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第26話

昨日神崎のマンション前で美奈と別れて車に乗り込み、エンジンをかけた瞬間に携帯が鳴った。

表示を見ると祖母だった。



「もしもし。おばあ様、どうかしましたか。」


『もしもし、亨?あなたちゃんと唯さんを送ってさしあげた?』


「はい。もう家に入りましたよ。俺はこれから帰るところなんですが、何か用ですか。」


『あのね、亨、帰る前に少し家に寄ってちょうだい。あなたに渡して欲しい物があるのよ。』



渡して欲しい物?一体何だと思いながら、実家へと車を走らせた。

門をぐぐり玄関前に車を止めて、中へと歩を進める。

広い洋館のような実家は、祖母と母の趣味が融合したような内装に調えられている。

嫁と姑の間柄でありながら、二人はとても仲がよい。父と母は恋愛結婚らしく、運命論に彩られている祖母は諸手をあげて祝福した。

見事に趣味も一致した母達は、端から見たら実の親子のように見える時も多々ある。そこが頭が痛いところでもあるが。



「おかえりなさいませ、亨様。いかがなさいました?」


「おばあ様に呼ばれたんだ。用事が済んだらマンションに帰る。で、おばあ様は?」


「大奥様は奥様とご一緒にお茶をしてございます。お呼びしてきましょうか?」


「いや、俺が行く。」



我が家の執事である渡瀬を押しとどめた。

屋敷の一画にある茶室へ向かう途中で(たすく)と行き会った。



「帰って来てたのか。」


「いや、ばあさんに呼ばれただけだ。すぐ帰る。」


「ふーん。あ、そうそう、唯ちゃん!秀人さんの義妹ってマジか!?」


「マジ。驚くなかれ、桐生さんが重度のシスコンだぞ。しかも美奈も。桐生さん曰わく、家族中に溺愛されてるって言ってた。てことは…」


「あの桐生総一郎もか…。」



あの桐生総一郎…。

翼が呟いた言葉に思わず笑いが漏れた。

デザイナーでありながら、起業家でもある桐生総一郎の辣腕ぶりはアパレル業界のみならず、で各業界の評判が高い。

うちの遠藤グループも昨日、桐生総一郎をアドバイザーとして迎え、新しいファッションビルをオープンさせたばかりだ。翼は企画開発部の部長だという事もあり、その仕事を桐生総一郎と一緒にしたはずだ。



「お前、桐生総一郎と仕事したんだろ?どんな人だった?」


「男が惚れる男っていうか、まぁ女も間違いなく惚れる色気も凄かったけどな。素晴らしく男っぷりがよかった。女性スタッフが軒並みメロメロだっただけじゃなく、男性スタッフもかなり評判良かった。」


「色気かよ。しかし、それは凄いな…。桐生さんもかなり色気あると思ったら、それ以上なのか。」


「まぁ、秀人さんの親だからな。大人の色気ってやつか?それに、仕事方面でも色んな意見聞きつつ、それも踏まえた上で自分の意見を出す。一緒になってプロジェクトをやり遂げたっていう気になるんだ。あれは誰でも惚れるよ。」


「へぇ…。」



どうやら辣腕と言う噂は本当らしい。おまけに人たらし。一度会ってみたい気もするが、俺は一応一教師なわけだから、会うことはないと思う。

思案していると、茶室の前まで来ていた。そこで翼と別れて、襖の奥に声をかける。祖母の返事は是。



「失礼します、おばあ様。」


「あら、来たのね。最近うちに顔を見せないんだもの。お父さんも心配しているわよ。」


「母さんは元気そうだな。父さんは会わなくても、翼から話は聞いてる。相変わらずそうで何よりだと伝えてくれれば、それでいい。」


「全く、あなたったら…。お義母さんも何とか言ってくださいな。」


「まぁまぁ、雅さん、亨の言いたい事もわかるわ。それよりも、亨、この手紙を唯さんに渡してくれるかしら。」



手紙?

差し出された小さな手紙に目を向ける。



「唯さんに連絡先を教えるのを失念していたわ。これに携帯の番号が書いてあるわ。渡してちょうだいね。」



ニッコリと笑った祖母にため息を付いた。


面倒くせぇ…。


渡してちょうだいねって、学校でって事だよな。さっき、あいつを怒らせたばっかりなんだが…。



「お義母さん、唯さんってどなた?」


「うふっ、私の編み物の先生なの。どうやら亨の教え子らしくてね、それでこの子を呼んだのよ。」


「編み物の?お義母さん、大丈夫なんですか?」


「大丈夫とは何ですか、失礼な。でも、雅さん、これを見て?どうやってここから進むのかしら…。」



祖母の脇に置いてあった編み棒と毛糸が織りなす物体をチラリと見て、瞠目した。

悲しいにも程があるほどの、毛糸の残骸…もとい編み物…。わかってはいるが、一応確認を…。



「おばあ様、申し訳ありませんが、それは一体何でしょう…。」


「マフラーよ!!」


「おじい様に差し上げるんですよね、それ。」


「そうよ、いけないかしら?」



いけないだろう、それは…。

また祖父に猫だと言われている光景がありありと目に浮かぶ。頭を軽く振って、何も言わず、しかし態度でしっかりと俺の反応を伝えてから、帰ろうと立ち上がった。



「頑張ってください、おばあ様。じゃあ俺は帰ります。母さんもまたな。」


「全く、失礼しちゃうわ!じゃあ、唯さんに手紙を頼んだわよ、亨。」


「わかりました。あぁ、でも来週まで頼むのは駄目ですよ。来週期末テストが始まるので、勉強してもらわないと困るんです。」


「あら、そうなの?どうしようかしら…。」



何やら悩んでいる祖母と、それを不思議そうに眺めている母を茶室に残して、玄関に向かう。

これから仕事しないといけないのだが、今日はいろんな事がありすぎて疲れた。さっさと寝ようかと思ってしまう。

渡瀬がお帰りでございますかと聞いてくるので、そのままあぁと返事をした。




次の日、放課後になって廊下を歩いているときに、教室で一人残って編み物をしている神埼を見つけた。

無心になって何かを編んでいる彼女は、放課後のオレンジがかった陽だまりの中にいた。なるほど、ロリ系好きの男に人気のあるはずだ。と不謹慎に思ってしまった。



「おい。」



声をかけても返事が無い。

無視かよ。

そういえば、美奈が機嫌が直るのに時間がかかるとかって言ってたな。まさか今も機嫌悪いのか?そう考えながら、今度は大きめの声を出した。

今度は気付いたらしいが、驚いたのか妙な返事で振り返った。大きい目が更に大きくなっている。


祖母からの手紙を渡して、ふと彼女が編んでいる物を見る。比べるのは酷だが、祖母のと全然違う。編み始めとはいえ、家神崎のやつはやはり既製品と言ってもおかしくない出来栄えだと思う。いつになったら、祖母はここまで編めるようになるのだろう。


とはいえ、今はテストだ。

今回も赤点すれすれの点数なんて取られては困る。しかし、今度のテストは期末。中間より範囲は広めだ。それを伝えると、神崎の顔色が変わった。急いで勉強したいのだろう、編みかけのマフラーをしまおうとしたが、俺はそれを離さなかった。

昨日の事を改めて謝ろうとしたのと、なんで誰にも編まなくなったのか。それを聞こうとしたら、彼女の友人が勢い良く教室へ入ってきたので、結局うやむやにしてその場を立ち去った。



頭を撫でたのは、単なる気まぐれだ。桐生さんと美奈があんなに可愛がっている彼女が気になっていたから。見た目通り、小さな頭は俺の手のひらにおさまるんじゃないかと思うくらいだ。だから日本史が駄目なのか。そんな事を考えながら、準備室に戻った。


日本史準備室の窓から、校舎に面している廊下が見える。そこにいたのは、先ほど別れた神崎と林。

それに、神崎に惚れていると言う早乙女。なにやら三人で仲良く話していたが、林が先に行ってしまった。追いかけようとした神崎がバランスを崩して、それを早乙女が抱き止めた。

その体勢は、なんだかキスでもせがんでいるようなヤバイものだったが、さっさと神崎は帰ったようだ。

苦い顔をしている早乙女を見て、笑いがこみ上げた。



頑張れ、早乙女。

あいつを落としても、その家族がもっと手ごわいぞ。



そう、心の中で密かに笑った。

翼は実家住まい、亨は祖父所有のマンションに一人暮らししています。

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