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第47話

俺の部屋で勉強を教えるのは良いが、困った。

何が困ったかと言えば…



「適当に年代書くなっつってんだろ!」



びくりと身を竦ませた神崎の、あまりの日本史に対する関心の無さだ。

いや、関心が無いわけではないのだろう。資料を紐解きながら説明してやると、一生懸命見入っているから。

だがしかし、それが実にならない。


英国数は満点だったと悠生が言っていた。

確かにあっちは記憶する教科ではないが、如何せんこの落差は酷い。


とは言えようやく何とかなってきたので、様子見も兼ねて谷野が作ったテストをやらせてみることにした。



「とりあえず、これ練習問題だからやってみろ。簡単だから。」


「はーい。」



せっせと問題を解いている神崎を尻目に、自分はパラパラと教科書を読んでいた。確かに範囲は広かった。だが、あと一学期を残してとなると、悠長にやってはいられないのが実情だ。

残す三学期でどこまでやれるか…。多分世界大戦以降はやれないだろうなと考えていると、神崎がぱっと顔を上げた。



「終わりましたー。」


「あぁ、お疲れ。採点するから少し休憩していいぞ。」


「はーい。やったぁ。」



そう言って神崎はふわっと笑った。それはさっきの笑みとは違うもので、年相応のもののように思えた。と言うか、幼い。童顔も相まって、やはり高校生には見えない。


うーんと体を伸ばしている彼女を横目に、採点し始める。


間違えている箇所もあるが、大分マシな解答に少し安堵した。

予想通り谷野の問題は神崎にも簡単だったようだ。持ち上がりのクラスがこの程度の問題で、本当にいいのかと改めて心配になる。


簡単だったと言っても、やはり間違えているのは俺が作った物と同じ問題だ。

どうやら江戸時代の三大改革である『享保、寛政、天保の改革』が特に苦手らしい。



俺の手が止まったのを見た神崎が、手元にある採点済みの解答用紙を覗き込んで来たので少しビビった。



近い。

いくら何でも近すぎるだろう。


体を寄せてきたので、長い髪がサラサラと机に落ちた。鬱陶しいとばかりに顔にかかったそれを耳にかけたのだが、どうも子供のくせに仕草が大人びている。多分悠生だったら、身悶えするほど喜ぶだろう。


色んな意味で。



胡乱気(うろんげ)に見ていた俺に気付いた神崎が、どうかしたんですか?とばかりに首を傾げた。

無意識か、こいつ…。末恐ろしい高校生だ。



「お前…こんなに近くてどうも思わないわけ?」


「あ、すいません。近かったですか。」



そう言って身を引いたのだが、全く焦りって言うのが感じられない。多分、この位の距離感なんだろう。あのシスコン兄妹と。


今度桐生さんに言っておいたほうがいいのかもしれない。



「あんまり無防備になるなよ。お前、そういう所鈍そうだから。」


「はい?無防備?」


「普通、今みたいに近かづいたりしたら男は勘違いするぞ。気をつけろよ。」


「…はぁ…?…そう言えば同じ様な事、最近言われたんですよね。先生、高橋さんってわかりますか?高橋零。お兄ちゃんの親友なんですけど。同じ大学でしたよね?」


「零先輩な、知ってる。うちの大学で一番頭良かったんじゃないか、あの人。院に進んでから国家一種取って、確か国交省だか総務省に入ったんじゃなかったか。」



零先輩は桐生さんの親友で、俺もよく飲みに行ったり、遊びに付き合わされていたりしていた。明るく気さくな人で、真っ直ぐな性格をしている人だった。

それでいて優秀な頭脳の持ち主だった。大学院に入ってそこを主席で卒業し、あっさり入庁したかと思ったら、ものの二年かそこらで退官したと話で聞いた。

久しぶりに桐生さんと会ったと思ったら、どうやら未だに零先輩と連んでいるらしい。そして言葉尻を取る限り、一緒に仕事をしていると思われる。相変わらず、あの二人は仲がいい。



「高橋さんにも言われたんですよ。『簡単に男を部屋に入れちゃ駄目だよ』って。別に高橋さんだったら何てこと無いんですけどねぇ。」


「おい、ちょっと待て。零先輩との話の内容がわからないんだが。」



おいおいおい。

いくら何でも無防備過ぎるだろう。確かに零先輩が忠告するのもわかる。

しかも的を得てると来たもんだ。本人は何のことだか全く理解していないが…。

話を聞くと、父親の書類を取りに来た零先輩を、自分以外は誰もいない部屋に上げようとしたらしい。そこは先輩がきちんと断った上で、更に説教をしたようだが、なんで説教されたかわかってないなら、意味がない。



「桐生さんもちゃんと言ってやりゃいいのに…」


「それも言ってましたね。『秀人も教えてやればいいのに』とかなんとか。」


「そうだな。お前は女の子なんだから、もう少し自覚って言うのを持ちなさい。そんなだったら襲われても文句言えないぞ。」


「私を襲うって事は、相手はロリコンですね!?うはー…」




天然ここに極めれりって感じだ。

こうも自分自身に対しての危機感が薄いとは思わなかった。マジで一回桐生さんに忠告がてら説教しないといけない。


義妹は無防備すぎると。



「…マジでお前よくこれまで何にも無かったな。告白されたりしたんだろ?」


「告白?………あー!あれは全員冗談でしたよ。だって、なんか呼び出されたのはいいんですけど、結局告白らしいものは全然されてませんもん。」



神崎はけらけらと笑っているが、悠生に聞いた限りではそうではないらしい。確か遊んでるので有名な生徒も告白したと言っていたが…。



「俺は二年の加藤にも告られたって聞いたけど。」



「かとう?二年の…加藤…加藤…あぁ!!体育館裏の!」


「体育館裏?呼び出されたのか?」


「そうなんですよー。一人で体育館裏まで来てねってウインクされたんですけど、その瞬間いきなり青ざめて、いや、やっぱりいいや!!って。結局何だったんだかよくわかんないんですよね。」



………

何となくわかった感じが…



「…近くに生徒会の役員がいなかったか?」


「そう!よくわかりましたね!!龍前寺会長と篠宮先輩が後ろから声かけてきてですね、『神崎ちゃんには指一本触れさせないわ』とかなんとか…。意味不明ですよね。」



なる程。

どうやら生徒会の圧力と言うのはこの事らしい。

道理で神崎に浮いた噂が無いわけだ。あの生徒会をバックに持っているこいつに、おいそれと告白なんて出来ないわけだ。

くわばらくわばら。



「…大変だな、お前も。先生は心配で泣けてくるよ。」


「おっさんくさいですよ、先生。お兄ちゃんより年下のくせに…ってお兄ちゃんも年明けたら三十なんですよー。いい加減、ふらふら遊んでないで身を固めて欲しいんですけどね。」


「…ふらふら遊んでる…」


「遊んでますよ、お兄ちゃん。一応上手く隠してますけどね。恋愛音痴のくせに。」



桐生さん、愛する義妹が軽蔑の眼差しで貴方を見てますよ。


ていうか。



「おっさんくさいって何だ!!」


「うっ!話の流れでそこはスルーなんじゃないんですか!!」


「誰が流すか!大体桐生さんが遊んでる事より、お前が今遊んでるんだろ!!見ろ、俺が作ったのと同じ所間違えるぞ!江戸時代の改革は、享保・寛政・天保!徳川吉宗・松平定信・水野忠邦!!徳川吉宗はわかるだろ?暴れ○坊将軍のモデルだ!!」


「暴れ○坊将軍って何ですか。平成生まれにわかるように言って下さいよ、昭和生まれっ!!」



ふんっと顔を背けた神崎に、ブチっと俺の何かが切れた。



「…ほぉーう…。どうやらとことんおっさん呼ばわりする気なんだな。わかった、じゃあ俺も甘やかすのは止めよう。スパルタ方式だな。知ってるか、古代ギリシアのスパルタから派生した言葉で、別名拷問教育だ。」


「…拷問…?」



「手加減無しだからな。」




それから渡瀬が昼食だと呼びに来るまで、悲鳴混じりの神崎の絶叫が俺の怒声と共に、穏やかな日曜の遠藤家に響き渡った。


部屋から出てきた神崎の憔悴しきった顔を見て驚いた渡瀬は、俺に非難がましい目線を送り、彼女には痛ましい者を(うやうや)しく労るかのように接していた。


後から渡瀬にこっそり耳打ちされた。



「唯様をいじめる坊ちゃんを情けなく思います。」



と。




☆おまけ☆



「亨…唯さんから魂が抜けているように思えるのだけれど…」


「知りません。」


「唯ちゃーん、もう私が守ってあげますからねー!怖い亨はいないわよー。」


「聞こえてるぞ。」

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