第四十二話
「ありがとうございます。またご馳走になってしまって。すごく美味しかったです。」
そう、すんごい美味しかった。
どっかのコース料理じゃないかと思うほど豪華な料理ばっかり出て、内心ヒヤヒヤしてた。
この前連れて行ってもらった料亭もだったけど、どうしてこうも美味しい物ばっかり食べさせてもらっちゃうんだろう。
「お口に合ったようで何よりだわ。それに、テーブルマナーが完璧ね。関心だわ。」
「ありがとうございます。小さい頃から海外に連れて行ってもらってたので、マナーはそこで身に付けたんです。」
珠緒さんがへぇと声を上げた。先生は関係ないとばかりに、食後のコーヒーを飲んでいる。
ニコニコと笑っていた雅ちゃんが、ふと思い付いたように私を見た。
「海外と言えば…。唯ちゃんのお父様って桐生総一郎なんですって?」
「あ、はい。義理の父ですけど。」
「私ね、桐生総一郎の『カサブランカ』が好きなのよー!毎年、年明けにコレクションがあるでしょう?私、いつも行ってるの。次のコレクションも行くわよ~!!」
ウキウキとしている雅ちゃんを見て、思わず苦笑してしまった。
そうかぁ、会場に雅ちゃんが居たのか。あれ、て言うことは、私も見られてたかも?でも、私もお母さんも毎回関係者席にいたし、後のパーティーも出てないから…。
「次のコレクションでは、義兄にも知らせてないサプライズがあるらしいですよ。楽しみにしてて下さいね。」
「サプライズ?」
「はい、サプライズです。」
お姉ちゃんが出るんですよとは言えないから、にっこり笑って言葉を濁す。雅ちゃんは何なのかしら~と楽しそうだ。
「もしかして…桐生総一郎唯一のウエディングドレスが見れるの!?」
「あ、それは違います。」
「えぇえ~!!ねぇ、何だと思いますか、お義母さん!」
「わからないわぁ。それより、桐生総一郎がウエディングドレスを作ってたの?聞いたことが無いわ。ねぇ、亨、知ってる?」
いきなり話を振られた先生は、興味無いっと言った感じで素っ気なくこちらを見て、立ち上がった。
「俺に聞かないで下さい。すみません、少し出てきます。」
リビングダイニングを出て行った先生を見送って、また珠緒さんが私に向き直った。
「全く、あの子は…愛想がないんだから。話を戻しても大丈夫?唯さんのお義父様がウエディングドレスを作ったっていうのは?」
「一般にはあまり知られてないんですけどね。元々、あのウエディングドレスは商業用に作ったわけではないので、ほとんど知ってる人はいないんですよ。よく知ってましたね、雅ちゃん。」
「だってね、そのウエディングドレスが『カサブランカ』の原型なんでしょう?桐生総一郎ファンとしては、知らないわけがないわ!」
「…ファンなんですか?」
驚いてそう聞くと、うっとりした表情を浮かべた雅ちゃんが、ほうとため息をついた。心なしか顔が赤い。珠緒さんもそうよねぇと頷いてるし。
「本当に素敵よねぇ。あの見た目と身体付きじゃ、とても55歳に見えないのよね。なんて言うの?そう、セクシー!!桐生総一郎はセクシーなの!!それに、あの声!近くで囁かれたら、絶対腰に来るわ!」
「こら、雅さん、はしたないですよ。でもね、実際素敵な殿方だと思うのよ。私くらいの年齢でも素敵だなと思うんですもの。常に女性を気遣ってくれると言うし。なかなか日本人は出来ないじゃない?そういった気遣いは。さり気なく、それも嫌味じゃない気遣いをしてくださる男性はおのずと、女性の関心を引きやすいんでしょうね。そう言った意味でも、唯さんのお義父様は素敵な方だと思いますよ。」
…そうなんだ。パパってそんなにセクシーなのか。モテるのは知ってたけど、そんな風に見られてるんだな。
まぁ、パパもそうだけど、お兄ちゃんもイタリアに住んでたからそういうレディーファースト的な事は意図せずにやってるんだろうと思う。今まで意識してみた事無かったから、改めてそういう事をさらりとやるパパとお兄ちゃんを尊敬してしまう。
「ねえ、唯さんはそのウエディングドレスを見た事があるの?」
「あー…、見た事はある事はあるんですけど、実物じゃなくて、写真なんですよ。実物はどこにあるかわからないんです。多分、義父がどこかに保管してあると思うんですけど、それがどこなのかは全然知らなくて。」
「へぇ、そうなの?残念ねぇ。じゃあそのウエディングドレスは誰が着たの?」
「私の母です。」
「唯さんのお母様?…そう言えば、この前亡くなったって…。」
「え?あの奥様が、唯ちゃんのお母さんなの?」
気遣うように珠緒さんに言われて苦笑する。
大丈夫。私は笑えてる。
「はい。桐生祥子は私の実の母です。もう亡くなって一年経ちますけどね。」
「ごめんなさい。辛い事を思い出させてしまったわね…。」
「ふふ…、大丈夫です。もう慣れましたから…。」
「あぁ、本当にごめんなさい!唯ちゃん、泣かないで?」
おろおろと慌てた様子で私の前に屈んだ雅ちゃんは、優しく頭を撫でて泣かないでと言っている。泣いてないし、大丈夫と言っても信じてくれないんだろうなぁ。少しだけされるがままにしておこう。
なんか懐かしい。お母さんと雅ちゃんは、年齢こそ違うかもしれないけど、同じ母親。母親に撫でられる感じって忘れてたなぁ。撫でてくれる手が優しくて、縋り付きたくなる。だけど、いくらなんでもそれは出来ない。
雅ちゃんの目をしっかり見て、もう大丈夫ですよと笑っておいた。直も心配そうな顔をしている雅ちゃんの気を逸らそうと、そうだ!と声を上げた。
「折角だから、そのウエディングドレスの写真見ます?」
「え?いいの?」
「はい。あ、着てるのは母ですけど、隣に立ってるのは義父じゃないですよ。」
「そうなの!?私てっきり、あのオシドリ夫婦ぶりからして桐生総一郎が結婚するから作ったんだと思ったわ!確か、お互い再婚だったわよね?」
「なんだ、母さん。ゴシップ?」
そう言って私達の方へと歩いてきたのは、先日会った翼さんだった。あれ、仕事だったのかな。休日なのに…社会人って大変だ。先生も休みなのに、私に時間割いて貰っちゃってる。しかも、勉強、ぼろぼろだし。
おっと、いけない。挨拶、挨拶。
「翼さん、こんにちは。お邪魔してます。」
「こんにちは、唯ちゃん。…今はスーツ着てるからあれだけど…。よく僕が亨じゃないってわかったね。大概間違えるのに…。」
「え?なんで間違えるんですか?全然似てないのに。」
と言うと、何故か皆黙ってしまった。…え、私なんか変なこと言った…?
不安になっていると、翼さんが突然吹き出した。なんだ、なんだ?
「ふはっ!凄いね、唯ちゃん!!うちの親でも間違えるのに、全然似てないって!知り合ったばかりなのに、負けたね。母さん。」
「本当。見分けが付くようになったのはここ何年かなのよ?どうやって見分けてるの?」
「え?んー…なんとなく雰囲気とか、身に纏ってる色のマッチングとかですかねぇ。翼さんは黒が似合わないけど、先生は似合う。逆に、先生は青とかは似合わないけど、翼さんは似合いますよ。」
「…へー…さすがファッション一家で育っただけはあるなぁ。そんな見分け方があるとはね。」
ふむふむと言った感じで見つめられるけど、なんだか…。いくら雰囲気が違うと言っても、先生と同じ顔でガン見されるのは、ちょっと…。
そう言えば先生はどうしたんだろう。なかなか帰って来ないなぁ。多分同じ事を考えていたのか、珠緒さんが翼さんに聞くと、テラスで何か考え事でもしてるようですよ。と言っていた。
「あ!それより、桐生総一郎のウエディングドレスの写真!!唯ちゃん、見せて見せて!!」
「ちょっと待ってくださいねー。えっと…」
ごそごそとカバンの中を漁って、手帳を取り出した。その中から、目当ての写真を取り出す。何回見ても、お父さんとお母さんは幸せな時間を切り取られたまま、そこに存在している。それにふっと笑って、雅ちゃんと珠緒さんに見せた。
「…凄い綺麗だわ…。そして、似合ってる。ここまで花嫁に似合ってるウエディングドレスを見たのは初めてよ。」
「本当に。今までこんなドレス見た事ないわね。隣にいるのは、唯さんのお父様かしら?」
「はい、そうです。」
ほうと息を付いて写真に見入っている二人に、翼さんも僕も見たいなぁと言って、それに覗きこむ格好で見た。
その瞬間、翼さんは目を見張って止まった。え?どうしたの?と思ったのは私だけじゃなかったらしい。雅さんと珠緒さんも、訝しげな目を翼さんに向けている。絶句している翼さん写真を手に取り、直もその写真を凝視して、次いで私を見た。
「…まさか…そんな…こんな偶然あるのか…?」
「どうしたの、翼?」
「何やってんだ、翼。」
先生が部屋に入って来て、その異様な空気を嗅ぎ取ったのだろう。すぐさま翼さんに近寄っていくと、翼さんは手に持っていた写真を、先生に渡した。何だとばかりにその写真を見た先生もまた、雷に打たれたかの様な反応を示した。
そして、ようやく口を開いたかと思ったらそれは私の想像を超えた。
「…千歳先生…」
ようやくここまで…。
話がダラダラしすぎて、いつまでも進展がないまま50話超えたらどうしよう!あながち、笑い話どころの騒ぎじゃない…。
次は亨視点です。やっぱり速度が遅すぎる…。すみません。