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第30話

『ねぇ、亨。唯さんの住んでる住所を教えてちょうだいな。』


「…は?」



テスト問題を作っている最中に祖母から電話があったので、出てみたら、開口一番これだ。

一体どこをどうやったら、神崎の住所なんてものを知りたがるのか…。俺には非常に謎だ。


「あの、おばあ様、話が見えないんですが…。」


『んもぅ、あなたは唯さんの住所を教えてくれたらいいのよ。ほら、ちゃっちゃと言いなさい。』



ちゃっちゃとじゃねぇ!


と怒鳴りたい衝動を、意志の力でなんとか押さえつけ、仕方がないので、神崎が住んでいるマンションの住所を教えることにする。

一通り聞いた祖母は、いかにも楽しみでしょうがないと言った感じで、『ありがとう、じゃあね』と言い残して、そのまま電話を切った。


本来ならば、生徒の住所は個人情報の事があるので第三者には教えるわけにはいかないのだが、祖母と神崎は知り合いなのだからまぁいいやと思って、そのままマンションの住所を教えたのだ。


一体何をするつもりなのか。

(にわ)かに感じる嫌な予感をため息を付いて押しやり、テスト問題を作る事に専念した。



次の日の夜、珍しく(たすく)から電話がかかってきたので、出てみると、翼は面白いおもちゃでも見つけたような弾んだ声をしていた。



『おばあ様が唯ちゃんを来週の土曜にうちへ招待したらしいよ。あれは相当気にいっちゃったみたいだね。』


「…マジかよ…。」


思わず唸って、頭を抱えてしまう。

人を招くのが好きな祖母は、昔からいろいろな人を家に連れてきてはパーティーやらをしていたが、まさか俺の教え子まで招かれるとは思ってもみない事だ。



『亨、おばあ様に唯ちゃんの住所聞かれただろ?』


「あぁ、昨日な。そんな事なら教えなかったんだが…。全く何考えてるんだか…。」


『まぁまぁ。おばあ様は、泊まりでも構わないのにねぇって言ってたんだぞ。それを考えたら、あの人が何考えてるのかとかさっぱりだろ?』


「…頭痛くなってきた…。」



本格的に祖母に気にいられ出した神崎をどうするべきか…。

あまりに生徒と近すぎるのはヤバすぎる。かと言って、無碍にすると祖母がうるさい。あれこれ考えていると、翼が一段低い声で俺に話しかけた。



『なぁ、亨。有紗、どうしてる。』



問いかけられた内容に一瞬眉をひそめた。

だが、何事もなかったかのように翼に返す。



「どうって?別に変わりないけど。何?今更未練あるとか言わないよな?」


『はっ!バカ言うなよ亨。僕は有紗と別れてもう何年も経ってる。僕の事じゃなく、お前だよ。お前。』


「俺?」


『お前、有紗と寝てるだろ。』



すぅっと目を細めた。

流石は双子。あの女とヤッてる事はわかってたか。まぁ、バレても大した影響はないが。



「ふん、だったら?お前ら、別れてるんだろ?だったら、別にそこまでつべこべ言われる筋合いないんだが。」


『…あの女に本気になるなよ、亨。』


「別に本気じゃない。有紗だってそれはわかってる。割り切った関係、それだけだ。」


『…それだけならいいんだがな…。』


「やけに歯切れが悪いな。何だよ、はっきり言ってくれないか。」



いまいち的を得ない会話にイライラしてきた頃に、ようやく翼は重い口を開いた。

その内容は酷く俺を驚かせたし、逆に、あぁやっぱりな。と納得させるものでもあったのだが。



『気をつけろよ、亨。』


「ははっ、俺はそんなに間抜けじゃないがな。」


『ま、そうだな。僕が気にし過ぎただけだろ。それより、唯ちゃんだな。残念ながら僕は仕事だから居られないんだよねー。お前は来なくていいのか?』


「はぁ?なんで俺が。」


『いいのかー?多分母さんも一緒になって、唯ちゃんいじくり回すぞ、きっと。賭けてもいい。絶対母さんの好み、ド真ん中!』



………。

容易に想像出来る光景に、更に頭痛が酷くなった気がする。



遠藤雅(えんどうみやび)

俺達の母であり、現遠藤グループ社長夫人。着物が似合う和風美人で、おっとりとした物腰に穏やかな性格で、祖母と非常に仲がいい。

だが見かけに反して、超が付くほどの少女趣味の持ち主だ。ロココ調の調度品に、フリルたっぷりの洋服。ピンクが大好きで、気が付けば、我が家は少女趣味が満遍なく散りばめられた屋敷へと変貌を遂げた。


それには流石に、祖父と父からストップがかかり、現在は落ち着いたものだが、趣味の部屋と称した母の私室は見事なまでのお姫様仕様なのである。

そんな母と祖母は、少女趣味と運命論信者。気が合わないわけがない。おかげで、二人仲良く宝塚や恋愛映画を観に行ったりしている。

最近の流行りは、例に漏れず韓流だ。

何とかっていう俳優がお気に入りらしく、最近二人で韓国旅行へ行ってきた。

土産を手渡された俺は、何時間もその話に付き合わされ、祖父から同情の眼差しを送られていた。きっと、祖父も何時間も同じ話を聞かされたのであろう。視線が合った俺と祖父は、仕方ないよな。と暗黙の了解とばかりにただひたすら、その拷問のような時間を過ごしたのである。


その少女趣味全開の母が、小さな童顔の美少女を見たらどうなるのか…。



十中八九、私室のクロゼットの中に飾ってあるフリルたっぷりのドレスを着せて、着せかえ人形にするに決まってる。

しかも、俺は何気に知っている。あの魔のピンクとフリルの間には、これまたピンクとフリルたっぷりのメイド服があることも。


そして絶対言わせるに決まってる。


もちろん、あのセリフを…。



その後は祖母も入れて、三人仲良く宝塚を観に行くかもしれない。

いや、別にいいんだが。いいんだが…。




「…俺…なんだか寒気がする…。」


『…うーん…僕も唯ちゃんが不憫に感じてきたな…。お前もいろいろ大変だな、亨。ま、頑張って!!じゃあな。』



陽気に電話を切った翼と入れ代わりたいと思ったのは、今日を置いて他にはない。

双子の母の設定を考えてる時、すごく楽しかったです。

雅さん、早く出してあげたい。

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