第三十五話
「それじゃあテストを返す。」
遂に来ちゃった…。
テストが返ってきますよ、逃げたいですよ。いや、マジで。
私の出席番号は前から数えた方が早い。悲喜交々(ひきこもごも)の表情を浮かべながら呼ばれているクラスメイトを眺めていると、私の名前が呼ばれてしまった。
「神崎。」
「…はぁい…。」
のろのろと教卓の前まで進むと、先生が私にしか聞こえないように囁いた。
「お前再試だからな。」
…!!
いやぁあー!!
赤点!?赤点なの!?
マリー…ごめんね。私、クリスマスにマリーに会えないよ…。ブッシュ・ド・ノエル食べたかったな…。
涙目で答案用紙を恐る恐る見る。あぁ…バツばっかりだ。点数が怖くて見れない…。
「今回赤点取った奴は、放課後補習か、冬休み返上で補習のどっちか選べる。だけどその前に、来週もう一度同じ問題で再試をやって、それで今回の平均以下だったら補習組決定。ちなみにこのクラスの今回の平均は61点。もう少し頑張れよ、お前ら…。」
「範囲が広すぎるんですよ!」
「南北朝時代から江戸時代後期までって広すぎでしょー!」
なんかみんながいろいろ言ってるけど、もう私の頭の中には追試の二文字しかない。
あぁ追試…頑張らないと…。
昼休みにパパとお兄ちゃんからメールが届いた。きっとテストの点数知りたいんだろうな。
【日本史の結果どうだった?】
【赤点取ってないよね、唯?】
ごめんなさい。赤点です。
怖くて見れなかった点数を、綾乃が勢いよくめくって私に見せてくれた。
…24点…
哀しくて泣けてくる。
パパとお兄ちゃんに報告するのやだなぁ。でも、少なくともパパには言わなきゃ。追試がダメだったらパリに行けないし…。
メールで報告するのやだな…。今日実家帰ろうかな…。そろそろナイトも連れて帰らなきゃいけないしね。
【今日実家に帰るから、その時に点数教えるよ。ナイトも連れて帰るからね。】
まあ、わかってはいたけど、食い付き方が凄い。なぜかお姉ちゃんからもメールが届いてびっくり。
今日はバイトもないし、大人しく家に行こうかな…。
「唯ちゃーん、遠藤先生が呼んでたよ。日本史資料室に来いだって。…再試なんだね…。」
同じクラスの愛理ちゃんが、こそこそと追試の事を聞いてくる。項垂れて、そうなのと小さい声で答えた。ちなみに、このクラスで赤点の再試なのは私だけだ。
終わってる…。
「…うん…。再試頑張らなきゃ放課後か冬休み潰れちゃう。」
「放課後はともかく、冬休み返上は嫌よね。しかも、補習って遠藤先生じゃないんでしょ?だったら尚更頑張ってね!」
「う…うん?行ってきまーす…。」
資料室に着いて、二回ノックをして中に入る。
「失礼します、神崎です。」
「ああ、来たか。なんで呼ばれたかわかってるよな。」
「うっ…。はい、再テストの事ですよね…。」
とりあえず座れと言われたので、先生の座っている椅子の目の前にあるパイプ椅子に腰掛けた。
白衣を脱いで、ワイシャツ姿の先生。寒くないのかな。
「まさか24点とはな。全クラス中最下位だぞ、お前。」
「嘘…。そ…そんなに?」
「そんなに。再試自体、お前を救済するようなもんなんだぞ。受ける人数も五人以下。それも休んで受けられなかったりした奴らだ。真面目にやってこの点数なのはお前だけ。全く…。そんなに日本史苦手なら、なんで日本史選択したんだ。社会は選択だっただろ。」
「う…、世界史は日本史以上に範囲広いし、学年上がったら必修じゃないですか。地理はそんなに嫌いじゃないですけど、中学の時に習ったし…。だったら苦手克服のために日本史にしようかなー…と。」
「その心意気は褒めてやる。だけど、点数がこれじゃあな…。」
先生は、はーとため息を付いて、脚を組んだ。脚長いから様になるなる。なにか考えているようで、頬杖を付きながらパラパラと問題を捲っている。
黙ってそれを見ていると、そうだ。と何か思いついたようだ。
「お前、土曜日うちに来るんだったな。」
「あ、はい。」
「仕方ない。俺も土曜日戻るから、その時教えてやる。ばあさんには言っておくから。」
「え…?いいんですか?」
「良いも何も。お前、このまま再試しても平均以上の点数取れるのか?…無理なんだな、その顔じゃ。放課後はバイトあるんだろ。冬休みも追試じゃ桐生さんがうるさそうだしな。クリスマスも返上なんだぞ。いいのか?」
「クリスマスは…パパがパリに行くって言ってるので…補習は避けたいです…。お兄ちゃんはどうせ仕事なので…。」
ははっと笑った先生だけど、先生が補習受け持つんじゃないんだから、そんなに気にする事ないんじゃないの?有紗先生と過ごすんじゃないの?
龍前寺会長もエライ人がライバルだよねぇ…。ていうか、略奪!?そうなったら凄い修羅場になりそうなんですけど!!
「先生、補習授業しないんですよね?」
「ああ。俺がやらない代わりに違う先生が受け持つことになってる。だから嫌味言われるんだよ、『どういう教え方してるんですか。いくら補習授業しないからって』ってな。だから、追試で何としても61点以上取れ。いいか?俺が休日返上で教えるんだ、これで補習なんてことになったら、どうなるかわかってるよな?」
「ひっ…!聞きたくないけど…どうなるんですか…?」
「毎日課題出すからな。お前にだけ。」
「頑張らせていただきます。」
下に下にー。
もう髪の毛が床に付きそうな位まで頭を下げる。長くなりすぎた髪をどうしようかな…と頭の片隅で考えていると、予鈴が鳴った。
次の授業は確か…英語だ。綾乃の撃沈姿が目に浮かぶ。
「鳴ったな。教室戻ってもいいぞ。じゃあ土曜日な。ちゃんとテスト問題と解答持って来いよ。」
「わかりました。あ、じゃあ先生のうちの執事さんを待ってれば迎えに来てくれるんですよね?」
「渡瀬が?あぁそういう約束してたのか。そうだな。時間はばあさんに言っておくから、渡瀬が迎えに行くまで待ってろ。」
「はい、わかりました。じゃあ、もういいんですよね。失礼しました。」
「おう。授業遅れるなよ。」
そう言って私に背を向けた先生を見て、私も教室に戻った。