパなんかされた事無いし。綾乃や愛理ちゃんはされてるのに…。

…軽く凹む。

やっぱりアレか、童顔だから!?身長が153cmしかないから!?

うんうん考えていると、何やら勘違いをされて翼さんに、大層哀れまれた。



「…何かいろいろ大変だったんね…。」


「そんなことないですけどね。あ、珠緒さん編めました?じゃあここから編み方変えますからー…」



編み物に熱中した私と珠緒さんを除いた二人が、どんな顔していたかは知らないけれど、とりあえず、私の赤ちゃん時代の写真や、お父さんお母さんの写真を仲良く見ていた。時折私も話に入ったりして、和やかな雰囲気が心地よかった。



「あれ、そう言えば…唯、夕食ってどこに行けばいいの?店は聞いてるんだよね?」



あ、そうそう、忘れてた。

パッと顔を上げると、いつの間にか先生までいた。いつからいたんだろう。



「あのー、パパの知り合いのイタリアンのお店で、レイフ…ラファエル・ガネッティのお店分かります?丁度、レイフが来日してるからそこでって言われたので。本当は正装で行かなきゃ入れないんですけど、本人が着飾る必要はないし、貸し切ってあるからって言ってるみたいなんです…け…ど……って、どうかしました?」



あれ、凝視再び?しかも先生も増えたよ?私が首を傾げてると、雅ちゃんがガシッと私の肩を掴んだ。

なに!?雅ちゃん怖いんですけどーーー!!!!!



「ラファエル・ガネッティ?イタリアの自分のレストランで十年連続三つ星を取っている、ラファエル・ガネッティ?そのラファエル・ガネッティと唯ちゃん、知り合いなの!?」


「えっ!?はっ、はい!!」



パパのね!!

それを言わないまま、雅ちゃんの怖い顔と、少し呆れ顔の翼さん、驚いた顔の先生、黙って微笑んだままの珠緒さん。四者四様の表情に私は晒された。



「唯…心臓外科の権威、ドクターケネディとも知り合いで、今度は十年連続三つ星シェフのラファエル・ガネッティ…」


「マジかよ…お前凄いな、人脈…。」



皆さん、呆れた様に見ないで下さいよ。

次は亨です。

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