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第二十七話

綾乃と別れてマンションに帰った。

コンシェルジュの羽生さんにただいまと挨拶をして、おかえりなさいませと笑顔で返してもらった。何となく、そういうやりとりが嬉しい。


部屋に戻ると預かっているナイトが勢いよく飛びかかってきた。相変わらず甘えん坊さんだわ。

わっさわさとナイトを撫でる手を止めて、リビングへ足を進めた。

そう言えば、パパの書類ってどこにあるんだろう。そう言えば何の書類かも聞いて無いな。うーん…。今電話しちゃ駄目だよね、仕事中だろうし。メールして聞いてみようかなぁ。



【今日持って行く書類ってなんのやつ?どこに置いてあるのか教えて。】



そうパパにメールして、珠緒さんから貰った手紙を読む事にした。

膝にはしっかりナイトが頭を乗せている。その毛並みを梳きつつ、流麗な字で書かれた手紙を読んだ。



『こんにちわ、唯さん。編み物の先生になってくれると言うのに、連絡先を教えて無かった事に気付いて筆を取りました。私も携帯電話を持っているので、そちらに直接連絡をくれても大丈夫よ。もしも、私の携帯電話が通じなかったときの為にも、うちの執事の連絡先も教えておきます。渡瀬と言うのだけれど、彼に言付けをしてくれれば、私が折り返し連絡するわ。じゃあ、先生。ごきげんよう。

珠緒』



ご機嫌よう、珠緒さん。

手紙を読み終わって、ふふふと笑いをこぼした。先生って、ただ編み物教えてるだけなんだけどなー。

そう言えば、先生が珠緒さんのマフラーが大変な事になってるって言ってた…。どうなってるのか知りたいなー。今から電話しても大丈夫かなぁ。

手紙に書かれた携帯の番号を、自分の携帯に登録しているときに電話が鳴った。パパだ。



「もしもし、パパ?」


『あぁ、唯。書類のことだろう?えーっとな、俺の書斎…の書類棚の上にある封筒に入ってあるやつなんだが、わかるか?』


「えーっと、ちょっと待ってね、書斎まで行くから。でも、仕事で使う書類なんでしょ?なんでうちにあるの?」


『俺がその部屋使ってた時に置きっぱなしで、そのまま今まで忘れてたんだよ。』


「あ、そうなんだ。えーっと…うーん…これかなぁ。『カサブランカ』の今までのコレクション写真?」


『おぉ、それだ、それ!それ、高橋に渡してくれればいいから。』



高橋?なんで高橋さん?そう疑問に思った私は、パパに素直に聞いた。



「なんで高橋さん?お兄ちゃんの仕事はいいの?」


『取りに行くやつ探してたら、丁度高橋が外に出る用事があるって言ってたからな。ついでに取って来いって頼んだんだ。』


「ふーん。ていうか、パパ。来年入ったらすぐに今年の『カサブランカ』コレクションの時期なのに、パリに行って大丈夫なの?無理ならいいんだよ。」


『パリ行きにはあっちでの仕事の関係もあるからな。俺のクリスマス休暇も兼ねてあるからいいんだよ。だけどお前、もうパリ行く気か?来週なんだろ、テスト。ちゃんと勉強しろよ…っと呼んでるから行かないと、じゃあな唯。』


「うん、わかってるよ。じゃあね。」



元々このマンションは、パパが仕事の書類やデザインを考えるために借りていた部屋で、私が独り暮らしをすると言ってからこの部屋を借り受けた。と言っても、家賃はパパ持ちだけど…。

だってペントハウスではないものの、このフロア二部屋しかないし…。家賃は…怖くて聞けない。


広すぎて掃除もしきれないので、週に一回道代さんに来てもらっている。

パパの大概の荷物は貸し倉庫や職場に持ち込まれたけど、運びきれなかった書類や、写真などは書斎にそのまま残してあるので、今日みたいな事がたまにあったりする。



置いてあった写真を手に取った。パパとお母さんのラブい写真が所狭しと並んでいる。何回見ても恥ずかしいったらありゃしない。


その中に、パパとお父さんが肩を組んで笑っている写真がある。

私はお父さんを二歳の時に事故で亡くしているので、よく覚えていない。お父さんと過ごした時間より、パパといる時間の方が長いくらいだ、覚えているはずもない。

ただ、暖かい大きな手だったというのは記憶にある。



アメリカ、シカゴで外傷外科医をしていたお父さんは、日本から両親を呼び寄せて、ようやく取れた休暇をお母さんと私も一緒に過ごそうとした際に、信号無視のトラックに突っ込まれた。

私のおじいちゃん、おばあちゃんは即死、お父さんも一週間意識不明だった。一時的に意識も回復して話せるようにもなったらしいが、内臓へのダメージが大きく、大量出血を起こしてそのまま亡くなった。


お母さんは、お父さんの幼なじみで親友だったパパに連絡した。当時、パリにいたパパは一番早い便でシカゴに飛び、友人の病室へ駆け込んだ。



そこからは、二人とも教えてくれない。

お父さんの最後の言葉がなんだったのか、どうして私達がパパの元に身を寄せたのか。


ただ、お父さんは安らかな顔で逝ったとパパが悲しそうな顔でポツリとこぼした事があった。

そしてその話をした時、お母さんは泣いた。それをパパは優しく抱き締めていた。



パパがデザインする日本限定のレーベル、『カサブランカ』のコレクションは毎年一回だけしか行われない。

その日は毎年同じ日に開催される。



その日は、お父さんとお母さんの結婚記念日。



その時にパパは、『カサブランカ』の前身となったドレスを作った。



お母さんのウェディングドレスだ。



何でも、お父さんと約束したらしい。

自分が結婚する時、ウェディングドレスを作ってくれと。その約束を守って、当時忙しかったであろうパパは二つ返事で引き受けた。



そしてその時のドレスこそ、パパが唯一作ったウェディングドレスになっている。

それ以後、いくら依頼されてもウェディングドレスは作っていない。



お母さんと再婚した時にパパは『Dupont』を辞め、新しいブランドを世界に向けて展開し、その中の日本限定ブランドが『カサブランカ』。

日本人体型に合わせたサイズと、日本的なデザインは日本のみならず世界的にも評判がいい。



そろそろコレクションの季節か。今年はどんな服が出るのか楽しみだなー。

写真を棚に戻して、書斎を後にした。

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